地獄期間①
幸せについて語ろうか。幸せになれるかどうかと言うことに付いて語ろうか。幸せの形に付いて話そう。目にも見えない形すらない幸せについて話そう。
最初に私的な意見から言わせて貰おうか。
どいつもこいつもこればかり求めやがって。私はこれが大嫌いだ。これを大切に持っている奴を見ると、私は腹が立って仕方がない。
ん? それは僻みだって? はっ! この私が、竜であった神であった天であった帝であったこの私が、怨恨から産まれた疚しい良心からの感情で物事を言っていると?
心外だ。私は嘆いているのだ。停滞して笑い合ってそれを幸せだと、平均以下にならないように、普通に収まるように、下らない道徳観の中に納まろうとする人間の脆弱さを。
強者こそ清く正しく美しかった闘争の時代を、万人の万人による万人の為のあの戦いの時代を、私は望んでいるのだ。あの二度に渡る大戦が、神知教設立時のいざこざが、人生不敗の盃嵐の登場が、『虹』『盃嵐』『神知教』の小さな戦争が、高々一世紀の間に起きたあの混沌の坩堝が懐かしくてたまらない。
私にとっての幸せとは、他者から奪う物だ。私に取っての不幸とは、奪われることだ。幸せが闘争の果てにこそある物だと疑わない。
何も失わずに、何も捧げずに、何も賭さずに、ただただ既存の世界に従順する奴らが気に喰わない。法律に守ら……否、法律に縛られている連中が気に入らない。弱者がそれを理由して強者を演じるのが気に喰わない。
何故、こんなにも世界には弱者が蔓延っているのだ。
っと、話が逸れたな。兎に角、私にとっては強さこそが幸せであり、それ以外に私は幸せを語る術を持たない。
腕立て伏せでもしていれば幸せな、単純で安上がりな私が見た、一人の殺人鬼の話をしよう。
幸せを探す、一人の殺人鬼の話を。




