黒歴史発掘とガールフレンド
「お前さんは地獄行きだ」
ただの良い人そうなオッサンに見える閻魔大王は、白髪混じりの長いあごひげを撫でながら俺に告げた。
顔を落とした俺に、「だがなぁ」とごつごつした拳から人差し指をピンと立てて、
「手段がないわけじゃあない。一度だけチャンスをやろう」
ニヤリとオッサンは笑い、かと思うと今度は眉間にシワを寄せる。
困惑する俺の瞳を見つめながら、閻魔大王は吼えた。
「どうか、地獄を救ってくれ!」
大掃除、などと張り切ったのがマズかった。
机回りや本棚はまだいい。俺だって人目につくところに怪しいものを置かない、という程度のマナーは持ち合わせてる。
だが、人目につかない場所、たとえばクローゼットの奥なんかになると……。
「なんなんだ、この段ボールいっぱいの闇は……」
それはもう『闇』だった。中学生男子がありったけの想いや願いや妄想を込めたノート。表紙には『オリジナルキャラクター2(光の住人)』『世界観考察~エピソード零~』『古代呪文・etanol word』などと書いてある。書いたのは誰だ……って俺だよ! 中二病全盛期の俺だよ!
「スペル間違ってるしな……」
『etanol』はきっと『eternal』と書きたかったんだろう。これじゃエターナルじゃなくてエタノールだ。いや、エタノールだとしても間違ってるか。
おそるおそるページをめくってみた。
「うわぁ」
長ったらしい呪文らしきものと、その効果や呪文が産まれた謂れなんかがこと細かく書いてあった。
そっとノートを閉じて、ひとつため息をついて。
「燃やそう」
あぐらを解いて立ち上がり、黒歴史を段ボールに戻す。さあ、どこで燃やそうか。なるべく人目につかない場所がいい。
窓の外を見ようとして、ふと、壁にかかった時計が目に入る。十三時を過ぎていた。
「ヤバ……」
ミオとの約束をすっかり忘れてた。あいつを怒らせるとSNSのアカウントを抹消されるからな……。
昼飯もまだだったけどとりあえず家を出た。こっちは呼び出されてる身だ、ファストフードでもおごってもらおう。
「ツーカサー!」
徒歩十分の駅前で跳ねながら手を振っているロリータ少女がいた。無視しよう。
「無視すんなぁ!」
背を向けた俺に捨て身のタックルを見舞ってきた。捨て身なので、倒れるのはミオの方だ。長いツインテールの先がアスファルトに触れている。
「なんなんだよ」
「なんなんだよ、じゃなくて、ね!」
ううっと呻きながら腰を上げて、スカートの裾を直しながら言う。
「こういうときは手を差し伸べてくれるもんなんじゃないの!?」
「背後からタックルしてくるような奴に与える優しさなんてない」
「ひどっ!」
「どっちがだよ」
この辺りは日常のやり取りだ。漫才の出だしのようなものだと思ってくれればいい。
「で、今日の議題は?」
いつものように俺が促すと、ミオは「ふふん」と得意げな顔になった。
とても高校生には見えないあどけない表情で、いつものように変な『議題』を発表する。
「今日はね、『死後の世界』について!」
「つってもなぁ」
ストローから口を放して俺は言う。
日曜のこの時間、ファストフード店の混み具合は四割といったところか。バリュアブルなセットをおごってもらったので、どうでもいい内容の話にも一応意見は出す。
「天国にしろ、地獄にしろ、人間の空想の産物だろ?」
「そうかもしれないけどさ。ねぇツカサ」
「ん?」
「はんはわほっひだとほもう」
「ポテトを食いながらしゃべるな」
「ん」
ポテトを咀嚼する姿が小動物みたいだ。
「あんたは、どっちだと思う? 天国行きか、地獄行きか」
「ああ」
一瞬考えて、真顔で俺は答える。
「地獄だろうな」
「えー!?」
テーブルをバンっと叩きながら立ち上がるミオ。他の客の視線が痛い。
「なんで!? ねぇなんで!?」
「なんで、って」
頬をぽりぽり掻きながら、俺は言葉を選んで話す。
「天国は……何か功績を遺したりした奴のためのものだろ。だったら……何も成し得てない奴は……みんな地獄行きなんじゃないか、って」
「そんな……」
崩れるように腰を下ろして、顔を下に向けるミオ。
「そんなのってないよ……」
今にも泣きだしそうだ。何か言うべきなのか考えていると、ミオの方から口を開いた。
「でも、もし、ツカサが意識不明の重体になったら」
「嫌な仮定だな」
「わたしが起こしてあげるからね! タックルで!」
「それはやめてくれ……」
それからはどうやったら天国に行けるかとか、ネットでの効率のいい炎上商法とか、そんな話をして終わった。
駅に着いて別れるとき、背を向けた俺にミオが声を掛けた。
「長生きしてね、ツカサ」
どうやら『地獄行き』が堪えたらしい。変なとこでナイーブだな、コイツは。
振り向かずに歩き出す。
「また来週ねー!」
大きく手を振る気配を背中に感じながら、右手を軽く挙げてそれに応え、俺は家路に就いた。