16話 変化は突然に
「……朝か」
窓から降り注ぐ日差しに目をさまし、俺は目を細める。
昨日は二回目の読み聞かせをしている最中にリーベが眠ったのを見て、そのまま俺も眠ってしまったようだ。
かたわらで眠るリーベは今日もすやすやと……。
「……リーベ?」
何だか、リーベの様子がおかしいような気がする。
目の前で眠るリーベは、心なしか息が荒いように思えた。
風邪でも引いたか?
不審に思った俺は、リーベのおでこに手を当てる。
「あつっ……!?」
薄々発熱を疑っていたにも関わらず、思わず手を引いてしまうほどの異常な熱だ。
子供の風邪というのはこんなに危険なものなのか……?
いや、そんなはずはない。俺はジンジンと痛みを訴えてくる自分の手を見る。
リーベに触れた手は赤くなっていた。間違いない、軽い火傷だ。
さすがに触れるだけで火傷するほどの熱量というのは、明らかに普通の風邪の範疇から外れていると断じてもいいだろう。
「おいリーベ、大丈夫か!?」
声をかけてみるが、返答はない。
俺はリーベの身体から毛布と布団を剥がす。
リーベの服は汗でビショビショになっていた。
苦しげな顔をするリーベ。しかし俺は何もしてやれない。
自分を勇者と慕ってくれる子が苦しんでいる姿を、ただ見ていることしかできない。
「リーベ! リーベ、大丈夫かっ!」
俺はひたすらリーベの名前を呼ぶ。
僧侶のところに連れて行くという平時であれば当たり前に出てくるはずの発想が、今の混乱した俺の頭からはすっぽりと抜け去っていた。
「リーベ、リーベ!」
「はぁっ……はぁっ……!」
リーベがようやくその瞼を開けた。
蒼い瞳は熱にうなされ、苦しげに歪んでいる。
「リーベ! だ、大丈夫か!? しゃべれるか!?」
「おじさん……つらいよぉ……っ。お胸が、いたいの……」
「っ!」
俺へと手を伸ばしてくるリーベ。
俺はその手を両手で掴んだ。
ジュウ、と掌が焼けるような感覚がするが、そんなものは気にもならない。
一番つらいのは、俺ではなくリーベだ。
そうだ、何をやってるんだ俺は。
今この子の頼りは俺しかいないんだぞ。しっかりしろ!
「……救護院だ。救護院に行こう」
そこでようやく俺は本来の思考を取り戻し始める。
救護院には僧侶がいる、そこにいけばなんとかなるかもしれない。
おそらくこの発熱は魔力の暴走によるものだろう、と俺はあたりをつけた。
先程から、リーベの周囲に異常な量の魔力が漂っている。
魔王と対峙した時と同等の質と量――完全に異常だ。
魔力の過剰放出が発熱の原因なのは明らか。しかし、肝心の魔力の過剰放出の方の原因が俺には見当もつかない。
やはり、一刻も早く救護院へ連れて行くべきだ。
そう判断した俺は、寝巻のリーベを背中に背負う。
背中全体にマグマを背負ったような気分だ。しかし、絶対に離さない。
「辛いかもしれないが、もう少し辛抱してくれ。お前は強い子だ。頑張ったら後で何でも好きなもの買ってやるし、どんな遊びにも付き合ってやるから。だから頑張れリーベ、頑張ってくれ……!」
俺は祈るような気持ちでリーベに声をかける。
今の俺には声をかけることしかできない。
なら、リーベのためにそのできることを精いっぱいやろう。
少しでも元気が、頑張る力が湧いてくるように、リーベを励まし続けよう。
「あっ」
玄関の扉に近づいたとき、不意にリーベが声を上げた。
「なんだ、どうしたリーベ! な、何かあったのか!? どこかが痛むのか!?」
「……つらいの、なくなった」
それを聞いた瞬間に、俺はリーベの気持ちを悟った。
「わかってる。お前はそういう気遣いができる子だ。だけど心配するな、俺が付いてるからな。俺は、絶対にお前を見捨てたりしないからな!」
リーベは俺に心配かけまいと、必死でなんでもないような演技をしているのだろう。
とても子供とは思えぬ、尋常ならざる精神力だ。
でも、それでもリーベはまだ子供なんだ。
俺が、リーベを守ってやらなきゃならないんだ!
「おじさん、わたしもう平気だよ」
「わかってるリーベ、もう何も言うな!」
「……だから、平気――」
「それ以上喋らなくていいぞ、体力を消耗するだけだろう!」
俺のことなんて考えず、自分の身体のことだけ考えてくれ。
それが俺にとっても一番ありがたいことなんだ、リーベ。
「よし、出発するぞリー――いてっ!?」
ドアを開けようとした俺の耳に、リーベが噛みつく。
「もう、話をきいてよおじさん! 本当に平気なんだって!」
「……いや、そんなことがあるわけが……」
しかし、その表情は本当にまったく辛そうには見えない。
そういえば、背中に感じていた燃えるような熱もいつのまにか納まっているし、あれほど濃密だった魔力も今はほとんど感じられない。
俺はおそるおそるリーベを床に降ろしてみる。
先程まで自力で立つことすらできなかったリーベは、しっかりと己の二本足で立って見せた。
「……本当に、平気なのか?」
「うんっ!」
……こんなことってあるのか?
俺は今目の前で起こった事象を未だ理解しきれず、リーベをまじまじと見つめる。
すると、異変に気が付いた。
「リーベ、お前その目の色どうした」
「んー?」
蒼かったリーベの目の色が、真っ赤な赤へと変わっていたのだ。
「うわーきれいっ! わたしの目、キラキラしてるー!」
洗面所へと駆けて行ったリーベは自分の目を見て興奮の声を上げる。
しかし、俺は素直に喜ぶことはできない。
突然の発熱に、突如変わった目の色……リーベの身体に、何か良くないことが起こっている予兆なのではないだろうか。
そうなのだとしたら、このシグナルを見逃すことは後々手遅れになってしまうことに繋がりかねない。
「えへへー、どう、おじさん? おしゃれでしょ!」
色の変わった目を自慢げに指差すリーベ。
可愛らしいが、今はそれ以上に心配だ。
「リーベ、救護院に行こう」
「えーっ!? やだよ、あそこは身体とか悪い人がいくところでしょ? わたし、もう平気だもん、治ったもん!」
やはりリーベも子供、救護院は嫌いなようだ。
こういう時はエサで釣るに限る。
「あとでアイス買ってやるから、な?」
「そ、そこまで言うなら仕方ないなぁ……。二個買ってくれるなら行ってあげる」
「二個食ったらお前お腹壊すだろ。俺と半分こしよう」
甘いものはあまり好きではないのだが、二個食わせるわけにはいかないからな。
このあたりが妥協点だろう。
「わーい! 言ってみるもんだねぇ!」
リーベは目論見通りというように脇を上げてキャッキャとはしゃぐ。
……まさかリーベのヤツ、最初からこれを狙ってたのか?
最初に実現不可能な提案をして、徐々に要求のレベルを下げていく……みたいな交渉方法を本で読んだことが……い、いや、まさかな。
リーベのこの喜び方を見ろ。こんな純粋な子がそんなことするはずないじゃないか。
そうだ、疑うのはよくないぞ、俺。
あ、あと一つリーベに注意しておかないとな。
「俺には良いけど、あんまりわがまま言うなよな?」
「わかってるよぅ。おじさん以外には言いませーん。わたし、いい子なので!」
リーベはニシシと白い歯を見せて笑う。
この子は俺を特別な位置に置いてくれているのか。
それがわかって、少し嬉しい。
特別扱いされることが、こんなに嬉しいものとは知らなかった。
……でも、それとこれとは話が別だ。
まずは救護院に行って、リーベの身体を診て貰わないとな。
俺とリーベは宿を出て、救護院の方へと歩を進めた。




