魔王⑤
気が付けば、その場に立っていたのは俺だけだった。肩で息をする俺の身体には無数の切り傷があり、指も何本かないし、口の中は血の味で埋まっているし、視界も片方ない。それなのに痛みは一つもなく、俺の足元には六つの肉塊が転がっている。
それはさっきまで俺を殺そうとしていた千四百五十二人であり、全員が同じ格好で蹲り、同じ表情で苦悶を表し、腹から血を流していた。彼等は数学で習った相似のようで、血だまりの中でなければ、それは笑えそうだ。親子が全く同じ寝像をして微笑む母親の心境が味わえた。
そんな彼達の中で一つ、他とは毛色の違う死体がある。それは小学生の物で、腹に包丁が深々と刺さっていた。確か、あれは岩明の肉体が持っていた奴だ。
ああ、なんかだんだん思い出して来た。
一斉に襲いかかって来たあの後、俺は大声を出して必死に抵抗したんだ。千四百五十二人と俺は戦った。最初は痛くて死を認めそうになったが、段々と思考から痛みが消えて行き、心臓が高鳴り始めたのだ。火事場の馬鹿力……現代的に言えばエンドルフィンとかの脳内麻薬の実在を産まれて初めて体験した。
その狂気とも言える俺の奮闘に、千四百五十二人は怯んだ。情けない。千四百五十二人もの脳を集めて、魂を繋げて、精神を一つにして、たった一人の無謀に躊躇うなんて。俺はその隙に岩明(改)の手から包丁を奪い取った。血が滑り、何度もナイフを落としそうになったが、俺はそれを気合で握り締め、一番弱そうな小学生に飛びかかった。ゲームでも、ボス戦の時は雑魚から倒す。誰だってそうするように俺はそうした。小学生の小さな身体は簡単に制圧でき、俺は遠慮も躊躇も何もなく、無我夢中でナイフをその細い胴体に突き刺した。
そして……今に至る。
俺は溜め息と同時に血で造られた水たまりに腰を下ろす。うわ、包丁根元まで刺さっているよ。
しかし何故に一人刺しただけで全員が倒れたんだろうか? 冷静になったことで全身の切傷が熱くなり、痺れるような痛みが頭に訪れる中、俺は重くなってきた瞼に逆らうことなく目を閉じた。傷跡から血と一緒に、何か違う物が抜けて行くきがする。股間が妙に暖かいので、もしかした失禁しているかもしれない。
俺はこれからどうなるのだろうか? 正当防衛が成立するかな? 六人を殺した高校生としてマスコミの餌になるのは間違いないだろう。誰が俺を見つけてくれるんだろう? 岩明の姉だろうか? 漏らしている所を見られるとか恥ずかしいな。
しかしその恥すらも、この痛みすらも、俺は誰にも譲りたくない。
どこか遠くで鳥の声が上がった。俺はその泣き声に微笑むと、意識を手放した。




