11話 出発
「ブランシュが犯人だったようで。はい、はい……」
ブランシュとの戦いから十数分後。
泣き疲れて寝てしまったリーベをソファに写し、俺は電話という魔道具で警備隊に連絡を入れていた。
数分も経たないうちに、警備隊がブランシュの家であるここに駆けつけてくる。
俺はその男たちに事のいきさつを洗いざらいすべて話した。
「なるほど……。実はですね、もう一件の方でブランシュさんの物と思われる物品が押収されまして、近々事情聴取に窺うところだったんですよ」
「アイツがそんなミスをするとはな」
冷静沈着だったアイツが、そんなミスをするなんて。
よほど殺人衝動に身を焦がしていたのだろうか。
途端に昔のブランシュとの思い出が、急に薄っぺらいものに思えてきてしまう。
数回一緒に行動しただけでしかないというのに、どうしてこんなにも悲しくなってしまうのだろうか。
「そういう訳で、今回の一件ではヴォンさんはお咎めなしとさせていただきます。殺人犯を捕まえる際は生死不問が原則ですから」
「そうか、わかった」
「……ですが一つ忠告をさせていただくと、なるべく早くこの街を発った方がよろしいかと」
警備隊の男は少し俺に近づき、小声で話し始める。
「それはなぜだ?」
「ブランシュさんは人格者で通っていましたから。『ヴォンさんが彼を殺した』という情報がどこかから洩れると、ヴォンさんに嫌がらせが始まる恐れがあります。ヴォンさんは耐えられるかもしれませんが、一緒に行動し続けていればリーベちゃんにその矛先が向くことも充分あり得ます。人の悪意というのは、いくらでも膨らみ続けますからね」
それは、確かにまずいな。リーベを傷つけることにもなりかねない。
「忠告ありがとう。街を離れることにするよ」
俺は男にそう言い、ブランシュの家を後にした。
そして夜。
眠りから覚めたリーベに、俺は言う。
「リーベ、俺はフォルクを発とうと思う。だからお前はここに残れ」
「お、おじさん……?」
リーベは窺うような目で俺を見る。
その蒼い瞳は不安で揺らめいているように見えて、俺は心が痛む。
だが、決断を変えるつもりはない。
「実を言うとこのフォルクの街はまだ完全に探し回ったわけじゃない。そこまで高くはないが、お前の親がこの街にいる可能性もまだあるんだ」
そう、この街にリーベの親がいる可能性はまだゼロではない。
そして俺がブランシュを殺したということが知れ渡る前に俺がここを離れれば、俺とリーベを結びつけることも難しいだろう。
なにせ、この街ではリーベはブランシュ以外と大きなコンタクトをとっていない。
俺とリーベが一緒にいたところを見ている人間は少ないはずだ。
「もちろんこの街の外にいる可能性ももちろんある。ただ、それなら俺が必ず探しだしてみせる。だからお前はここで、安全に過ごしてくれ」
今俺とリーベが別れれば、それがリーベにとって一番幸せな選択じゃないだろうか。俺はそう感じていた。
半ば自分に言いつけるように言葉を発した俺の服の裾を、リーベが引っ張る。
「……ついてく」
そしてぎゅっと俺に抱き着いてくる。
「ついてく! おじさんはわたしがいないと駄目だもん……っ」
その瞳から涙が零れ落ちる。
リーベは全身で離れたくないと語っていた。
だけど、それでも俺は揺るがない。
抱き着くリーベの両肩に手を置き、至近距離で目を合わせる。
「俺は……また、人を殺すかもしれない。そんな時、お前はそれをそばで見て耐えられるのか?」
「それはおじさんだってそうだもん! おじさんは一人で耐えられるの? 耐えられないでしょ!?」
こんな時まで俺の心配とは、人間が出来過ぎている。
優しい子だ。本当に、優しい子だ。
「俺は『勇者』だ。耐えられるさ」
俺はリーベに言う。
実際、俺はリーベから様々な力を貰った。
今なら耐えられる、耐えきれる。そう思っている。
俺の目線とリーベの目線が交錯し、やがてリーベは目を逸らした。
「……そっか。……わかった。わたし、ここに残るよ」
「それがいい。心配するな、金なら腐るほどあるからな。お前が一生暮らしていくのに困らない分くらいの金は用意していってやる」
俺は頭を撫でる。
いつもは喜ぶのだが、今日のリーベは口を尖らせたままだった。
そして、出発当日。
「来ない、か……」
俺は一人レンタルした地竜に跨っていた。
後ろの荷車越しにフォルクの門を眺めるが、そこにリーベの姿は無い。
朝起きると「いってらっしゃい」という書置きだけ置いてあって部屋に姿がなかったから、多分見送りには来ないとは思っていたんだが……正直少し寂しいのは隠しきれない。
別れというのはこういう風に、酷く呆気ないものなのだ。
それでもまあ、この別れはいい方だ。なぜならリーベは生きている。
死んだやつとは、もう何があっても会えないからな。
「……さて、と。行くか」
俺は地竜に鞭を打ち、フォルクの街を後にした。
そして時は経ち、夕暮れ。
そろそろ飯にしようと、俺は地竜車を止めて後ろの荷車に入れた荷物を漁る。
すると、乗せた覚えのない荷物が一つ目に付いた。
「ん? なんだっけこれ?」
持ってみると、重い。
「うっ!?」
「ん? ……んん?」
なんか今、声がしたような……?
……しかもなんか、聞き覚えがある気がするぞ……!?
嫌な予感がした俺は、その荷物の紐を急いでほどく。
中から出てきたのは、小さく丸まったリーベだった。
「おじさーん!」
「お、おいおい、お前……」
あまりのことに思考が停止する俺を前に、リーベは満面の笑みで語る。
「えへへー! おじさん絶対に連れて行ってくれなさそうだったから、黙って乗っちゃったー!」
「……リーベ、お前ってやつは……。お前ってやつは……!」
「あ、おじさん泣きそう? おじさんは泣き虫だなあもう。よしよし、いーこいーこっ」
乱暴に頭を撫でてくるリーベ。
これじゃ俺が子供みたいじゃないか!
「ち、違う。これはあの……め、目にゴミが入ったんだよ!」
そう言い繕う俺を、リーベは微笑ましいとでもいいたげな目で見つめる。
「はいはい、そんな乳幼児みたいな言い訳はしなくていいんだよ?」
「なんでお前そんな上から目線なんだよ……」
とその時、ぐるるるる、という低い音が辺りに鳴り響いた。
昔の癖で瞬時に臨戦態勢をとろうとした俺だが、すぐに緊張を緩める。
音の出所は、リーベのお腹だった。
「……そういやお前、今日何にも食ってないんじゃないか?」
「……おじさん、お腹すいたぁ……」
リーベはお腹を抱えて蹲る。
そして荷車の上でこてん、と倒れ込んだ。
「……ったく。わかった、作ったやるから待ってろ」
「わーい! おじさん大好きー!」
本当に調子のいいやつというかなんというか……。
呆れた笑いを浮かべながらも、正直嫌な気持ちは全くなかった。
リーベが親よりも自分を選んでくれたという事実が嬉しく思ってしまう俺は、間違いなく保護者失格なのだろう。
「おじさん、トリュフつくって! トリュフ!」
「トリュフはさすがに作れねえ……」
「じゃあパン! わたし焼いたパンが食べたい!」
「はいはい……お客様、お待ちくださいませー」
「待って遣わす。えへんっ」
「なんだそりゃ……」
胸を張るリーベに苦笑する。
ただ、リーベの親探しを諦めたわけではない。
フォルクの警備隊の電話番号は覚えたから、ちょくちょく連絡をかければ親が見つかったかどうかは知ることができる。
だから大丈夫。もしフォルクにリーベの親がいるとわかれば、戻ればいいだけだ。
「おじさん、まだー?」
「もうちょっと待てって。美味いの作ってやるから」
だから今だけは、心から喜ぼう。
別れが来なかったことを、心から喜んでしまおう。
例えそれがただの先延ばしにすぎないとしても。
二章『フォルクの街編』完結です。次話から新章に入ります。
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