悪意の図書館②
私の仕事は所謂、家政婦だ。もっと伝わりにくく言えばメイドさん。勿論、あんな恰好はしないけど、雇われた家の家事全般をこなし、偶にご主人様を銃弾から庇ったり、侵入者を撃退したりして、お給金を頂く。全国の主婦から見たらそれは羨ましい話だと思う。もっとも、私達も私達に私達の悩みがあるわけで、楽な仕事とは到底言えない。家政婦歴はかれこれ六年になるが、辞めてやろうと思ったことは片手では足りないし、実際に上司に頼んで働き先を変えてもらったことも多々ある。
問題になるのはやはり雇い主の性格が大半だ。重箱の隅をつつくようないやらしい性格の人、高圧的でこちらを道具としか思っていない人、一番腹が立つのはスキンシップと言う名でセクハラをしてくる人。
しかし、今回の雇い主は、私よりも少し年上の女性。実際に三度ほど面接をした感じでは、多少変な所はあるものの、しっかりとしたお嬢様と言った風だった。屋敷にいるのは彼女と、将来的にそこを任される青年だけとのことだ。
青年とは一度も会ってはないけど、彼女の話では真面目で落ち着きのある常識人らしい。高校生なのに凄い将来を約束されている。金持ちの家ってよくわからない。
不満があるとすれば、図面で渡された屋敷が大きいことと、貴重品が大量に並べてあることだろうか? もっとも、家政婦を雇うような家には大抵貴重品がちらほらあるので、今まで通りに気をつけておけば問題ないだろう。
そんなことを考えながら、私は車内で三回深呼吸を繰り返し、顔を叩いて気合を入れると車から降りた。ドアに鍵をかけた後、できる範囲で身だしなみを整え、門をくぐる。少し錆が目立ち始めている門の向こうは、異世界のような光景が広がっていた。煉瓦敷きの道や噴水がある時点で驚愕の一言なのだけど、それに加えて、数々の珍妙なオブジェクトや奇妙な木々が等感覚に並べられている様は圧巻だった。とても趣味が良いとは言えないそれらを見て、金持ちの思考はいつ理解しがたい、なんて毒づいた。この庭にかかる金の一割でも私に欲しいくらいだ。
不幸自慢をする訳ではないが、私の家は貧乏だ。どれくらい貧乏かと言うと、貧乏過ぎて治療費が払えずに母親が死んだくらい貧乏だ。冗談みたいな話だが、お金がなくてまともな治療ができない人は日本にも少なからずいるようだ。資本主義め。
だからと言って、この屋敷の人間を恨むのも筋違いなんだけど。と言うか、身寄りのない私を拾い上げて神知教のプログラムに入れてくれた森嶋家の人間には頭が上がらない。
私の経歴はそれくらいにするとして、混沌としながら、それでいて綺麗に整備された庭を横切り、玄関に辿り着くと、咳払いをした後にインターホンを押す。まるで刑務所のような薄暗く鈍重そうな雰囲気とは裏腹に、インターホンは最新の物で、流れる音も凛としたチャイムの音だった。なんとなく、近衛さんの趣味だろうと想像はつく。
そんなチャイムの音が鳴って暫くすると、インターホンから近衛さんの声が私を迎え入れてくれた。
「お、時間通りだね。鍵は空いているから上がってちょうだい」
言われた通りに、私は重厚な造りの扉を開け、屋敷の中に入る。玄関には幾つかの段ボールが積まれていて、私の中の職業魂が少しだけ荒ぶるのを感じた。片付けたい。
靴を脱ぎ、持参したスリッパに履き替えると、丁度正面の廊下から近衛さんが歩いてきた。大きな屋敷には珍しく、この家の玄関ホールは段ボールがあることも踏まえて小さい。外観もそうだが、客人を招くことを目的とはしていないようだ。
「失礼します。近衛さん。本日からお世話させて貰います中多詞です」
近衛さんと目があった所で、私は散々仕込まれ身体が覚えこまされた角度でお辞儀をする。挨拶一つにしろ、うるさい奴は本当にうるさい。しかもそう言う人間に限って、自分から挨拶をすることがないのだから腹が立つ。
私の挨拶に、近衛さんは「自分の家だと思ってくつろいでね」と笑っているが、家政婦に対してその物言いははたして正しいのだろうか? 少なくとも、自分の家のように掃除をするつもりではあるけど。
社交辞令の挨拶をその後も一つ二つと交わしながら、リビングに案内すると言った近衛さんの背中を追って、私は細く迷路のような廊下を歩いて行く。廊下の壁には見たこともないグロテスクな絵や、印象的すぎて説明のつかない絵が幾つも飾られていた。近衛さんの説明によれば、これらはすべて呪われた物や、作者に曰くがある絵であるらしい。それほど珍しいと言うわけでもなく、値段的にも大した物ではないとのことだ。金持ちの大したことないがどのレベルか判断がいまだに付かないので、丁重に扱った方が良いことに違いはないが。
三回ほど角を曲がると、ようやく開けたスペースに辿り着いた。外見とは裏腹にかなり最新のシステムキッチンが見え、大きな食卓や絢爛な輝きを放つ食器棚、王族が座るようなソファが精巧な作りのガラステーブルを囲むように置かれ、その傍には巨大なテレビ。各種のゲーム機やオーディオもあり、奇抜な絵よりはよっぽど価値がわかり、腕の振るい甲斐がありそうだ。
「とりあえず、詞さんは座ってて。この家の主を呼んでくるから」
薄型テレビの上の埃を凝視している私の肩を二度叩くと、近衛さんは大きな冷蔵庫から缶ジュースを取り出して私にそれを投げた。そのまま笑顔でリビングを出ると、どたどたと廊下を走る音と共に去って行った。なんて言うか、初めてのタイプだな。




