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虚空の声⑤

「それにしても、少し意外って言うか、おかしいですよね、この屋敷」


 今まで回って見てきた階の様子を思い出しながら、少し妙だと思い始めていることを近衛さんに説明した。


 それは、あまりにも普段どおり過ぎると言うことだった。


 輝叔父さんが自殺したと聞いて、僕は収集品が破壊されていたり、ぞんざいな扱いを受けていたりしないかと危惧していたが、それが一つもない。まるで日常どおりであり、叔父さんが恐ろしい顔をし

て死んだというほどの狂気が、この屋敷からは感じられないのだ。


 そもそも僕は叔父さんが死ぬ二日前に会っているのだが、その時は至って普通で、怪しい薬品を混ぜながら、謎の機械を作っていた。とてもではないが、自殺をするような気配は感じられなかった。今思えば、そもそも自殺したと言う話に無理が有る気がする。


「そう? 長生きするとその分ストレスも溜まるのよ。私だって唐突に『死にてー』とか呟くわよ? そもそもね、真剣に死について考えたこともない奴らが多すぎるのよ。私は命が二つあるならば一つは自殺に使うわ。オジサンも科学的な探究心から自殺したくなったんじゃあない?」


 そんな顕微鏡を覗く感覚で自殺する人間は多分いない。こればかりは断言できるぞ。冗談とも本気ともつかない近衛さんの言葉を聞き流しながら、僕は一足先に三階へ上がる旨を伝えた。一階の私室にも遺書らしき物はなかったし、輝叔父さんの自殺に対する違和感を拭うには、三階の工作研究室を調べる必要がありそうだ。蒐集品が無事だとわかると、僕の興味は輝叔父さんの死へとシフトしていった。


 今更叔父さんお死因を探し始めるなんて、客観的に見ると、僕はもしかしたら結構薄情なのかもしれない。


「良いわ。見てきなさい。どうせ研究室なんて見ても意味ないし、私は下の動物を見て回って来るわ。なんだっけ? あの鱗まみれの白い毛むくじゃら、あれ気に入っちゃた」


「キト・ヤートですよ。結構凶暴ですから、絶対に直接手を入れちゃあ駄目ですよ」


 再度の忠告をして、僕は部屋を出た。しかしあんな不気味な生き物を気に入るとは恐るべし近衛さん。あれの部屋の掃除だけはしたくないから、うまいこと近衛さんが担当してくれると嬉しいな。まだ見ぬ巨乳美女に任せるわけにもいくまい。


 コンクリート造りの安っぽい階段に絨毯でも敷こうかと考えながら、僕は薄暗い三階へ向かった。手摺も何もない階段の横には物資運搬用のエレベータが備えられているのだが、最大重量が七十五キログラムしかなく、本当に重い物は僕と輝叔父さんが手で直接運ぶしかない。何処からか持って来たアイアンメイデンを三階まで運んだ時は比喩じゃあなく死人が出た。あれは凄惨だった。処刑道具だけど、使い方が圧倒的に違った。絨毯の色は赤だけは辞めるように、森嶋親子には相談しよう。


 三階は、他の部屋と比べると部屋数が少ない。先のアイアンメイデンではないが、下手に扉があると入らない物を入れたり作ったりするからだ。因みに、暗室はまだわかるのだが、手術室まである理由を僕は知らない。


 溶接機や溶断器、デスクトップサイズのミニ高温炉。各種ボルトやナットの棚。この部屋も恐ろしい程に、乱れがない。まるで仕事終わりに片づけをした後のようで、背中に薄気味悪い何かを感じた。単純に自殺するから片づけたのか、それとも……? いや、それとも何なんだろう? 嫌われていた輝叔父さんだとは言え、流石に殺されたのであれば警察に通報するだろうから、叔父さんは間違いなく自殺の筈だ。変なことを疑うのはよそう。


 窓もどれも閉まっており、鍵までかけてある。ただその窓際の作業机には、普段いない生物が居座っていた。周囲の整頓された環境と比べると、その生物の持つ奇抜な色は酷く浮いて見えた。


 そこにいたのは、オウムだった。鮮やかな虹色をした羽根と派手な形の嘴のそれは、いつ見ても自然の中で暮らすのには不自由そうだ。しかし空を自在に飛び交う彼等にしてみれば、僕達人間がどれだけ彼等の不自由を憂いた所で何の意味もないのだろう。


 間抜け面をしたそいつは、さして興味もなさそうに僕に一瞥をくれると、何事もないように毛繕いを始めた。


 鳥が好きな輝叔父さんの中でも、言葉を喋るオウムは特にお気に入りだった。一部の鳥の鳴き声と言うのは、産まれ持った物ではない。群れの仲間を真似て、オウムや九官鳥は発声していると言うのが通説であり、鳥類の知性はそうとう高い物だと言われている。叔父さんが鳥類を好んでいたのも、それが関係しているのかもしれない。


「オマエハヘイセイノシモヘイヘカ!」


 僕が近づくと、オウムがそんなことを言った。叔父さんと漫才をしたこの一羽は、こうやって意味もなく言葉を発することもあれば、絶妙なタイミングでベストな言葉を発することもあり、こいつが賢いのか馬鹿なのかイマイチわからない。


 オウムだから、馬でも鹿でもないことくらい僕は知っているけどさ。と言うか、一体僕の何処にシモヘイヘの要素があるのだろか? そもそも、どんな状況を想定した突っ込みなんだ?


 文字通りの鳥頭が人懐っこく話しかけて来ることに煩わしさを覚えながら、僕は作業台の上に転がる小さな機械を手にした。ダイヤルの数が五つとやや多いが、ヘッドフォンが繋がれている携帯電話よりも少し大きなそれは、一見するとラジオに見えた。ヘッドフォンはいかにも安物っぽく、乱暴に扱ったのか傷だらけであった。作業中に音楽を聴くような人ではなかったことと、唯一このラジオだけが片付けられていないことが若干気にかかり、僕は台の周りを捜索し始めた。


 引き出しの中に、輝叔父さんのノートを発見した。普通の大学ノートであり、表紙には何もかかれていない。僕は少しだけ緊張しながらそのノートを開く。最初に眼に飛び込んできたのは、日付と、動物の思考についての考えが書かれた表題だった。どうやら作業日報らしく、日付と時間ごとに、細かく自分が何をしたのかが書かれていた。二年前から飛び飛びに、暇を見つけては少しずつ作業していたらしい。作業日報とは言え、誰かに見せる予定もないノートの文章はどれも口語に近く、少々読みにくかったが、僕はどんどんとページを捲っていった。


 語弊を恐れずに記されていた研究内容を言えば、動物の言葉をわかるにはどうしたら良いのか? と言うことがメインだった。しかし輝叔父さんの研究過程を覗き見るに、その最終的な目的地は生物の持つ感情や思考時の概念そのものにあるようだ。西洋哲学に被れていた風はなかったけど、叔父さんがそう言った方向にも手を出しているのは始めて知った。


 しかし錬金術師と呼ばれていたのだから、その辺りとの関係が濃くても不思議ではないのかな? そんな実験の足掛かりとして、人間よりも脳が小さい動物、その中でも学習能力の高い鳥類の声を聴くことに力を注いでいるようだった。


 勿論、輝叔父さんは正規の科学者ではないので、その研究方法はどちらかと言えば科学的解釈よりも、オカルトに傾いている。僕の解読した古文書群の中から使えそうな呪術的要素を抜き出し、それを現代のラジオに応用しているらしかった。まさしく、錬金術師だ。だからといって、これが思ったような働きをしてくれるとは僕には思えないが。


 ノートを読み進めていくと、僅かながらも少しずつ進歩を続けていることが読み取れた。そして今更ではあるが、やはりあのラジオが動物の声を翻訳する機械であるようだ。ここ半年は、時間を見つけては調整を繰り返し、オウムに漫才を仕込んだのも、笑いと言う感情や概念が動物にあるかどうかを確認するためのものだったらしい。まさか、ふざけた漫才にそこまでの深い意味があるなんて。多分、後付けの設定だろうけど。結構いい加減な人だったから、自分の都合のいいように日報と記憶を改ざんしているのだろう。


 読み続けること早一時間。ノートの最後には機械が完成したと、歓喜に満ちた言葉が綴られていた。森嶋親子が階段を上って来る様子は一切なく、莫迦なオウムの突っ込みの台詞が三階に響いた。『酸の抜けたコーラ祭りの伊藤博文』とは一体何なのだろうか? 凄い気になってしまって、動物の声を聴くのなんて後回しにしたい気分だ。


 良く見れば、叔父さんが自殺した日の前日の夜で日記は終わっている。翌日にクーちゃん(オウムの名前だ)の声を聴くことを楽しみにして就寝したようだ。僕だったら間違いなく、その場で小躍りしてオウムの声を聴きに行くのだが、叔父さんはオウムに気を使って明日に回したらしい。と言うことは、叔父さんは少なくとも前日に自殺する気がなかったと言うことになるのか? 三十を超えたおっさんが作業日報にエクスクラメーションマークを七つも連続して使っているのだから、自殺を使用などと欠片も思っているはずがない。


 僕は、作業台のラジオ型の機会を手に取ると、壊れたヘッドフォンを耳にあて、作業日報に書かれた通りに動かした。ノイズを調整するためのダイヤルと、ヘッドフォンが少し壊れていた為、雑音が酷いがどうにか使用することは可能そうだ。深い考えは一切なかったが、輝叔父さんが自殺をする原因を知るには、これを使うことが一番の近道だと僕は理由もなく確信していた。


 オウムの傍により、人間にするように「こんにちは」と話しかけ、僕は翻訳機のスイッチを入れる。


『――――』


 そして、僕は気を失った。


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