地獄期間②
あれは確か、少し暑くなって来た季節の話だ。神知教や盃嵐の活動の中心地と言うことで、私がもっとも頻繁に訪れる日本での出来事だ。私が毛嫌いするテレビや新聞と言ったマスメディアは、国が変わる国を変えると誇大妄想を撒き散らして騒がしかった。選挙とか言う、政治活動だったはずだ。百の人間の意見を通す為に、九十九の意見を握りつぶすと言うアレだ。最早、私の求める貴族や王は何処にもいないのだ、少し寂しくなる。
時間は……そうだ、夜だった。アスファルトに籠った熱が夜闇に滲み出し、この都市最大の駅はネクタイを締めた大人の疲れた顔には汗が浮き出していて、見ているだけで暑苦しかった。アスファルトにビルディング。戦後の日本に建てられた物には美しさがなくて困る。最先端の町にも関わらず、私には退廃としか思えない都市の気味悪さを思い出すと吐き気がしてくる。あ、首都にある地下鉄は別だ。あの迷宮はとってもファンタジーでクールだ。何度行っても迷ってしまう。
そんな私の趣味ではないアスファルトの町の外れ。新陳代謝が止ってしまったかのように、誰にも使われなくなり機能していないビルディングが幾つも並ぶ元オフィス街。数年前に出た、不景気対策の企業援助金によって同時期に幾つもの会社が事業拡大に乗り出して失敗した。その墓標とも言えるかもしれない。
経国済民。国を経て民を救済する。略して経済。なんとも立派な思想であり、鼻で笑うくらいのことはしてやっても良いのだが、今はそれすら行う気になれやしない。公正さなど何処にもなく、金持ち共が弱者から吸い尽くすだけ。何処にも力への意志などなく、停滞した環境によって世界が縮小していき、それでもなお人間は保身しか考えない。弱者は弱さを認め、そんな連中の救済を待っている。
こんな悲劇が長々と上映されているのは、本当に堪ったものではない。神知教の連中も、下らない目的に時間をかけるのであれば、手っ取り早く日本に宣戦布告でもしてくれた方が良い。善人の善行よりも、悪人の悪行の方が何倍も健康的なのだから。
しかし資本主義と言うのが侮れないと言うのも事実だ。高々半世紀と少しでここまで街並みが変わった時代を私は他に知らない。墓標の多さはそれだけ戦士が眠っているのだと思えば、私が求める闘争からは程遠いが、それでも私の理想に近いのかもしれない。
そんな人通りの少ない墓地を、私は歩いていた。何処かに行く途中だったのかも知れないし、もしかしたらそこに用事があったのかもしれない。覚えていない。忘れっぽさ。これもまた強者の特権の一つだとでも良いわけをしておこうか。ただ確かなことが有るとすれば、熱帯夜のコンクリートジャングルには、私以外に一組の男女がいたことだけだ。ああ、私はこいつらを追いかけていたのかもしれない。基本的に私は暇なんだ。憎むべき存在は多くとも、私の敵になりうる者がめっきりと減ってしまった現在では。
サラリーマン風の男が、同僚と思われるOL姿の女を背負っていて、どうやら飲みの帰りと見るのが正しいだろう。一時的な快楽の為に健康を売り払い、挙句隙を晒す。人間の嗜好には本当に文句を付けたくなる。ネプチューンよりもバッカスのせいで溺死者が増えたとは、誰の言葉だったか……。
特に行く当てがなかった私は、意味もなく二人の後を尾行する。と言っても、私は常人には見つけることすらできない存在である。尾行にスキルも何も必要なく、威風堂々と姿を隠すこともなく私は二人の後を追う。
勿論、普段の私であればこんな有象無象のようなアベックを追うようなことはしない。基本的に暇だが、無駄なことをするほど酔狂ではない。何故こんなことをしているかと言えば、そこに私の求める物が有るからだ。
「おい、そこのおっさん」
一分と経たない間に、それは起きた。薄暗い墓場の角から現れたのは、三人の大柄の男。その中でもフードを被った一際身体の大きな男が、私の追っていた男女の行方を塞ぐように仁王立ちをする。
うん。分かりやすいほどチンピラだ。いつの時代でも、墓荒しはポピュラーな職業だが、それは日本でも変わりない。
私が期待していたのは、これだ。こう言う混沌とした連中だ。既存の体制に反逆するような愚かな連中だ。何かに抗おうとする人間ほど、見ていて楽しい物はない。
もっとも、こいつらは向上心からの行動ではなく、自身のその力を弱者からの搾取に使う屑でしかない事に変わりはなく、こう言う人間が趣味と言うわけではない。家畜のような連中よりはマシ。そう言う風な評価と言えば伝わるだろうか?
まあ、要するに、火事と喧嘩は江戸の華だ。暇潰しをするのに、それ以上の娯楽は私には必要ない。
しかし物事はいつでも私の思ったようには働かない。運命には常に片思いだ。乱暴な言葉で若い男達がサラリーマンの財布を求めると、男はポケットから財布を取り出すと、その中身を差し出した。女よ。お前はこの状況で良く眠っていられるな。
なるほど。確かに、財布の中の一万四千円を渡した方がこの状況を解決するには早いかもしれない。会社勤めの彼にとって、一万四千円は大金とは言えないだろうし、彼らと殴り合いの喧嘩をした方が出費は大きいだろう。
しかし、それがどうしたと言うのだろうか? 相手に屈することを利巧と呼んで、暴力を振るわないことを美徳だなんて、私に理解できないことだ。それは弱い人間の行動であり、私の望むような人材ではない。安酒を飲む癖に、どうして勝利と言う美酒を欲しないのか。
おまけに、女まで取られている。どうやら彼女の容姿が、男達のツボにはまったらしい。まあ『勝利の女神』なんて言葉があるくらいだ、女は強い男が好きなのだろう。勝者がOLを奪って行くことに不服はない。
ここでサラリーマンの反撃が来るか? と思いもしたが、男はあっさりとおぶっていた女を三人組に渡す。乱暴に奪われた女は声一つあげない。まだ眠っている。神経が余程太いのか、もしくはないのか、どちらだろうか?
サラリーマンは社員証を携帯電話のカメラ機能で取られた後に解放され、走ってまだ人の多い駅へと走る。男達は近くのビルディングに慣れた様子で入って行く。結局、拳の一つも出ることなく、この場はお開きとなった。
私も彼等に習いその場を後にし、最近のお気に入りである魔眼の坊主の屋敷に行くか、その周辺で出会った英雄の声を聞く少年に会おうかと考えた。
しかし最終的に私は、三人の若者と女を追う道を選んだ。彼女を助けようとも思わないし、男達がどう女を犯すかに興味があったわけでもない。気紛れだ。
偉そうに色々と言っているが、基本的に私は考えなしでその場凌ぎで生きている。細かい計画を練っていた時期もあったが、運命に嫌われているのでは意味が薄いのだ。




