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URBAN LEGEND  作者: 安藤ナツ
Case6.

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地獄期間⑤

「もう喋るなって言っただろう?」


 そして容赦のない右のフックが寧々の頬を削り取るように放たれた。勝ち誇ったように笑っていた――世界の幸せの形である向日葵の顔をした――寧々は、三度目の頭部への攻撃にその場に崩れ落ちる。


 え? と思わず私は声を漏らしてしまう。


「なんだ、偉そうに喋った割には、やっぱりこの程度か」

「な、何で私を攻撃できるんですか?」


 私と同じ疑問を寧々が向日葵の声と口調で口にする。その可愛らしい大きな瞳には涙が浮かび、最強の盾が通用しないことに心の底から驚愕しているようだった。


「何でって、言ったろ? 俺にとって命とは動いてること。別にそれを止めるのは難しい事じゃあない」


 そう言うことを寧々や私は聴いているのではない。何故、自分の大切な存在を壊すことができるのかと私達は聴いている。一般的な感性であれば、恋人の写真を破ることにすら忌避感を覚えるはずだ。


「世界君に取って、私は大切な存在じゃないんですか? もしかして能力が発動してないんですか?」


 ましてや、寧々の能力は私すらも騙すことができるレベルの物だ。彼の読みが正しいのであれば、世界の視界に映る寧々の姿は、愛する彼女の物ではないのだろうか?


 私の疑問を嘲笑うように、世界は足を振り上げると、寧々の細い右手首にそれを下ろす。骨が折れ肉が潰れる音と一緒に、寧々の口から向日葵の悲鳴が上がる。


「能力なら発動してるさ。俺の頭にはしっかりと向日葵の泣き顔と悲鳴が刻み込まれているぜ? でもよ、違うんだよ。お前は『好きな物を大切にすること』が正しいと、幸せだと思っているかもしれねーが、俺は違うんだ。『大切な物だからこそ好きにする』それが俺の幸せの形だ」


 想い人の形をした右腕を蹂躙する世界は、心の底から楽しそうに表情を歪める。


 その思考回路に、私の口元は自然と弛んだ。到底私には理解できず、何処か遠くの彼方にある世界の理論、この世非ざる地獄期間のルール。そしてそれを貫くことに自分を覚え、誇りとして認識している。


 世界は私の求める強者に相応しい資格を十分に備えているだろう。


「うわあああああああ!」


 私の高揚を更に盛り上げるように、寧々が咆哮する。その顔は私や世界とは違い、自らの能力――自分が人を殺してまで求め続けて来た幸せの答えの一つ――を壊されたことに対する恐怖に支配されていた。


 しかしそこは殺人鬼。恐怖に凍り付いた精神は『殺す』ことを諦めはしない。まだ自由に動く左手をジャケットの内側に突っ込み、すぐさまその手を世界に突き出す。その手には無骨な拳銃が握られおり、恐らくそれは彼女の切り札だったのだろう。この最後の最後まで取って置いたことがその証拠と言える。秘蔵の一手である拳銃の引き金を寧々が躊躇なく五回引いた。


 乾いた音が連続で響く。


 左手、ましてや怪我人の射撃に精密性はなかったが、殆ど密着する形で放たれた音速の鉛玉は、世界の身体に次々と打ち込まれ、瞬きの間に抜けて行く。三発が胴体に、一発が喉元に、最後の一発は緋色の瞳を穿ち脳髄を撒き散らす。


「おいおい。セーフティーかけてねーのかよ」


 体中から血液を流しながら、脳の半分を吹き飛ばされてもなお、世界が上、寧々が下と言う現実は揺るがない。


「え……」


 寧々の表情から恐怖が消える。その顔にはもう何も残されていない。


「驚いたか? これが俺の地獄期間さ」


 困ったように世界が肩を竦める。すると、身体の傷が彼の身体から消え去る。それはビデオを巻き戻すと言うよりも、世界が傷ついている現実の方がおかしいと否定するように、最初から何も起こっていなかったような修繕のされ方に思える。吹き出て地面に染み込んだ血液すらも元通りだ。流石に、破れた服までもその限りではないようだが。


「墓場生まれの地獄育ち。不死に不老に不死身の矛盾。百万回死ねない男。それが俺、新里世界さんの地獄期間だ」


 得意げに世界が自分の能力を声高に語る。


 生命を、生きると言うこと、死ぬと言う不文律を鼻で笑っていた。


 なるほど。なるほどだ。生命と機械を同じだと言う世界を、地獄期間と言う二つ名の意味を理解した。新里世界は人ではない、地獄には人間がいないのだから当然だ。


「俺は死なない。俺は風化しない。俺は劣化しない。俺は変われない」


 死刑を宣告する裁判官のように厳かに、世界が唇を動かす。


「だから、例えもう形がなくなってしまったとしても、魂が変色してしまったとしても、俺は向日葵を思い続けるだろう」


 新里世界はどうしようもなく死ねない。窒息しようが、毒を盛られようが、心臓が止まろうが、身体が全て霧散しようが、ABC兵器の直撃を喰らおうが、恐らく彼にとっては午後のティータイムと変わりないだろう。


 この私ですら、いつかは訪れるであろう死を、彼は一切持っていない。


 そんな彼の感性を測れる人間はこの世に一人もいないだろう。


「さて。そろそろお開きにするか、銃声で誰かが来るかもしれん」


 異質。私の眼から見ても『狂っている』としか言いようのない少年が右足をゆっくりと上げる。血で少し汚れたブーツが、ギロチンのような存在感を放ちながら寧々の頭上で揺れる。


「助けて下さい! お願いしますよ! 世界君!」


 寧々が、叫ぶ。命が掛かっているのだから、当然必死の色が顔には浮かんでいる。


「本当なら、生かしてやりたいぜ? 何故なら、俺は生死に興味がないからな」


 足を上げた状態でバランスを取りながら、世界は殺人鬼との最後の会話に興じる。


「なら!」

「でも、お前はさっきみたいに、幸せを盾に取り、幸せを人に訊ねるんだろう?」

「しないですよ! もうしないです! 絶対ですよ? 私の言うことが信じられないんですか? 世界君」


 恥も外聞も捨てて、少女の姿の寧々が身体中の孔と言う孔から液体を駄々漏れにしながら懇願する。死にたくはないと。


 しかし。目の前の処刑人に取って、それはただ喧しい機械のエラーのようなモノでしかないだろう。


「ああ」


 思い出したように世界は、口元だけ笑って寧々の問に答える。


「俺が信じるのは、俺だけさ」


 無慈悲に振り下ろされた右足の踵が寧々の顔面を踏み砕いた。


 廃ビルにもう一つだけ死体が増えた。

 以上で、【虚空の声】に始まり、【魂の価値】を経て、【魔王】を体験し、【悪意の図書館】で過ごし、【万象の龍】へと謁見し、【地獄期間】で終わる【URBAN LEGEND】でした。


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