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中年勇者とロリの旅  作者: どらねこ
1章 始まりの街編
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1話 見慣れた景色と見慣れぬ幼女

 目を開けると、見慣れた天井が俺を迎える。


「……もう朝か」


 霞がかった頭を振り、俺はベッドから身体を起こした。

 ここ二十年近く、よく眠れていない日々が続いている。


 顔を洗い、張った水に映る自分を眺める。

 そこにいる俺は、二十年前と比べていくぶんやつれたように見えた。


 二十年前、俺は勇者だった。

 勇者として魔王を倒し、世界を救った……つもりだった。


 魔王を倒した直後まではよかった。

 世界を魔王の手から救った英雄として、皆が俺たち勇者一行を祭り上げた。

 分不相応な扱いだと思いはしたが、悪い気はしなかった。


 でも、数年たてば不満が出てくる。

 魔王を倒したといっても魔物や魔族がいなくなった訳じゃない。

 依然として人々の暮らしは厳しかった。警備の整った王都はともかく、辺境の地では変わらず魔物に苦しめられる生活が続いた。

 人々はその怒りを俺たちにぶつけた。

 死ぬ気で魔王を倒して、民衆から罵倒される。

 それに、俺の心はポキリと折れてしまった。


 そして俺は、最寄りの町から一日ほどの外れにある古びた家で一人暮らしているというわけだ。




 外着に着替えた俺は、家の外へと繰り出す。

 ここはそこそこ魔力濃度も濃い町だし、近くに湧き出る魔物を倒していれば日々の食料には困らない。

 まあ、「勇者」とはほど遠いが。

 俺は自嘲の笑いを浮かべた。


 家の外に出ても、あるのは広大な大地と裸の子供だけ。

 ほら、いつもどおりの……。


「……ん?」


 なんだ? 何か裸の子供がいたような……。

 いや、見間違いだろう。見間違いだよな。

 目を擦り、もう一度見てみる。


 やはりいた。

 裸の子供が、地面に横になって寝転んでいた。


「……なんだこれ、どうなってんだ」


 あまりの事態に完全に頭の回転が止まる。

 幻覚かと目を擦ってみても、子供は消えない。

 四、五歳くらいの女の子だ。

 どうしたらいいのかはわからないが、とりあえずこのまま放っておくのはまずい。

 ここには魔物が出るのだ。こんな幼い子が無防備にいたら、結末は想像に難くない。


 俺は着ていた上着を脱ぎ、名も知れぬ少女をくるむ。

 これを他人に見られたら、誤解されそうな予感しかしないな……。

 そんなことを思いながら、出たばかりの玄関へと戻った。




 俺は少女……というより幼女か。四、五歳じゃまだ少女にもなっていない。

 俺は幼女をソファに寝かせる。

 宝石のように輝く金髪に、整った顔立ち。

 あどけないながらも、すでに違えようもなく美人である。

 身長は俺の腰より少し上……百センチくらいか。

 そんな幼女はすぴーすぴーと健やかな寝息を立てていた。


「……幸せそうだな」


 なんであんな格好であんな場所にいたのかはわからないが、きっとこの子は日々が幸せなのだろう。

 じゃなきゃこんな寝顔にはならない。

 俺は自分より三十以上も年の離れた幼女が少し羨ましかった。

 この子には未来がある。俺にはない。

 それに嫉妬し、そして嫉妬した自分に失望した。




「むにゃむにゃ……ハッ!」

「おう、起きたか」


 数分後、幼女がパチリと目を覚ます。

 金髪の幼女は、綺麗な蒼の瞳をしていた。


「おじさん誰? ここはどこ?」

「俺はヴォン。ヴォン・エリキュールだ。ここは俺の家。ほらよ」


 俺は幼女にホットミルクを手渡す。

 さすがに早朝からあんな格好で外にいたんじゃ、身体が冷え切っているはずだ。

 幼女はそれを受け取り、ぽわぁと顔を輝かせた。


「あったかい……ありがとう、おじさん!」


 ありがとう、か。そんなことを言われたのは何年ぶりだろうか。

 無垢な表情で言われたその言葉に、俺は自然と口角が上がるのを自覚する。


 しかし、いつまでもこの子を家に置いておくわけにはいかない。

 今頃この子の両親が探しているだろうからな。


「ところで、俺の方からも聞きたいことがあるんだが……まずお前、なんであんなところに寝てたんだ? しかも裸で」

「あんなところ?」


 俺の質問に、幼女は首をこてんと傾ける。


「そうだ。俺の家の前で呑気に寝てただろ。ここら辺は危ないって父ちゃんや母ちゃんに教わらなかったのか?」

「わたし、お父さんもお母さんもいないよ?」


 一瞬言葉に詰まった。

 両親のいない子供、この辺りでは別段珍しいことでもない。

 しかし、この子はまったく表情を変えずにそれを言った。

 どういう気持ちなのか、俺には推し量ることもできない。


「……すまん。悪いことを聞いた」

「? なんで謝るの?」

「いや、なんでもない。なら、お前はどこから来たんだ?」


 幼女はうーんと考え込む。

 そして言った。


「覚えてない」

「覚えてない?」

「うん。気づいたらここにいたから」

「……記憶喪失ってやつか? 名前は思い出せるか?」


 俺は続けざまに尋ねる。


「名前? 名前は……わかんない……。あ、あれ? わたし、何にもわかんない……っ!」


 狼狽えはじめる幼女。

 俺は素早く駆け寄り、その背中を撫でた。


「大丈夫だ、落ち着け。不安にさせてすまん」

「うぇぇん……っ!」


 小さい背中だ。

 こんな小さい子が、自分のことを何も覚えていないのだ。

 不安になるのも当然だろう。俺の配慮の無さが招いた失策だ。自分が嫌になる。


「ここ二十年、まともに人と話してなかったからな。俺の聞き方が無遠慮だった」

「ぐすっ……ずびっ……」


 涙を溜めた幼女の蒼の瞳が、きらきらと光り輝く。


「悪かったな。お前はいい子だ。よしよし」


 とにかく今はこの子の不安を取り除くことが最優先だ。

 俺は慣れない手つきで背中をさすり続けた。







 夜。

 昼過ぎから降り出した雨が屋根にあたり、地鳴りのような音を奏でる。

 人によってはこの音を不快に思うのだろうが、俺は正直好みの音だった。

 この音を聞いていると、なんだか安心できる気がするのだ。


「ドドドドドドド! あははー! ねえおじさん、わたしこの音好き!」

「そうか、そりゃよかった」


 幼女は数時間前の憔悴が嘘のように、キャッキャと楽しそうだ。

 子供というのは本当に気持ちの切り替えが早い。……いや、俺がいつまでも引きずっているだけか。

 再び自虐しかけた俺の前で、幼女は壁に飾られた剣を小さな手で指差した。


「ねえねえおじさん、あの剣すっごいピカピカしてるね!」

「ああ、あれか? あれは俺が勇者だったころに使ってた剣でな。まあ、相棒ってやつだな」

「ふーん、そっかー」


 どうやらもう興味がなくなってしまったらしい。

 隠そうともしない子供特有のその態度に、俺は苦笑しながら好感を持つ。


「ゆうしゃっていうのはなんなの? おじさんの仕事?」

「仕事とはちょっと違うかもな」


 勇者とは何か。中々難しい質問をしてくれたものだ。


「勇者ってのは、そうだな……人々に希望を与える存在のことだ。まあ、俺は器じゃなかったんだがな。だからおじさんは……俺は、もう勇者じゃない」


 そうだ。俺はもう勇者じゃない。

 逃げ続けてきたけど、本当は最初からわかっていた。

 俺の中にはもう、人々のために立ち上がる気力なんてないし、民衆のために身を挺する気概もない。

 ただのからっぽな人間なのだ、俺は。

 この皮を剥げば、俺の中には何も残っちゃいないだろう。


 自分で自分に見切りをつけたような、でもやっと自分を真正面から見据えられたような、そんな奇妙な失望と心地よさを同時に感じる。

 まさかこの子が自分を見つめ直すきっかけになってくれるとは、人生というのはわからないものだ。

 俺は幼女に感謝する。

 目が合うと、幼女は口を開いた。


「でもわたし、おじさんがいてくれなきゃ死んじゃってたよ?」


 そして小さな口で息を吸い込み、もう一度言葉を発する。


「だから、おじさんはわたしにとってのゆうしゃだね! ありがとう、おじさん!」


 そう言って。

 そう言って、幼女は満面の笑みを浮かべた。


「……もう夜も遅い。子供は寝る時間だ。早く寝ろ」

「うん! ……あ、おじさん。一緒に寝て?」

「わかった」


 俺は幼女と共にベッドへと入る。

 いつものベッドが随分と狭く感じた。


「すー、すー……」


 疲れていたのだろう、幼女はベッドに入るや否や寝付いてしまう。

 俺はリズムよく幼女の腕の辺りをぽんぽんと叩きながら、つい先ほどの出来事を思い返す。

『わたしにとってのゆうしゃ』……か。


 もう勇者と呼ばれたくはないはずだった。

 自分自身にも今さっき見切りをつけたばかりだった。

 だが、この子は『勇者』にではなく『俺』に言葉をかけてくれたのだ。

 勇者の俺にではなく、俺に勇者だと、俺は勇者だと、そう言ってくれたのだ。

 俺でさえ見捨てた俺という存在に、この子はありがとうと優しく笑いかけてくれたのだ。


 気が付くと、熱い液体が頬を濡らしていた。

 年を取ると涙もろくなっていかんな。まさかこんな年端もいかぬ女の子に泣かされてしまうとは。

 そしてわかったことが一つ。からっぽだと思っていた俺の中には、まだこんなに熱いものが残っていたってことだ。

 俺は鼻をすすりながら涙を拭い、幼女を見る。


「ありがとな」


 三十歳以上年の離れた子供に心からの感謝を告げ、俺は眠りにつくのだった。

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