独白と進撃
意識不明になったらタックルで起こすとか言ったけどさ......。
するわけないじゃん。
まさか、本当になっちゃうなんて。
......ねぇ、ツカサ。もう忘れた?
忘れてないよね。忘れられるわけないよね。
わたしと、ツカサと......。楽しかったのにね。
ごめん、わたしはもう忘れちゃったよ。あの子の名前も思い出せないや。楽しかった、っていう気持ちだけが残ってて......。
あの子はどんな顔してた? どんな声だった? 何を夢見てた?
わたしは、今はこんなに元気だけど......あの頃はどうだったかな。
ねぇ、ツカサ。早く起きてよ。
勝手にノート見ちゃってごめんね。......面白かったよ。
......いったん帰るけど、またすぐに来るからね。
またね、ツカサ。
「〈 紅く染まり灰を被れ! 蒼褪める空の果てへ飛べ!〉」
両手に鎌を持った細身の亡者、泥人形のようにぬめぬめと光っている巨躯の亡者、鼻歌を唄いながら走り回る亡者、鎖で繋がれた両足で跳ねながら近づいてくる亡者、槍を振り回しながら叫んでいる亡者。
以上、主力らしき五名、プラス......二百くらいか? 吹き飛んだ。
中二病呪文ひとつで、二百以上の亡者が吹き飛んだ。
〈蜘蛛の糸〉をたどって、現在地は地下百十二階だ。まだ先は長い。
「ここまで凄いと本当に誇らしくなってくるな、〈 エタノール・ワード〉」
「......」
桜が刀に付いた汚れを振り払う。亡者に呪文詠唱の邪魔をさせないことが、桜の役割になっていた。
「順調に進んでるようだな」
次の〈 蜘蛛の糸〉を指差す桜の胸元から聞こえる声は、だいぶノイズが酷くなっていた。トランシーバーだよな、やっぱり。
「だがな、現世のお前さんは順調に快復してきておる。もういつ目覚めてもおかしくない状態だ。急いでくれ」
「つってもなぁ。下の階に降りて亡者を倒しながら〈 蜘蛛の糸〉まで走って、の繰り返しじゃこれ以上急ぎようがないぞ」
「むう」
「とりあえず全部は倒さなくていいんだろ? 一番下......四百四十四階にマスターキーはあるんだよな?」
「おそらくな」
オッサンの考えはこうだ。犯人は最下層から地道に上階を目指し、オッサンのマスターキーを盗んで最下層に戻った。オッサンの地獄耳も最下層までは届かないから、犯人の声は聞こえない。
「もう何百人かスルーして来たと思うけど、そっちは大丈夫なのか?」
「構わん。わしがいる階と一階の間は塞いでおいたからな。並大抵の亡者には破れんよ」
「そっか。じゃあこのまま進んでくけど......俺達が戻ったら通らせてくれよな」
「はははは!」
ノイズ混じりの笑い声が響いた。
「そんなことせんでも、お前さんが一言唱えれば開くような結界だよ。いや、桜の刀で切ってもらう方が損壊が少なくていいな。〈 エタノール・ワード〉は効果が強過ぎる」
......人に中二病呪文を褒められるのは、まだ少し恥ずかしいな。
「あー......ミオはまだ俺のとこにいるのか?」
「おるよ。一度帰って、何やらコンピューターを弄ったりしておったが」
SNS中毒者め。ああ、あっちに戻ったらまたオフ会連れてってくれないかなぁ。あいつの友達はなんであんなに夢いっぱいなんだろう。
「現世が恋しいか」
オッサンの柔らかい声に「それなりに、な」と半端な返事をして、俺達は次の道へと再び走り出した。
へぇー! タクやんインディーズデビュー! ......で、詐欺に遭ったのか......うわぁ。
蜜柑ちゃんはアイドルオーディションに挑戦。五年目くらいだっけ。
わ、サクマさんのイラスト相変わらず上手っ!
浩介くんの小説も挙がってるー! 後で読もーっと。
じゃなくて!
うん、意識を失った人を目覚めさせる方法は一通り調べたし......待っててね、ツカサ。
いつもの癖でSNSチェックしちゃったけど、ちょっと元気出て来たよ。あーまたオフ会したい! ツカサは終始苦笑いだったけどまた連れてく!
調べた方法で目覚めなかったら......やっぱりタックルしようかなぁ。