14話 助けられるものと助けられないものがある
「駄目だったねぇー」
今日は昼までリーベの情報を探したが、収穫はゼロだった。
数時間歩き回って疲れたのか、リーベの声も沈みぎみだ。
「今日はもうやめとくか。午後は……宿で過ごすのとどこかに買い物に行くの、どっちがいい?」
「買い物! わたし欲しいものがあるの!」
さっきまでの意気消沈した姿はどこへやら、リーベは快活な声と顔で跳び跳ねる。
それに若干呆れるが……よく考えたら自分が子供のときもこうだったのではないだろうか。
剣の訓練と家の手伝いをしてへとへとになった時でも、「夕飯を外でとる」と言われただけで元気になったような記憶が僅かに残っている。
つまり、子供というのは皆そういうものなのだろう。
「よし、じゃあ昼を食った後、午後は買い物だ。リーベは何がほしいんだ?」
「本だよ! わたしは本が欲しいっ!」
本か……。俺は内心驚く。
すごいな、本を欲しがる子供なんて実在したのか。
俺はビー玉とか魔物の人形とかをバカみたいに欲しがってたっていうのに、リーベは本……やっぱりリーベは天才だな。間違いない。
「よし、どんな本でも買ってやるからな」
「わーい! おじさん大好き!」
俺の腰に抱きついてくるリーベ。
……ヤバい、気を抜くとほほが緩む。堪えろ、俺は勇者だぞ!
「えっ、おじさんどうしたの? 泣いてるの?」
「な、なんでもないぞ……?」
……よし、ばれてない。
頬を噛みちぎる勢いで強く噛んだ俺は、なんとか笑みを隠すことができたのだった。
先日の通りすがりの男とのちょっとしたいざこざの影響で、俺を見る目は少し変わったように思う。
それが肯定的なものにしろ否定的なものにしろ、余り隠している様子がなくなった。
好意的な人はリーベに飴をくれたりもする。リーベも喜ぶのでとてもありがたい。
「いらっしゃい……おお、勇者様ですか。街中に目があって大変でしょうけど、ここではゆっくりしていってくださいね」
ここの本屋の店主の老人も、どうやら俺に肯定的な人のようだ。
ささやかな幸運に感謝する。
「本がいっぱいだねぇ!」
リーベは本という智の結晶に囲まれご満悦だ。
整頓された本棚の隙間を縫ってとたとたと駆けてゆく。
「危ないからあんまり走るなよなー」
俺はリーベをゆっくりと追いかける。
本屋というのは不思議な空間だ。
時間がゆっくり流れているような、あるいは止まったような、そんな気持ちになれる。
俺が本の素晴らしさに気が付いたのは魔王を倒して家に閉じこもった後だったが、もっと早く気が付いていればと後悔したものだ。
もっとも、もっと早くに本に熱中などしていたら、俺は魔王を倒すことなどできなかったかもしれないが。
そんな風にほのかに昔を思い返していると、リーベが俺の元へと戻ってきた。
リーベはその胸に一冊の本を抱えている。お目当ての本でも見つかったのだろうか。
「おじさんおじさん!」
「どうした、ずいぶん慌て……て?」
……おいちょっと待てリーベ。その手に持ってるのはもしかして……。
リーベは高らかに本を掲げながら、真剣な顔で俺に駆け寄ってくる。
「『囚われの女巫女 ~助けの来ない快楽地獄~』だって! こんなの可哀想だよ! おじさん今すぐ助けてあげて!」
リーベが持ってきたのは、いわゆる成年男性向けのいかがわしい本だった。
「いや、それはなんというか、そういうシュチエーションの作品というかだな……。と、とにかくリーベにはまだ早い! 見ちゃいけません!」
俺はリーベからその本をひったくる。
するとリーベは頬をぷくりと膨らませ、可愛らしい顔でキッと睨んできた。
「ぶ~、なにそれぇ~。おじさん自分が大人だからって、そうやってわたしを子供扱いしてさ! わたしもうぷんぷんだよっ」
「なんと言われてもこれだけは絶対駄目、絶対っ!」
リーベには真っ直ぐ育って欲しいの! こういうのはまだ十年は早い!
「んー……じゃあ、勇者の本はないの?」
「勇者の本? そりゃ、あるにはあるだろうが……」
実の勇者である俺がいるのに、わざわざ勇者の本を買うのか?
それはなんだか若干恥ずかしいような……。
「ああ、勇者関係の本ならそっちの棚だよお嬢ちゃん」
「ありがとう、本のおじさん! ……わぁあ、勇者のご本がいっぱいある!」
見ると、そこにはたくさんの勇者の本が並んでいた。
神話の時代の勇者から、最近の勇者まで……もちろん俺について書かれたものもある。
中にはゴシップじみた本もあった。
『三代目の勇者は旅の間中、女を好き放題侍らせていた!?』とか、すでにこの世にいないことを言い事に言いたい放題である。いや、本当に事実なのかもしれないが、同じ勇者としてはそうではなかったと信じたい。
もちろんリーベはそんな本には微塵も興味を持たず、本棚に小さな手をめいっぱい伸ばす。
そしてとったのは、おとぎばなし風の勇者の本だった。
「わたし、これにする!」
リーベは目をキラキラさせてそれを胸にギュッと抱える。
……本人がそれがいいというなら、俺が変えさせるのも変な話だ。
「よし、じゃあその本を買ってやろう」
「ありがと、おじさんっ」
まるで花のような満面の笑みのリーベ。
それはもちろんとても可愛らしい。可愛らしいのだが、もうここまでくると可愛らしすぎる。
そんな顔されたら本屋にある本全部買ってあげたくなっちまうぞ。こんな気持ちになるのはきっと俺だけじゃないはずだ。
「おじさん? ねーねー、どうしたの?」
俺の手をとり、ゆらゆらと振るリーベ。
その仕草もやはりとてつもなく可愛らしい。
……リーベがもう少し成長したら、男どもを手玉にとったりするんだろうか。
少し嫌な未来を想像してしまい、勝手に落ち込む俺だった。




