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悪夢と昼休み

 ベッドに仰向けに寝転んで、ぼんやりと視線をさまよわせる。ミオとの会話と、何よりもあの表情のせいで夕食もあまり喉を通らなかった。どうやら俺もナイーブ……。

「ははっ」

 思わず笑いが漏れた。俺のはナイーブなんかじゃなくて、ちょっと神経質なだけだ。

「神経質ってわけでもないか……」

 あの表情を見て、思い出してしまったんだ。どうにもできないくらいに壊れていた、ほんの二年前のミオのことを。

 元気になったなぁ、なんて思うこともすっかりなくなってたけど、今のミオはあの頃のミオの続きなんだと思い知らされた。


 長生きしてね、ツカサ。


 あの言葉に込められていたのは、願いなのか、それとも……。

「まだ、怯えてるのか」

 大掃除の途中だったことを家に着くまで忘れていて、部屋の中は泥棒に荒らされたかのような有様だった。片付けを再開する気にもなれないまま、日付はもうすぐ月曜日に替わる。横目で床に視線を落とすと、黒歴史の詰まった段ボールもそのままだ。

 体を起こして、段ボールの一番浅いところに収まっていたノートを手に取る。ベッドに戻って再び仰向けの姿勢になり、ノートをぱらぱらとめくる。妄想いっぱいの中学生が書いた一説を音読してみる。

「永劫の幸福を拒絶する悪しき獣よ、我が命に従い光を蹂躙せよ」

 ……痛々しすぎるっ!

 ページを開いたまま顔に乗せると、少しだけ黒鉛の匂いがした。

 少しずつ頭が重たくなっていくのを感じて、俺は逆らうことなく眠りに落ちていった。



(羽刈くんっ! ミオちゃんが、ミオちゃんが……!)

(わたしなんて、死んじゃえばいいんだよ。ねぇ、ツカサ?)

(ミオ、お前のせいじゃないんだ! お前は何も悪くない、お前じゃない、お前は)

「悪くない!」

 ばっと体を跳ね起こして、一瞬、ここがどこだか分らなかった。枕元で響いているアラームの音で我に返る。

「ああ……」

 夢を見てたのか。昔の、忘れたい過去の悪夢を。

 何回か深呼吸をして気持ちを落ち着ける。そして落ち着いて、気付く。

「課題! 何ひとつやってない!」

 机の上に置いたはずの課題ノートが見当たらない。そうか、昨日の大掃除でどこかへ……。

 考える暇もなく、部屋のあちこちに散らばってるノートを片っ端からカバンに放り入れる。

 課題は教室でやることにしよう。半ば諦めながら、変わり映えのしない月曜の朝を迎えた。


 

「叱る」と「怒る」は違う。

 そんな言葉を耳にしたことがある。いや、そんな深いことを言いたいわけじゃないんだ。課題を提出しなかったのが俺だけだったから、そりゃあもうこっ酷く叱られた。叱ってる先生の真剣さが痛々しいくらいで、とても申し訳ないことをしたと思った。問題なのは、これが毎週繰り返されてるということだ。いや、俺は馬鹿か。ちゃんと反省しろよ……。

 寝覚めは悪かったけど一応睡眠は摂れていたらしく、とりあえず昼休みまでは真面目に授業を受けることができた。

 嘘だ。真面目には受けていない。課題を忘れた理由もそこにある。

 持ってくるはずだった課題ノートがカバンをいくら漁っても出てこなくて、代わりに見つかったのが昨日発掘した黒歴史<エタノール・ワード>だったのだ。真面目にノートを取る振りをしながら、わけの分からない呪文やその解説をじっくりと読んでしまった。

 読んでいるうちに、今朝方の悪夢とは違う楽しかった記憶を取り戻したような気がした。

 しかし、呪文を楽しんで書いていたであろう昔の俺に比べて、今の俺ときたら……。

 なんっにも成してないな。

 これはもう、本当に地獄行きだろう。

 そんなことをぼんやり考えながら、屋上へ続く階段を上る。

「やっほー!」

 屋上への扉は施錠されていて、扉の前の踊り場で独りで昼飯を食べるのが日課だ。

「やっほっほー!」

 ロリータ少女が扉の前で跳ねている幻が見える。まぁ、気のせいだろう。

「幻じゃないほー!」

「心を読むなよ」

 教室が別の校舎なので、まさかこの場所が見つかるとは思ってなかった。また来週とか言っておいて……いや、月曜始まりカレンダーなら合ってるんだが。コイツ、俺のぼっち飯の聖域にあっさり踏み込みやがったな。



「ほれほひひい」

「タコさんウインナーを頬張りながらしゃべるな。別においしくもないよ、フツーの菓子パンだ」

「タコさん、いいでしょー。早起きして作ってるんだよ」

「高二がタコさんウインナーってどうなんだ?」

「お母さんがね」

「早起きしてるのお母さんかよ! 早起きして作らせるなよ! タコさんを!」

「えー」

 そんなどうでもいい会話をしながら、悪夢の中とは違うミオの姿に安堵している自分に気づく。

「ところでさ」

 ミオが口を開けている俺のカバンを指差した。

「それ何? えたのーる……?」

「いや、こ、これは」

 ミオがニヤニヤと悪魔のように笑う。

「童顔でその表情は本気で悪い奴だぞお前!」

「いーからいーから」

 カバンに手を伸ばそうとするミオ。振り払うわけにも行かず、座ったままの俺が退く形になる。じりじり近づいてくるミオ、退く俺。

「「あ」」

 体を支えていた手が空をつかんだ。

 そうだ、ここは踊り場で、せいぜい二人が座るスペースしかなくて、すぐ後ろには階下への階段が……。

「ツカサ!」

 ミオの悲鳴とともに、背中に激痛が走る。

 何かをつかもうとして。何かをつかんだような気がして。

 一瞬で視界が暗転した。


 



  



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