悪意の図書館④
「あれ? こんな所に扉なんてあったけ?」
突然、近衛さんが足を止めてそんなことを言い出したのだ。不思議そうに首を傾げる着物美女の背中から、階段の踊り場に取り付けられた古そうなドアが見える。古ぼけていて、注意深く観察しなければ見逃してしまうような、そんなドアだった。
「さっき下りて来る時には……あったような、なかったような」
正直に私が答えると、近衛さんも同じように頷く。ただ、初めて訪れた私とは違い、彼女はここに通い慣れているはずだ。幾らなんでも今まで見逃し続けるなんてことが有りうるのだろうか?
「うーん? 物入れかな? でも薫君が教えてくれたこともないし」
形の良い顎に綺麗な右手を当てて、近衛さんが考え込む。古びたドアらしきものにはドアノブがなく、見ようによってはただの模様とも思える。
「この屋敷、私のお祖父ちゃんがヨーロッパから買ってきた物で、かなりの隠し通路とかがあるみたいなんだよね。それの一つかも」
思いついたように近衛さんが可能性を示す。隠し部屋のある屋敷は流石に初めてだ。そういう部屋って、建築法とか大丈夫なのかな?
「だとすると、薫君に訊いても意味がないことだし……取り敢えず開けてみる?」
「え? 私に決定権を委ねないでくださいよ。それでもし開けて鼠とか死体が出てきても私責任とれませんよ?」
「死体って、発想がぶっ飛んでるね。まあ、扉は開ける為に有るんだし、開いただけで屋敷が潰れたりすることはないはずだし、開けてみましょうか」
私は言外に『開けないで』と頼んだつもりだったんだけど、上手く伝わらなかったみたい。どうしてこんな薄気味悪い扉を開けようと言う気になったのだろうか?
「ってか、ドアノブはないわね。どうやって開けるのか……」
ドアを近衛さんの拳が叩く。すると低いが微かに音が返って来る。どうやら本当にドアのようだ。しかしドアは一向に開く素振りを見せない。悪戦苦闘する近衛さんに、「上にあげるんじゃあないんですか?」私は適当に言葉をかける。勿論、それで開くとは思ってなく、二階の説明をして欲しい。なんて考えていた。
が、現実と言うのは本当にいい加減で、「あ、本当だ」扉は上方に一メートルほどスライドし、ぽっかりと真っ暗な闇がその中から現れた。カビ臭く冷たい風がそこから流れでて、その不気味さに私は一歩だけ後ろに下がってしまう。学園祭レベルのお化け屋敷ですら泣き叫ぶ私に、この暗さは恐ろし過ぎる。
「入ろうなんて、言いませんよね?」
釘を打つ心算で近衛さんに進言すると、「え? 入らないの?」と驚愕の目で見られた。この人は間違いなく、映画とかだと途中で死ぬタイプの人間だ。頼りになるリーダー的な人間と対立して、間違った方向に進むパターンの人。私みたいな臆病な奴は、入った瞬間に死ぬことが確定しそうで絶対に入りたくない。
「ここも、掃除しなきゃじゃん」
しかし仕事柄そう言われると非常に弱い。確かに、ここも掃除しなくてはならないスペースには間違いない。所有者の祖父の代から存在する隠し部屋。しかも当分は開かれてないと来ると、私の家政婦としての血が騒いでしまう。猛烈にこの部屋を掃除したくなってきた。
「そ、そう言われると、入らない訳にはいきませんね。懐中電灯とかありますか?」
「んにゃ。でも、取り敢えず様子見だけだから携帯電話のライト機能で十分でしょ」
言われて、私はポケットから支給された携帯電話を取り出す。私が所属している家政婦の派遣会社は神知教の子会社で、個人個人に神知教製のスマートフォンが支給されている。相当なスペックが有るらしいのだが、掃除に使えるわけもないので私はそれほど重宝していない。ライト機能の使い方がわからず、近衛さんに教えて貰いながら初めてライトの機能を起動する。
カメラのフラッシュを利用したライトは予想以上に明るく、新しいおもちゃを手に入れたような気分で隠し扉の向こうの空間を照らす。部屋の中は何処までも続く闇に繋がっていて、何も見えない。私達は緊張から喉を鳴らした後、どちらからと言うこともなく手を繋ぐと世にも珍しい上方に開く扉を潜った。何年も閉ざされていたにしては埃が舞うこともなく、冷たい空気だけしか感じられない。
「扉、締まったりしませんよね」
外からは窺うことができないほどに広い室内を見渡し、近衛さんに訊ねる。
「あはは。急に『ばたん!』って? そうなったらホラーだね。薫君が見つけてくれるまでに餓死しちゃうかも。ここ、圏外みたいだし」
笑えない冗談を。「勘弁してくださいよ」私がそう言い終えるか否か、背後で『ばたん』と大きな音が鳴り、光量が一気に半減した。反射的に音の方に振り向くと、外に続いていた扉が綺麗になくなっていた。
「……慌てないで、詞さん。まさか扉がなくなったわけでもあるまいし」
なんだか、この人が喋る度に嫌なフラグが立っている気がしてならない。
案の定、とでも言うべきか、扉があったはずの壁に手を当てる近衛さんの顔色がみるみると悪くなっていく。これは別に携帯電話のライト機能の問題ではないだろう。
「ここ、外からしか開かないみたい」
「なんでそんな部屋を造る必要が……」
お金持ちの考えることは本当にわからない。
「ここから誰も出さないようにじゃない?」
それはそうだろうが、そんな部屋を作る意味を教えて欲しい。
「勘弁してください。それこそ死体とか出てきそうじゃあないですか」
そう言って、私は部屋の壁を携帯のライトで適当に照らす。別に死体を探したかったわけではなく、他に出口や脱出の手がかりがないかを探すために。近衛さんから右側に灯りをスライドさせる。
何故か真っ黒に塗られている壁を一メートルも横に移動させたところで、「…………」私はそっとライトの光を近衛さんにまで戻す。今なんか、見ちゃいけない物があった気がしたんですけど。
「…………近衛さん。ここって本当に何なんですか?」
「何なんですかって、私の家が所有している屋敷の一つだけど?」
失礼な。と頬を膨らませて私の言葉に返事をしてくれるのはいいのだけれど、あれを見ても同じことが言えるのだろうか?
「じゃあ、『いっせーのーで』で一緒に右を見て貰えますか? 私から見て右を」
互いにライトで顔を照らし合いながら、私達は「いっせーので」と口にし、息を揃えて右の壁際を照らす。すると人口の光の中に浮かび上がったのは、白色。毎朝呑む牛乳と似たような色をしたそれは、全く見慣れない人体模型の骨格標本の形をしていた。
と言うより、人間の骨格そのものだった。ゲームのように姿がそのまま残っているわけもなく、襤褸の衣装を張り付けたそれは、胴体部だけが壁に寄りかかっていて、その他の部分は床に落下していた。砕けているのもあれば、形を残している箇所もある。
家政婦と言う仕事の都合上、死体は見慣れているが(神知教御囲いの家政婦集団だ。変死体は年に一度のペースで目にする)白骨死体となるとこれは初めての経験かもしれない。
「白骨化死体……ですよね、近衛さん」
私の言葉に頷くと、近衛さんは大股で白骨化した死体に歩み寄って行く。あんまり触らない方が良いんじゃあないだろうか? まあ、『森嶋』と言ったら神知教でもかなり大きな名前だ、近衛さん自身は神知教に所属していないにしても、私以上にこう言ったトラブルは慣れているのかな。
「ってか、詞さん。ホラーは苦手じゃあないの?」
「『わ!』とか、大声で驚かされるのが苦手なんですよ。人が悪意を持って驚かすのが」
「変わっているわね」
笑って、羨ましいばかりの胸元から白い手袋を取り出すと、意外なほど乱暴な手つきでそれを嵌める。そのまま躊躇せずに三十センチ近い太い骨を掴む。位置的に、あれは太腿の骨だろうと意味もなく予想した。
私もそれとなく観察してみるのだが、少し妙だ。埃を被っていないのだ。人一人が骨になる程の時間がかかったにもかかわらず、一切の埃が見当たらないのはおかしくないだろうか。
「ってか、この死体自体が妙よ」
そりゃあ、家の中に白骨化した死体がある時点で妙に決まっている。覚えのない部屋に死体がごろごろしているのが普通なら、流石の私もこの家との契約を解約して貰う。
「骨の形や大きさがね、人間に良く似ているけど、まるで別の物なのよ。なんか、足りないパーツも有るし、意味不明な骨もある。素人が書いた落書きの骨みたいなのよ。その癖、本物の素材っぽいのよね」
それは確かに妙だ。妙と言うか不気味だ。そして何よりも、長年放置されていた死体の骨を平気で齧る近衛さんは何者なんだ。味も見ておかないと気が済まないのだろうか?
骨の欠片を吐き捨てながら、近衛さんは立ち上がると改めて周囲を見渡す。私もそれに倣って周囲を探す。何があるわけでもなく、ただ何処までも闇が続いている。
何処までも? いやいや、キャプテン翼のコートじゃああるまいし、踊り場にある隠し部屋がそんなに広いわけがない。時を同じくして近衛さんも同じことを思ったらしく、壁を背にして大声を上げた。
「わっ!」「きゃ!」
何の打ち合わせもなく出された大声に私は思わず身体を縮めてしまう。突然そう言うのは辞めて欲しい。これだけは、どうしても慣れない。虚勢を張って誤魔化すこともできないくらいだ。
一体何故そんな声を出す必要があったのかと、顰め面で近衛さんの顔を見る。
「うーん。声が返ってこないわね」
ああ、声が反射するか否かで部屋の大きさを確かめたのか。吃驚した。いやいや、それよりも声が返ってこないってどういうことなのでしょうか?
「あっち側には、壁がないってことでしょうね」
「じゃあ、壁がないってどういことなのでしょうか?」
答えは決まっている。『ありえない』と言うことだ。ここが異質な空間だと、私達はようやく気が付いた。もしかしたら、とっくの昔にここが異質だとは気が付いていたのかもしれない。ただ単に認めたくないだけで、私達は見て見ぬ振りをしていたと考えた方がしっくりくる。
「近衛さん。こう言う時のマニュアルってありますか? 大きなファイルがあったじゃあないですか」
思わず、口から軽口が漏れる。しかしその言葉は震えていて、指先はそれ以上に大きく揺れていた。
「……ここから出たら二人で書きましょうか」
まったく笑わずに、近衛さんが答える。初めて余裕のない近衛さんを見たかもしれない。先程の『リーダーに逆らって途中で死ぬかもしれない』発言は取り上げた方が良さそうだ。この豹変っぷりは、見た目通りヒロイン役を張れるかもしれない。
それでも、そんな表情は一瞬。直ぐに表情を無理矢理明るくして、自分の携帯電話を何やら操作を始める。
互いに口を閉ざしてしまった為、暗闇に静寂が染み込んでいく。頼りない光とまったくの無音に、私の頭の中に嫌な予感が次々と浮かんでは消える。
暫くして、いつの間に周囲を照らすことも忘れていた私は、そのことを思い出すと目的も意味もなく床を照らすライトの光を見た。床は壁と同じように硬く、黒い。うん、なんの発見にもならない。馬鹿の考え休むに似たり、という奴だ。せめて人間が相手ならば、私にも多少の心得があるんだけど。
そんなことを考えていた私の耳に、「こつこつ」と革靴の足音が聞こえた。それは幽かな物で、ひょっとしたら聞き違いだったのかもしれなかったが、私は近衛さんに訊ねる。
「今、誰か居ましたよね?」
そう口にした途端、近衛さんが凄い勢いで後ろに飛び跳ねた。その理由は私にも良く分かった。突然、『気配』が一つ現れたのだ。一度気が付いてしまうと、なぜ今まで気が付かなかったのかもわからないほど、ハッキリとしたその存在感は、息遣いすら聞こえて来る。
「流石ね。言われるまで気が付かなかったわ」
「いえ。私だって、言って気が付いたくらいです」
取りあえず足を前後に開き、携帯電話を足元に落として両手を胸の前で構える。こんな異常事態に私の武術が通用するとは思えないけど。そんな私の背中に、近衛さんの綺麗な髪が触れる。絶対の死角である背後を互いにカバーする形の陣形。この状況では妥当な考えではあるが、果たして通用するのか否か。
「姿は見た?」
「いえ。でも、足音が重いですから、武器を持っているかもしれませんね」
相手に聞こえぬように、なるべく小声で言葉を交わす。気配は私の正面から時計回りに近衛さんの方へと移り、また私の方に戻ってくる。を繰り返している。何の目的があるのか、周回しているその足音は何とも不気味だ。
私の言葉に、近衛さんは溜め息を入れる。「はあ、何だって良いけど、さっさと襲って来て欲しいわ。まどろっこしい」
その台詞が私の耳に届くか否か。床を強く蹴飛ばす音と同時に、ゆっくりと動いていた気配は一気に近衛さんに向って流れ込んだ。その勢いは正に疾風怒濤。暗闇も手伝って反応の遅れた近衛さんはそれを喰らったのか、小さな悲鳴を上げた。延長線上にいた私もその巻き添えを喰らう。近衛さんの背中に強く押され、少しの時間身体が宙に浮かび、その後床に叩きつけられた。
受身を取る時間もなく、気配は私達の方に走り込んでくる。騒がしい足音に舌打ちをして、近衛さんが避けた方向とは逆方向に転がり追撃を回避する。硬い地面に何かを叩きつける音がした、木刀のような物だろうか?
「近衛さん! 動かないで下さい。私一人で十分です」
ならば、勝てる。私はそう踏んで、気配の方に強く踏み込む。この暗闇でここまで気配をハッキリとさせている程度の相手ならば、私のレベルでも十分相手になる。最初の奇襲でトドメを指せていないことが、相手の実力の低さを表している。家政婦を舐めてはいけない、この程度の修羅場なら経験がある。
相手もこちらに照準を合わせたようで、暗闇の向こうで長柄の武器を振り上げる男の姿が見える。その軌道を読み、身体を横向きにして走らせると、頬の横を何かが通り過ぎた。紙一重ではあったが、これが通らないと言うのが彼我の絶対の差だ。
私は強く踏み込み、渾身の肘打ちを相手の鳩尾に喰らわす。手応え有り、だ。
男は悲鳴もなく闇の中に吹き飛んだことを確認すると、私は残心を解く。最初に突然現れた時は驚いたが、終わってみればこんなものか。
「やったの? 詞さん」
「ええ。多分、暫くは立てないと思いますよ。怪我はないですか?」
男の気配を警戒しながら、私は背を見せないように近衛さんの声の方に足を動かす。近衛さんは未だに床に座り込んでいるようで、こちらに向かってくる様子がない。もしかして、足でも捻ったのだろうか? 彼女の横に腰を下ろし、その肩に触れる。光源が遠いため良く見えないけど、痛みに苦しんでいると言う風ではない。
「怪我って言うか、なんか、身体が動かないのよ」
不思議そうに私が眉根に皺を寄せると、近衛さんはそんな風に答える。慌てている様子はないが、それでも動揺はしているようだった。
「さっきの男に、変な所を打たれましたか? それとも毒?」
「ううん。アレは後ろに跳んで避けただけだから、攻撃は喰らってないわ」首を横に振りながら、「それよりも」と近衛さんが台詞を続ける。「さっきの奴、男だったの?」
その問いに、私は「ええ。間違いなく男だったと思いますけど」正直に答える。顔は見えていないが、右の肘から伝わって来た感触や雰囲気は間違いなく男の物だった。
「それはおかしいわよ」床に腰を落としたまま、近衛さんが怪訝そうに呟く。「私が見たのは、綺麗な顔した女の子だったわよ」
気のせいじゃあないの? と近衛さんが瞳で語って来るが、それは有り得ないと私は首を横に振る。家政婦兼武闘者の端くれとして、殴った相手の性別を間違えることなんてよっぽどない。
考えられる可能性は、綺麗な顔をした男を近衛さんが見間違えたか、「もう一人いる?」
瞬間――
右頬に焼けるような痛みと、激しい衝撃が走った。それが蹴撃だと気が付いた時には既に遅く、血の味と一緒に歯を喰いしばる私の胸に二波が襲い掛かる。サッカーボールのように蹴られた私は、その勢いのまま床を転がってしまう。なんとか受身を取り、すぐさまに態勢を立て直す。
「近衛さん! 大丈夫ですか!」
クライアントの無事を確かめる為に大声を出しながら、私は自分が二発も良い攻撃を喰らってしまった事実に違和感を覚える。
私は、別に生涯無敗の闘士ではない。神知教の家政婦として人並みに武術が出来る程度だ。油断もするし、隙だらけだし、相手が火器を持っていたら降参する普通の人間である。しかし、だからと言ってこの暗闇で、会話に集中していたからと言って顔に攻撃を貰うほど不抜けてもいない。危機察知の能力は、いやと言う程に叩き込まれている。
「私は平気! でも、そっち言ったわ!」
言葉通り、敵がこっちに向ってくる。先程の男と同じく、素人丸出しの足音で。こんな奴が私の頬を蹴飛ばしたのだろうか?
何かがおかしい。
走って来る女の攻撃を大きく避け、私は違和感の正体を探る。幸いなことに、敵のレベルはやはり低い。足音と呼吸に耳を傾ければ攻撃を避けることも難しくはない。
問題なのは、この謎の人物ではなく、『部屋』その物だ。
踊り場のドア、上方に開く奇妙な仕組み、突然閉まる扉、人の姿に似た人ではない白骨、無限にも思える部屋の広さ、突然現れた気配、私には男に見えて、近衛さんには女に見える、外傷もないのに動けなくなった近衛さん、そして再び現れた突然の女。
これらの何処かが、私には引っかかる。いや、何かだろうか? 考えながら、散発的に放たれる蹴りを回避し、私は拳を放つ。が、これは入りが浅かった。欲張った追撃はせずに、後ろに跳ぶ。
闇の中で攻防を繰り返してどれくらい経っただろうか。
「部屋……扉? 男、二人……突然……」
攻めあぐねている私の口は、何とかこの状況の違和感を突きとめようとブツブツと自分の置かれた状況を呟き繰り返す。
「ん? 突然?」
その中の一つが、どうにも脳裏に引かかった。確かに、この空間は何もかもが突飛過ぎる。そこに間違いはないハズなのに、どうしても何かが違う気がする。女の拳をいなし、近衛さんから距離を取るように誘導して、『突然』に感じた違和を探す。
答えは直ぐに見つかった。家政婦としての長年の経験が、こんな所で生きるなんて。襲撃者の登場は、突然ではないのだ。確かに何もない空間から現れたとしか思えない登場の仕方だったけど、なんの伏線も前置きもなかったわけじゃない。
『今、誰か居ましたよね?』『もう一人いる?』
他ならぬ私が、その存在を仄めかしているではないか。思い返せば、ドアを開けようとする近衛さんに、私は何を言った? 『上にあげるんじゃあないんですか?』そう言った次の瞬間に扉が開いた。『扉しまったりしませんよね』次の瞬間、戸が落ちた。近衛さんが『まさか、扉がなくなったわけでもあるまいし』と言いながら探すと、扉がなくなっていた。白骨死体を見つけた時、私は『死体とかでてきそうじゃあないですか』なんて言っていた。近衛さんに私はこうも言っている『動かないでください』と。
この部屋は、何処までも真っ暗で何もない。それは最初から今まで変わることがない。
しかし『私達が口にしたモノ』だけは確実に存在している。
試に、私は近衛さんに向って叫ぶ。「もう、動いても良いですよ」
近衛さんは一瞬怪訝そうな声を上げたが、すぐにそれは自分の身体が動く歓喜の物に変わった。が、「うそ? なんで動くの?」と言った瞬間にまた固まっていた。『うそ』がまずかったのかな?
しかし実験は成功だ。ならば、私はただこう言えばいい。
「私達を出して」
瞬間、世界が揺らいだ。




