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URBAN LEGEND  作者: 安藤ナツ
Case4.

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悪意の図書館③

 そして三十分後。とっくの昔にジュースを飲みみ切り、退屈過ぎてその場にあったピンク色をした埃取りで、窓のサッシの埃と格闘し始めた頃になってようやく近衛さんは戻って来た。連れて来たのは高校生と思しき青年で、針金細工のような細い身体に白衣を着て、右手にはパンパンに膨らんだファイルを持ち、如何にもマッドサイエンティストと言った風貌だった。ただ、サングラスが絶望的に似合っていないのが頂けない。そこは普通に眼鏡で良いだろう。


「いや。すいません。遅れてしまいました。僕が一応この家の管理者代表の棚町薫です」


 外見とは裏腹に、爽やかに頭を下げる薫君。私は掃除の手を辞めて一礼した。すると彼も近衛さんと同じように私にソファに座るように勧めると、冷蔵庫に走り寄り、缶ジュースを投げてよこした。冷蔵庫の中が、缶ジュースで埋まっているのが見えた。


「広い家なので一人にお任せするのは心苦しいですが、素人の僕でも半日と少しで終わる程度なので、プロなら何とかなるでしょう」


 対面のソファに腰を下ろすと、薫君は手に持った分厚いファイルをガラスの机に置く。近衛さんはキッチンで湯を沸かし始めているので、珈琲でも入れてくれるのだろうか? どれだけ私に飲み物を寄こす気だ。


「それでですけど、この家、結構貴重な物が多いんで、それをまとめてみました。普通の魔術結社なら、口伝えの門外不出なんですけど、流石にここは効率重視と言うことでファイリングしました。」


 なんだか聴きなれない言葉が出たが、私は無視してファイルに手を伸ばした。


 ずっしりと重いそれを適当に開くと、銀色に鈍く光る日本刀の写真が二枚と、その詳細らしきデータが書かれており、下の方には手入れの仕方が細かく記入されていた。どのページを捲っても同じように、写真と解説が明記されている。どうやら掃除のマニュアルのようだ。最後の方には館内の見取り図も載っており、アルファベッドと数字で識別された骨董品が何処に並んでいるのかが事細かに書かれていた。今まで見たどの辞書よりも厚い。これだけで、それなりの価値があるように思えた。


 私は最初この屋敷を刑務所と言ったが、どうやら美術館と思った方が良さそうだ。こんな物が素人の私にはできるかどうかかなり怪しい。近衛さんの説明では『骨董品の整理』としか聴いていないのだが。


「もっとも、結構値が張る物が多いんで、学校が休みの日に、月に一度か二度、ちょっとずつ僕や近衛さんと一緒に整理していきましょう」


 そんなことを考えていたのが表情に出ていたのか、薫君が年相応に微笑んだ。どうやら、学校には通っているらしい。随分と大人っぽく見えたが、そう聴くと彼の圧迫感が随分と薄れた気がする。ファイルを閉じると近衛さんがキッチンからこちらに来て、淹れたての珈琲を口にしながら私の隣に座った。


 どうやら、自分の為だけに淹れたようだ。おお。フリーダム。


 その後は、事前に貰った求人情報との裏合わせで、粛々と進んで行った。お給料は以前よりもだいぶ増えたし、仕事量は十分で充実した仕事ができそうだ。仕事次第では専属の家政婦として直接雇うことも考えているとまで近衛さんが言ってくれた。契約の話は結局近衛さんを中心として進んで行き、薫君はそれに頷くだけであった。


 まるで優秀な秘書と駄目な社長みたいだと、いい加減にそんなことを考えた。が、どうやらその例えも不正解ではないらしく、薫君はこの館の研究員とでも言うべきポジションであり、ただの高校生の彼には強い権限なんて何もないらしい。それはそうだ、今の私だって急に『家政婦を雇え』なんて言われても困る。そんなわけで、成人するまでは、アドバイザーとして近衛さんが世話をするようだ。


「研究員って言っても、そう大したことしてないですよ。基本的には収集しては欲しがっている人に売り払うだけの簡単なお仕事ですから。研究はあくまでも趣味のレベル。神知教の倉庫の一つとでも思って貰えればわかりやすいですかね?」


 神知教。私の所属している家政婦派遣会社の大本でもあり、特定の神を信仰するのではなく、『神様を超える知識を持つ』ことを目標とした日本に存在する研究機関で、毎年世界中から何万人もの人間がこの機関に入るために試験を受け、合格するのは僅か十数人と言う世界中の頭脳を集めた集団とも言われている。


 と言うことは、目の前の薫君は相当の頭脳の持ち主で、言わば世界の宝とも言える存在のわけだ。サインでも貰おうかな?


「いや、凄いのは僕の死んだ叔父ですよ。『七人』とか『愚人』とか『セプテントリオン』とか仰々しく呼ばれる幹部の一人でしたし。僕は血縁から無駄に期待されているだけです」


 謙遜する雇い主なんて久々に見た。それも嫌味じゃあない。どうやら彼は本当に自分に自信がないような風だ。周囲のプレシャーが重いという奴だろうか? 期待されたことのない私には分りかねる。


 話が次第に雑談に逸れ始めたのを感じたのか、薫君はここで話を打ち切った。その後は「近衛さんに詳しくは聴いてください」と言い残して席を立った。私には良くわからなかったが、最近起こった『千人事件』の特別意見役としてこれからネット通信で会議があるそうだ。つい先週起こった『同時間に千人を超える人間が同じ個所から血を流してショック死した事件』は私でも知っている。今世紀最大の不可能犯罪者として、この町の高校生がテレビに出ない日はない。


 神知教はハッキリ言えば日本の政府よりも世界中で信頼されているから、こういった大事件になるとその解析に呼ばれるとニュースで言っていたけど、まさか目の前の高校生がそんな大役を背負っているなんて。なんだか凄い所に通うことになってしまった。


「まあ、今の内にサイン貰っといた方がいいよ。薫君の『能力』は異常って言うか異端って言うか、ハッキリ言って神代の時代に産まれても活躍できただろうし。後十年もすれば、叔父さんを超えて、二十年もすれば間違いなく伝説級よ」


「神代? ですか?」


 神話の登場人物と言うことだろうか? この人の例えや話は、一般常識から遠くて分かりにくい。


「それはサッカーで例えると、どのくらい凄いですか?」


「ルールブックを作った人と同じくらい絶対的だとは思うわ」


 私のスケールに直して訊ねると、近衛さんは間を置かずにあっさりと答えた。



 

 近衛さんがコーヒーを飲み終わるまで雑談を交わした後、私は約束通りに屋敷を案内された。掃除道具の収納棚を確認すると、それぞれの部屋を回り、近衛さんの簡単な説明を聴く。近衛さんは私にもわかりやすいように、一々少年漫画に例えて説明してくれたのだが、逆に理解を妨げているきがしないでもなかった。そんなに漫画には詳しくないし。


 そんな調子で回った一階は生活空間とゲスト用の部屋として機能しているらしく、絵画や工芸品が置いてあるものの、常識の範囲だ。広い以外は掃除が難しそうな所はない。前の管理者の時代は物で溢れていたようだが、さっきの薫君が引き継ぎついでに整理をしたらしい。大量にある客間や応接間の全てを、荷物や資料が埋め尽くしていたと言うのだから驚きだ。何がそんなんにも必要なのだろうか? 


「薫君もそのお師匠様も『専門家』じゃあなくて『万能家』だからね。興味のあることがあればすぐに手を出して、取り敢えず資料とかを集めちゃう見たい」


「みたいって、お金は森嶋の家が出しているんですよね?」たしか、そう言う話だったはずだ。「そう言う本とかって、高いんじゃあないですか?」


「高いね、私の年収と同じ値段の本を買ったりするくらい」


「それは……なんて言うか、凄いですね」


 近衛さんの給料が幾らかは知らないけど、私よりも安いと言うことはないだろう。そのお金を世界平和の為に使えないものだろうか?


「まあ、投資みたいなものよ。コネを使って高く売り払ってくれることもあるし、古文書の解読とか、今日みたいに怪事件の解決に、古代遺物の復元、お金を払っても出来ないことをやってくれるわけ。しかも彼自身は無料で働いてくれているわけだし、まあ安い代金だと言えるわ。そもそも、彼等が買った者の所有権は森嶋持ちだしね」


 うーん。私には今一分らない分野だな。いや、分野と言うよりは、その歴史の復元にどんな価値が有るのかが、学のない私には理解できない。まあ、雇い主である近衛さんからして私服として着物を利用しているみたいだから、私がこの家で理解できることは少なそうだ。


「一階はこんなものかな? シャワーとか好きに使ってもいいからね。ってか、そこまで真面目にやらなくて大丈夫よ。客なんて滅多に来ないし」


「いえ。お掃除とかお料理は好きですから」


「いっそ住み込んでくれない? そうすれば私もここで暮らせるし」


 冗談とも本気ともつかないことを言って、近衛さんの横に並んで地下へと続く階段を下りて行く。こんなおどろおどろしい屋敷に寝泊まりしていた殺人事件に巻き込まれそうで絶対に嫌だ。神知教繋がりの仕事を私は今までやって来たが、どんな家でも大抵生死をかけたトラブルに巻き込まれるので、ここ数年は泊まり込みの仕事を警戒している。


 給金や待遇は最高なのだが、常識が通用しないのが痛い所だ。


「前に言ったと思うけど、地下は飼育エリアね。飼育自体は私や薫君がメインでやるから、簡単な掃除とゴミ出しをお願いね。たまーにお手伝いをお願いするかも」


 空調の音が想像しい地下室には一本の長い廊下があり、無数の扉が取り付けられている。なんだか秘密基地みただ。そう言うと、近衛さんも「そうでしょ?」と楽しそうに笑う。同性の私から見ても綺麗な笑顔だ。なんと言うか、所作に「お嬢様」と言う空気が付いて回っている。それが鼻に付かず、個性にまで昇華されている。


 恭しい手つきで階段の直ぐ傍にあるドアノブを捻り、近衛さんが私を部屋に招き入れる。ドアの大きさからは想像もつかない室内には、大きめの水槽が二つ。その周りには大量の機械が重ねて置いてあり、温度調整や餌の投入をしているのだと想像が付いた。他にも謎のグラフが出ている画面や、用途不明なメスが置いてあった。メスの使い道は……知りたくもない。


 肝心の二つの水槽には水がほとんど入っておらず、土が敷かれ草が生えていた。片方には何も見えなかったが、もう一方にはまんまると太った愛嬌のある顔をした蛙がぴょこぴょこと跳ねまわっている。これも貴重な生物なのだろうか? 二千円くらいなら飼ってみたい。


「なんだったかな? 確か先代が神知教から貰った蛙で、十四年間生き続けているらしいわよ? なんでも背中の紋様が十八世紀初頭の魔術師の家紋と同一で、それとの関係性の資料だったはずよ」


「魔術師ですか……。そう言うのを研究しているんですか?」


 何と言うか、胡散臭い。最先端の最先端を走り続ける神知教が扱う題材とは思い難い。


「まあ、胡散臭いよね」


 あっさりと近衛さんはそんなことを言う。


「でもまあ、人間って胡散臭い物が好きなんだよ。未だに論理的でも効率的でもない『道徳』だとか『習慣』だとかを大切にするでしょ? それは、神知教が最大の敵とする『神』その物だからね。ありとあらゆる未開に踏み言って、全てを全て知り尽くし、最初から最後まで完膚なきまでに再現することで、『神』の存在を微塵も残らず知り尽くして奪い尽くすためには、そう言う所にも踏み込んで行かないと駄目なわけ。と言っても、別に詞さんにそれを強要するわけでもないから安心して。間違っても人体実験とかしないからさ」


 流石に最後の心配はしていないですよ……。私が気になるのは、単純に『そんなことにお金を使うのか』と言う俗物的な一点のみだ。私のお金ではないと言ったらそれまでだが、それでもなんだか勿体ない気がしてならない。近衛さんの説明を聞き、メモを取りながら私はそんなことを考えていた。


 しかしそれは大局を考えることができず、目先の利益や上辺だけの世界を見て満足しているようで滑稽だなとも思う。


 世界は間違いなく、私が知らない部分の方が多い。私はそんな簡単なことも忘れていたのかもしれない。


 それを実感したのは、それから数十分後。一通りの飼育部屋を回り、階段を上って一階に戻ろうとしていた時のことだった。


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