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中年勇者とロリの旅  作者: どらねこ
3章 テタンドの街編
13/28

13話 お風呂に入ろう

 テタンドの街に着いた俺たちは、まず宿をとった。

 理由は単純で、風呂に入りたかったからだ。


「かなり汚れたからな。まず風呂に入ろう」


 数日間の旅で汗をかかないなんてことはありえない。

 タオルで拭いたりしてなるべく清潔さを保つよう努力はしているが、それでもやはり気分的には落ち着かないものだ。

 それに、疲労もたまる。そういうものを解消してくれるのは風呂しかない。


「わーい! わたしお風呂好きー!」


 リーベは恥ずかしがる様子もなく纏った衣服を脱ぎ始める。

 そんな姿を見るたびに、リーベが風呂を好きで良かったと心から思う。

 これがもし風呂嫌いな子だったら、その度にどれだけの労力がかかるか……。

 駄々をこねる子供に言うことを聞かせるために必要なエネルギーというのは、傍目に感じる大変さの想像を何倍も超えてくるのだ。


 瞬く間にすっぽんぽんになったリーベを連れて、俺は風呂へと入る。

 注文通り、俺とリーベが同時に入っても問題ないくらいの大きさの浴槽は備え付けられていた。


 風呂は俺も好きだ。

 日々の疲れが吹っ飛ぶ感じがするし、風呂上りに冷たい飲み物を飲んだ時の、全身に水分が行き渡る感覚が何よりたまらない。

 浴槽に入る前にシャワーを浴びていると、リーベが言う。


「おじさんの背中、何回見てもカッコいいねぇ。なんだか勇者みたい」

「当たり前だ。だって俺は勇者だからな」

「あ、そうだった! えへへ、うっかり!」


 リーベはこてんと頭に拳をくっつける。

 この一連のやり取り、実は風呂に入る度にやっている。

 リーベが偉く気に入ってしまって、これをやらないと拗ねてしまうのだ。


 リーベからすると、俺に自分が勇者であることを刷り込むためにやっているのだろうか。

 ……そんなことまで考えているわけないよな? だって、四歳や五歳の子だぞ?

 ……でもリーベならもしかしたら、ありえなくもない気もしてくる。


「おじさん喰らえー! ぴゅーぅ!」

「おわっ!?」

「あはは、隙だらけだぜぇおじさん!」


 手で水鉄砲を飛ばされた。

 そうだな、この子がそんな難しいことを考えているかいないかなんてどうでもいい。

 考えていたとしても、それは俺を思ってのことだ。喜ぶべきことじゃないか。


「やったなリーベぇ……」

「ああ、怒った! やーい、おじさんのおこりんぼー」

「俺の本気を見せてやろう……」


 俺は本気で水を飛ばす。


「ひゃーっ!」


 頭から水を被ったリーベは顔を拭いながら楽しそうに笑った。


「どうだリーベ。参ったか!」

「まだまだー、まっけないぞー!」





 一時間後。

 風呂からでた俺たちは、ぐてんとベッドに倒れ込む。


「……なんだか余計疲れたね、おじさん」

「……まあ、否定は出来ないな」


 本気になりすぎてのぼせてしまった。


「わたし、もう疲れ……ねむ……」


 リーベは瞬く間に眠りに落ちてしまう。

 数日間の旅で疲れていたのだろう。

 知らない場所を旅するというのはもちろん楽しいことではあるのだが、同時に心身も疲弊するものなのだ。


「……俺も、なんだか疲れた」


 俺はリーベの金髪を撫でながら、深い眠りに落ちていくのだった。










 翌日。

 俺とリーベは街に出て、情報を集める。

 何の情報かといえば、もちろんリーベの親についての情報だ。

 しかし、その成果は芳しいものとは言えなかった。


「ここでも手掛かりはなしか……」


 俺は軽く肩を落とす。

 未だリーベのことを知っている人間に遭遇できていない。

 さすがにリーベを見つけた俺の家から離れすぎてしまっただろうか。

 いや、しかしここまで虱潰しに探してきたんだ。ここまでで見落としがあったということも考えにくい……。

 そんな思考を積み上げていると、後ろから何者かの声がかけられる。


「おいおい、随分と楽しそうだなぁ勇者様よお?」


 その声は、一声聞いただけでわかるほどの悪意の塊で形成されていた。

 二十年前にはよくあったことだが、最近はあまりこういうことはなかったのだがな。

 そんなことを思いながら振り返る。


「……なんだお前、俺に何か用か?」


 そこにいたのは節操のない身体をした五十歳近い男だった。

 その目はニタニタと醜く歪んでいる。

 ああ、嫌な感じだ。

 リーベと過ごすことで澄みはじめていた俺の心の中に、どろどろとしたものが再び流れ込んでくるのを感じる。

 男は喜色の悪い笑みを顔に浮かばせながら、厭味ったらしい口調で口を開く。


「いやあ? ただ、俺たちを見捨てた勇者様が、随分と楽しんでおられるなぁと思いましてね?」

「それで?」

「それで、じゃねえだろうがよ。この人殺しが!」


 俺は勢いづく男を無言で睨みつける。

 男は一瞬で気勢を削がれ、一歩後ずさった。


「な、なんだよ……」

「……すまなかった。勇者として、詫びよう」


 そんな男に、俺は頭を下げる。

 正直こんなことはしたくはない。したくはないが、俺は勇者だ。

 人々の期待に応える義務がある。それが出来なかった以上、俺は謝罪しなければならない。


 すると男は俺の謝罪で舞い上がったのか、一気に調子づき始めた。


「こっちはいい迷惑してんだよ! お前がさっさと助けに来ないせいで、何人も死んだっ! お前が魔物をほったらかしにしたせいで、何人も殺されたっ! 全部全部全部、てめえのせいだ!」

「すまなかった」

「そんなもんじゃ足りねえよ。土下座しろよ土下座!」

「……」


 さすがに一瞬躊躇する。

 そもそもからして、俺はなりたくて勇者になったわけではない。

 教会に神託が下るまでは、ただの剣術が得意なだけの一青年だったのだ。

 そんな俺が、この男のだめに土下座までする必要があるのだろうか。


 たしかに俺は助けに間に合わなかったこともある。魔物を撃ち漏らしたこともある。

 だけどそれは、そんなに責められるほどのことだったのか?

 お前らは俺に何をしてくれた? 何を施してくれた?

 ……何もしちゃくれなかったじゃないか。

 ただ安全圏から文句だけ言って、俺たちが失敗した時だけ散々にこき下ろして、ただそれだけだったじゃないか。

 そんなやつらに、なんで俺が頭を下げる必要があるんだ?


 そんなことを考えなかったとは言わない。

 だけどまあ、なんだかんだで俺は勇者で。

 勇者であるならば、こういうときは男の言うことに従うのが正解なのだろう。

 勇者は人々の希望の象徴なのだから。

 そう自分の思いを咀嚼した俺は、地面に片膝をついた。


「さっさとしろよ、うすのろ。こんなことにまで時間かけんのか? こっちは暇じゃねえんだよ、この間抜けがよぉ!」


 にしても本当ムカつくなコイツ。顔覚えといて想像の中でぼっこぼこにしてやろ。

 少し離れた視点から男を見る術を学んだ俺は、そこまで感情を揺さぶられることもなくそれを聞き流す。

 しかし、幼いリーベはそうもいかなかった。


「おじさんを悪く言うなぁっ! つるぴか! ぽっちゃり!」


 そう言って男に突撃する。

 たしかに男はつるぴかでぽっちゃりだ。嘘は言ってないな、うん。

 そんな風に暢気に見守っていた俺は、男の動作を見て表情を引き締める。


「て、てめえ……!」


 男は拳を固く握っていた。


「やめろ」


 冷たく声を発する。

 それを振り下ろさせるようなことは、何があろうとさせない。させてはいけない。

 だが男は俺の制止などどこ吹く風で拳を振り上げ、そしてそのままリーベに振り下ろそうとした。


「うるせえっ! てめえに指図される筋合いは――ぎゃあああっ!?」

「やめろ、と言ったぞ。次はない」


 その拳を手の平で受け止めた俺は、軽く力を込めながら男に言う。

 この程度で痛がるのか。随分と軟な身体だ。


「お前は俺を人殺しだと言ったな。……その通りだ。俺はお前の頭と胴を一秒かからず切り離すことができる。それを忘れるなよ?」


 俺は空いている左手で剣を鞘から僅かに抜く。

 その刀身を見ただけで、男は顔面蒼白となった。


「ほ、本気にすんなよな。冗談じゃねえかよ」


 そう言って男は走り去っていく。




「悪いな、お前をまた巻き込んだ……」

「ううん、おじさんも大変だ。……だから、手を繋いであげる」


 そう言って差し出された手を、俺はありがたく握らせてもらう。


「ありがとな、リーベ」

「いえいえー」


 騒ぎを見に来た野次馬たちの表情は、俺への賛同、嫌悪、同情、怨恨等々……まあ様々だ。

 だけどそれは、不思議とそんなに気にならなかった。

 そんなことよりも、リーベがどんな顔をしているのかの方がずっと気になってしまうのだ。


 リーベに笑ってもらおうと、俺は腕をぶんぶん振ってみる。


「どうしたのおじさん。おじさんもしかして、そんな風に大げさに腕をぶんぶん振ることごときを楽しめるの?」

「お前って急に毒舌になるよな」

「そんなことないよぅ。わたしはいっつもにこにこしてるって。ほら」


 リーベは指で自らの口角を上げる。


「ね?」

「でへへ」


 俺の口から勇者にもっともふさわしくない笑い声が漏れた。

 だがこれも仕方ない。リーベが愛おしすぎるのが悪いのだ。


「うわぁ、今おじさん大分だらしない顔してるよ?」


 そう告げるリーベの顔は、心なしか引いているように思えた。

 さすがに気持ち悪すぎたらしい。

 引かれるのは辛いので、今度は少し自重しようと思う俺だった。

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