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URBAN LEGEND  作者: 安藤ナツ
Case6.

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地獄期間③

「おら、ねーちゃん。起きろよ」


 三人と一人を追いかけてビルの中に入る。二階の広いオフィス後に彼等はいて、どっから持って来たのか、壊れかけたベッドや本棚が並んでいる。後はコンビニのゴミ袋が目立つ。ここを溜まり場にしているのだろう。如何にも反社会的な人間が住むに相応しい場所だからな。


 その後、男達が数度話しかけると、ようやく女は目覚めた。眠りが深かったのか、それとも酒が回っていたのか。どちらにせよ、尋常じゃあない睡眠欲求だ。ある意味尊敬するぞ。


「ん……君たちは誰?」


 そして第一声。眠たそうに眼を擦りながら女が首を傾げる。まだ眠りの中に意識があるらしく、その言葉はふわふわと地に足が付いていない。吹けば飛んでしまいそうな、曖昧な声だった。


 男達はその声に興奮したように笑い声を上げる。聴きようによっては、あれも艶があってそそるのかもしれない。既に性を捨てた私には分かりかねるが。こんな喋り方をしてはいるが、もしかしたら私は女だったかもしれない可能性がある。


 因みに、今の外見は、英悟が私と言う存在を見た時に感じた外観となっている。可愛らしい女の子の姿で、一体何故に彼女は私のような人外の存在を、十にも満たない幼女の姿にしたのだろうか。今度、覚えていたら彼に訊いてみよう。


「誰でも良いじゃあない。それより、俺達と楽しいことしない?」


 背の小さな男が、彼女の肩を掴む。女はそれに驚いた様子もなく、インコのように可愛らしく首を傾げる。顔色には酔ったような所はないが、彼女の心までは流石にわからない。


「楽しいこと? 私、『七並べ』なら得意だよ」

「違う。『七並べ』よりも百倍は楽しいさ」


 む。『七並べ』よりも百倍も楽しい者があるだと? まさか『七百並べ』なるものが存在するのか? 流石の私も『七百並べ』は未知の領域だ。想像すらしたことがなかったぞ……。人類の力への意思はそこまで辿り着いたとでも言うのか。


 しかし男がポケットから取り出したのはトランプではなかった。掌サイズのビニール袋が三つ。その中には枯草のような……いや、枯草が一つまみ入っている。贔屓目に見ても、あれが『七並べ』よりも素晴らしい物とは思えない。


 彼女にもその価値がわからなかったようで、ポカンと呆けた顔をしている。


「『ハッパ』。『一二三機関』の実験品で、副作用もねーし最高に幸せになれるんだ」


 すると、ノッポの男が軽薄な口を開く。頼んでもいないのに説明もしてくれるとは、何て気の利く男だ。あれか? 他人の為に生きることが自分の為に生きることだとでも言うのか? 便利ではあるが、好きにはないな。


 しかし『一二三機関』とはあまり聴かない名だ。記憶が正しければ(私の記憶なんて、トイレの落書きのようなものだが)中華系の組織だったはずだ。神知教が大きく進出し始めた八十年代以降、疑似組織が各国家に設立された。その殆どが、神知教の足の裏にも及ばないレベルに留まっているのだが。しかもその末路は、こんな馬鹿共に薬を流して小銭稼ぎするようなやくざ崩れだ。悲しいな。


 そもそも、利益追求や科学技術の発展を目標としている間は神知教に追いつけるはずもない。彼等の目標は、真の意味で破壊であり創造だ。最大の戦いであり、凡愚には想像もできない壮大な夢物語。そこには欠片も利など存在していない。


「幸せ? それを使うと幸せになれるの?」


 女は一二三機関には食指を動かすこともなく、薬の方に興味を示す。懐から眼鏡を取り出して、ハッパとやらを興味深そうに見ている。


「ああ、これを吸うと、悩みが吹き飛んじまうんだよ」

「悩みがないことがあなたの幸せなの?」


 女は大物なのか、ただの戯けなのか、男達の説明に更に質問を重ねる。その姿は自分の身に起こる出来事をまるで理解していないようだ。


 その無知さともあざといも言える女の態度が、また男達を興奮させる。物を教えると言う行為は、虚栄心を満たすには相応しいからな。いつの時代も、男達は上に立ちたがる。


 男達は座り込んでいる女を見下しながら、口々に薬の効能を熱く語る。語彙の少ない若者の話を纏めると、兎に角『ヤバい』らしい。私のイメージでは、ヤバいと聴くと身体に悪そうな気がするのだが……何時の間に『ヤバい』は肯定的なイメージを持つ言葉になったのだろう? まあ、薬物が『ヤバい』のは当たり前の気がしないでもないが。


 熱弁を終えたら、次に行うのは当然ながら実践である。男達は袋の中からハッパを雑な手付きで取り出し、煙管にそれを詰め込む。彼等は自らの行為が方に背くことを理解しながら、それを隠す様子はない。その反逆精神は買うが、やはり思慮が浅いのは見逃せない。


 ふん。馬鹿な男と馬鹿な女に馬鹿な薬か。興が覚めてしまったな。このままこの場に残っても、私が求めることは何もない。


 そう思い、四人に背中を向けた瞬間のことだった。


「だったら、つまらない人生ね」


 ビルの中に、短い悲鳴が木霊したのは。それは薬を最初に取り出した大柄の男のものだ。間を置かず、液体が床にぶつかって音を立てる。それは朱色をした、生きる為に必要な絶対の対価だった。


「その幸せは、もう知ってるわ」


 女の冷たい声が暗闇に小さく響き、続いて横一閃に白銀が煌めく。遅れて、野太い悲鳴と鮮血。懐かしい、戦場の臭いがする。女が、血液と刃で踊っていた。それも洗練とされた踊りではない、児戯と言うにふさわしい。子供が踊っていなければ見ていられない下手くそなそれだ。


 しかし踊りの相手はそれ以下だ。まともな楽の音を上げることもせず、三人の男達は舞台からあっさりと退場をしてしまったのだから。切り裂かれた喉笛から噴水のように吹き上げる血が床に叩きつけられる音では、私は一切楽しめない。


 意外かもしれないが、私は人殺しが好きなわけでも、死体が好きなわけでも、血の匂いが好きなわけでもない。人々が強くなろうと言う意識によって生じる、あの闘争が好きなのであって、こんな殺人で喜ぶほど殺人狂では決してない。


 むしろ人が死ぬのは大嫌いだ。どうして人は死ななくてはならないのかと、涙を幾度となく流したくらいだ。


 しかしこの女は私とは趣味が違う。悪趣味だと言っても良い。自分が殺した男達のポケットを漁って、財布や携帯電話を盗み取ってご満悦と言った風だ。殺人鬼に強盗。まるっきり弱者の行いだ。


 だからと言って、やはり私が何かをするわけでもない。脆弱な意思に、私がわざわざ時間や手間を裂く必要もないからだ。


 女は死体漁りに一段落を入れると、次は身体の死体をビルディングの奥の方まで引き摺って移動させた。死体の隠蔽にしては随分と雑だが、ただ燃やすよりも有効な使い道なんて死体には腐るほどある。何処かの機関や組織に売り払うのが一番有効だ。ある程度、裏の事情に精通していれば、殺人くらいで捕まることはない。


 それに、今回は私があの死体を有効利用してやろう。この世界は私の物であり、どんな命だろうと私の力だ。下種で下卑た下賤の輩だと言っても、肉塊にその罪はない。


 死体の存在を捧げようと、一番大柄な男に手を伸ばす。


「誰? 出てきなさい!」


 すると、奥の部屋から戻って来た女が大きな声を出す。一瞬、私の存在に気が付いたのかと驚いたが、どうやらそうではないようだ。こつこつと、革靴がコンクリートの上を軽快に叩きつける音が外から聴こえて来たのだ。その足音からは持主の楽しそうな心が見えて来るような気すらして、軽快な楽の音に、私は思わず足でリズムを取った。


 私の気持ちの高揚とは裏腹に、女は焦りを瞳の奥に押し殺してナイフを構える。紙のように薄いナイフは、自ら発光するかのように光り輝いて見える。それは現在の技術では少々オーバースペックとも言える出来の作品だろう。しかしその技術ですら、外から聴こえてくる足音のリズムには到底及ばない。


 足音は一度も留まることなく、私と女と死体が二つある部屋の扉を叩く。そのノックは足音のリズムから外れることもなく、何度も練習を重ねたような深みがあった。こちらの返事を待つことなく、良き趣味の持主は汚れの目立つドアを開ける。ドアの音すら、完成された音楽の一部となって弾む音を出す。


 しかし趣味を理解しない人間が一人、この場にいたことを忘れてはならない。淀みの内一連の流れに、女はあろうことか無粋にもナイフを扉に向かって投げつけたのだ。


 とても投擲に向く武器だとは思えない形をしたナイフは、真っ直ぐに扉を超えて来た人間を襲った。その耳鳴りのような風を切る音が、全てを台無しにしてしまう。ナイフは新しい侵入者の顔に突き刺さっていた。


 本当に、趣味を理解しない人間は野蛮で困る。


 『良い』人間が、『悪い』人間に敵うわけもないのに、無駄なことばかり行うのだろうか?


 投げつけられたナイフは、侵入者をまったく傷つけることをしなかった。あろうことかドアを越えて来た男は、顔面に飛び込んできたナイフを歯で受け止めていた。真っ白な健康的な歯が、ナイフよりも強く輝いているように見える。


「手厚い歓迎だな?」


 ナイフを噛み砕き、その破片を噴き出す男の姿に、私は亡霊を見た。彼の白髪まみれの頭部が、人体にはあり得ない緋の色をした瞳が、そう見えたと言うわけではない。


 彼から感じられる気配は、現代社会と呼ばれるこの停滞した世界でもっとも必要とされない暴力的な『強さ』が多分に含まれていて、生まれる時代を間違えた亡霊だと私に思わせたのだ。盃嵐とまではいかないが、きっと、他人から見たら生きているのが辛いほど、強いのだろう。


 私の求める人間が、強さの果てに自己の理想を創造できる人間がそこにいた。


「もっとも、もっと熱くないと、俺は乗ることができないけどな」


 銀髪をかき混ぜながら、男が新たなナイフを構えた女に近寄って行く。こつこつこつと、自分の進む道を知っているように音を立てながら。

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