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URBAN LEGEND  作者: 安藤ナツ
Case3.

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16/32

魔王④

 その一言に、俺は心臓が止まるかと思った。少し笑っている口元が、不思議そうに身開かれたその瞳が。普段と変わらないその仕草に、俺は言い得ぬ恐怖を感じて声が出なかった。自分の心臓の鼓動がうるさすぎて、思わず制服の胸元をぎゅっと掴んだ。


「おかしいよな。俺が俺でなくなった部分なんてほとんどないのに」


 そんな俺の苦しみには興味がないのか、自分のトランクスをたたみながら岩明は続けた。いや、こいつはやっぱり岩明じゃあない。岩明(改)とでも言うべきか、何かが違う!


「参考までに教えてくれないか? 亮司」岩明の姿をした、岩明ならざる物が俺の名を呼んで問う。恐ろしいまでに岩明その物の言い方に、岩明ではありえない奇妙な迫力が滲む。「お前には俺がどう見えているんだ?」


「どうって、お前、何を言っているんだ?」


 本来なら、俺が岩明にそう言わせる筈だった。『お前は誰だ? 岩明を何処にやった?』なんて、漫画のような台詞で度肝を抜くはずだった。しかし現実は違う。あまりにも突然に、話を切り出した岩明にペースを握られてしまい、俺は鯉のように口をぱくつかせ、喋ることも呼吸もまともに行うことができない。


「何って、お前が俺に訊きに来たんだろ?」


 混乱する頭に入って来た岩明(改)の台詞に、殆ど反射的に頭を縦に振る。そうだ、俺は聴きに来たんだ。


 俺の必死の動きは岩明(改)に無事伝わったようで、「そっか。やっぱり、俺に気が付いていたんだよな」と俺の意見を代弁してくれた。こう言う聡い所も岩明にそっくりだ。


「こう言うパターンは初めてらしいな。人間も捨てた物じゃあない」


 岩明(改)は洗濯物の山を丁寧にたたんでは、種別毎に並べて置いていく。手つきは丁寧で、俺との会話に集中しながらでもその動きに淀みはみられない。


「人間も? 随分と括りが大きいじゃあないか」


 対照的に、俺の声は臆病にも震えが止まらない。謎を解決しようなどと粋がっていたが、実際にその謎と対峙すると、問い詰める為に用意していた台詞は全て吹き飛んでしまっている。意味もなく、空になったペットボトルを仰いだ。温くなった炭酸飲料が一滴口内に落ちて、甘ったるい臭いが鼻に付いた。


 数秒無言の時間が続き、ただ岩明(改)が洗濯物を畳む静かな音だけが鼓膜を揺らす。この空白は、未だに現状に追いついていない俺にとって不安を煽る以外の効果を生み出すことはなかった。


 Tシャツを二枚たたみ終えた所で、ようやく岩明(改)が口を開いた。静かな口調で、それでいて俺を値踏みするような表情で。


「例えばさ、地球上の生物が全員幸せになることが可能だと思うか?」


 予想しなかった返答に、俺はとっさに言葉を返すことができない。何をどう答えれば、岩明(改)と対等に語ることができるのかが、わからない。


「たった一人の存在も見逃すことなく、生きている存在全てが『幸せ』を感じることができるか否か。その二択で答えて見てくれ」


 言われるがまま、俺は答えてしまう。与えられた選択肢意外の答えを考える時間もなく。「できないだろ……幸せには多分、限りがある」


 満足行く答えだったのか、「なるほど。一理ある」と岩明(改)が答える。その態度は、岩明の物とは隔離し過ぎていて、一瞬違う人物が現れたのかと思うほどだった。一体、何が起きているのか。否、起きようとしているのか……か?


「大気中の酸素と窒素の比率のように、人々の幸せと不幸には絶対的な比率が有るのかもしれない」


 洗濯物をたたむ手が止まる。どうやらしまい込んだ洗濯物を全てたたみ終えたらしい。綺麗にたたみ積んだ洗濯物を籠の中に丁寧に乗せて行く。その動きは先ほどまでの岩明(仮)の手の物だったが、今の目と口調は、既に岩明のコピーではなくなっていた。


 岩明だった、しらない人間が話を続ける。幸せを頼んでもないのに語る。


「それは争いの中にこそ幸せが有るからなんだ。互いに競い合って奪い合って傷つけあって、そこで得られる勝利の黄金の瞬間こそが真の幸福だと呼べる……呼ぶべきなんだ」


 静かに、それでいて熱く目の前の男が語る。その言葉には有無を言わせない力強さがあって俺は黙って頷いてしまう。幸せなんて考えたこともないのに。


 流されている。いや、呑まれている。そうは思っても、既に自分の意志で動くことはできない。呑まれているのだから、行きつくところまで行くしかないのだろう。俺は覚悟もなく、逃走を諦めた。


「しかし幸せは誰もが手に入れられるものではない。そうだろ? 戦えば、敗者が出る。それでも戦い続けるのが人間と言う者なのだろうが、全員が全員そこまで強くはない。負けてしまった人間は挑戦を忘れるかもしれない。ならば、どうすればいいと思う? 争うことが幸せの条件だと言うのに、与えられる幸せなど堕落でしかないのに、必ずしも闘争が幸せに繋がると限らないなんて、全人類が幸せになるにはどうするべきだと考える?」


 俺の答えを待たずに、男が答える。俺もそれを望んでいた。


「答えは簡単さ。『全員が一つ』になればいい。全ての同一の人間が一人の幸せの為だけに生きればいいんだよ」俺の顔色を窺う男。「わからないかな?」小馬鹿にするでもなく話を続ける。「全員が意識や記憶を共有するんだ。そうすれば、自分の敗北が、誰かの勝利に貢献したことになるだろう? 例え自分が負けても、他の自分が勝利しているんだ。敗北しながらも、その勝利を自分のこととして喜べる。全員幸せだろう?」


 そうなのだろうか? 俺は理解が中途半端であることを踏まえても、何処かに穴があるような気がした。


「実際に、俺は昨日そういう風になったけど、十分幸せだ。何処かの誰かの俺の幸福が、俺の物になるんだ。そして俺の幸せが何処かの誰かの幸せになるんだ」


「少し待ってくれよ」それこそ幸せそうに幸福論を語る男に、俺が少し喰い気味に問いかける。「話に追いつけない。頼むからもっとゆっくり話してくれ、岩明(改)」


 話を妨げる形になったにも関わらず、「岩明(改)か、良い名前だ」しょうもないことで目の前の男は笑っている。


「そうだな、まず俺が、俺達が何者なのかから話そうか。そうだな、春先のことだった何処かの誰かが『門』を開いたんだ。門が何かはわからないし、どちらが内でどちらが外かも知らない。ただ単に境界線を越えて最初の俺はこっちに来た」


 瞼を下ろして、懐かしむように語る男。


「俺はそれ以前の記憶はなく、そもそも姿形もなかった。それでも自分が何をするべきかは知っていた。『全人類を幸せにする。そのために沢山の人間を一つにまとめ上げる』それが俺の使命だった」


 命を使うと書いて使命だと、必要もないのに熟語の意味を考えた。


「その為に俺は手近にいた女の身体に入り込んだ。別に何もしていないぜ? 彼女の人格も記憶もそのままに、俺の使命と、記憶や人格の共有機能を追加したんだ。それを繰り返し、俺は俺である範囲を広げて行った。その度に、俺は様々な不幸を体験し、様々な幸福をこの身に浴びて来た」


「……つまり、どう言うことなんだ?」


「あー、あれだ。誰でも編集可能なウェブサイトみたいなもんさ。皆の脳味噌を一つにまとめて俺達が管理しているんだ。意志や体験が全てのリンク先に自動的に更新される。そうすることで、俺たちは一つの精神に、複数の肉体を持つことが可能になったのさ」


 理解できたような、できていないような。少なくとも他人に説明できるほどの理解には及ばなかった。


「ちなみにこの個体」自分の身体を指差して、岩明(仮)が歯を見せて笑う。「こいつが俺達になったのが、昨日の晩のことだ」


 なるほど。と、俺は心の中で頷く。だから、一晩明けたら俺は岩明の姿がまるで違う風に見えたのか。良く分からない説明だったが、恐らくはそう言うことなのだろう。精神のリンクとやらを行うことによって、岩明の身体に異常が発生したと考えても無理はない。


「いや、それもおかしな話なんだよ」


 しかし、表情から考えを読み取られたのか、最早、誰でもなくなった肉体が口を開く。


「今まで、俺達の存在に気が付いた奴はいないんだ。そりゃそうだ。俺達はただ単に精神を繋げただけで、別に肉体を変えたわけじゃあないんだ。性格や記憶も再現どころじゃあなく、本人そのものなんだ。家族だって俺の変化には気が付かなかった」


「それは、他の奴らが間抜けだったんじゃあないか?」


 背筋に冷たい物が走ったのを感じ、思わず俺は突き放すように言った。それは、間違っているのは自分でなく、世界だと言い切る政治家のように必死な一言だった。


 俺のその必死さを嘲笑うように、男が薄く笑う。「千四百五十二人」


「え?」


「俺が今リンクしている人間の数は、千四百五十二人だと言ったんだ」


 言葉の意味はすぐに理解できた。千四百五十二人もの人間が繋がり、一個人ではなくなったと言うのに、気が付いた人間は俺を除いて存在しないのだと、この男は言っているのだ。それが必然的な理由が有るのか、偶然の産物なのかは俺にはわからない。


「なあ、亮司。お前はどうして俺が俺に見えないんだ?」


 岩明だった肉体が立ち上がり、俺を見下す。その瞳は昆虫的で、俺をまるで捕食物のように観察している。その人間離れした表情に、俺は本能的な恐怖を覚える。今すぐにでもこの場から脱出を図るべきなのだろうが、恐怖がそれを許さない。ただ自分の心臓の音が激しく脳内に響くだけで、俺の身体は少しも自由に動かない。


「お前は何物だ? 絢辻亮司」


 お前こそ、一体何者なんだよ。千四百五十二人の同一人格者が。大股でこちらに男が歩んで来る。「逃げろ!」と俺の心の奥底から、血の叫びがうねり上がって来るが、俺の手足はそれを成さない。瞳をきょろきょろとさせ、馬鹿みたいに口を開けるのが精一杯だった。


 男は俺の目の前に目線を合わせるようにしゃがみ込む。顔を逸らそうとすると、冷たい奴の両の手が俺の頬を掴んで固定する。


「リンクさえすれば、それもわかるんだけど」


 俺を千四百五十三人目にしようと、千四百五十二人が俺に何かをする。と言っても、精神を繋げると言う、俺には理解できない行動だ。その『何か』が俺にはわからなかい。ただただ、黒い瞳が瞬きをせず、文字通りに目と鼻の距離で俺を見透かしている。


 恐らくこの瞬間にも、俺の記憶が奴等に読まれているのだろう。俺だけの人生を盗み見て、自分の物とし、その喜びや悲しみすら共有する。何とも恐ろしい話だ。自分を失う以上に、自分を完全に理解される方が恐ろしいなんて考えたこともなかった。


 そして次は、千四百五十二人の記憶を覗くことになるのだろう。そしてその喜怒哀楽を自分の物とし、それぞれに喜怒哀楽を示すのだろう。


 なんて、なんて人間らしくない生き方なんだろう。そんな風に俺が自分と別れの挨拶を交わしていると、「何で? どうしてリンクができないんだ?」男の口からは予想外の言葉が吐き出された。


「え? できてないの?」


 俺は状況も忘れて冷静に突っ込みを入れた。俺の覚悟や諦観みたいな短い感想は何だったんだよ。恥ずかしいじゃあないか。


 少し冷静を取り戻した俺とは対照的に、千四百五十二人の頭脳を持つ男は額から汗を噴き出して目を大きく見開き、見るからに動揺をしながら後ずさった。


「お、お前、本当に何者だ?」


 狼狽を隠さず、唾をまき散らしながら岩明の身体が再び俺に向かって来る。


 しかし俺もさっきまでの俺ではない。声を出したことによって、相手の言葉の意味がハッキリと理解できたことで、身体が嘘のように軽い。いや、もしかしたら男の動揺によって、俺の身体が動くようになったのかもしれない。千四百五十二人分の脳を一人が仕えるのだから、超能力のような物があってもおかしくはない。


 兎に角、俺は手足が動くことを確認することもなく、声を上げて立ち上がると、岩明の身体に思いっきりの体当たりをぶちかました。浮足立っていた奴の身体はあっさりと吹っ飛び、洗濯籠に突っ込んで倒れた。


 それを視界の隅に確認すると、俺は綺麗に掃除されている部屋を無作法に走り出す。下の階の人に後から岩明の家族が怒られるかもしれないが、知ったことか。廊下を駆け抜け、玄関でかかとを踏みつぶすようにして靴を履く。無駄に鍵のかかった扉も、内側から開けるのに不都合はなく、チェーンを外してドアノブを捻る。流石は高級マンション、扉は大きな抵抗もなくすんなりと開く。


 次は? 次は? 頭の中で何度その言葉を繰り返し、エレベータに続く廊下に走る。ほんの五メートルもないはずの道が長く、後ろから迫って来るであろう岩明(改)のことを思うと心臓が口から飛び出しそうだ。いや、心臓よりも先に胃液が出そう。


 そんな俺の懸念も杞憂に終わり、マンションのドアが開く様子もなく、エレベータもタイミング良くこの階に止まってくれた。天は俺を見離してはいないようだ。


 いや、待てよ? どうしてエレベータがこの階で止まるんだ? ここはワンフロアマンションじゃあないか! 


 嫌な予感が背筋と言わず脳裏と言わず、全身を駆け巡り、警鐘が鳴り響く。「やばいやばいやばい」と、バカみたいな言葉が溢れかえって思考を妨げる。


 エレベータから出て来たのは、先ほど下階で見た岩のようなガードマン。それだけならば、まだここにいる理由を屁理屈ででっち上げられる。しかしその後ろには他にも四人の年齢も性別も違う人間が控えているとなれば話は別だ。おまけに、警備員の右手には木製の短い警棒、快活そうな小学生は両手に彫刻刀、OL風の中年女性はカッターナイフ、すっかりと禿げあがった爺さんの手にはゲートボールのクラブ、俺の通う高校の制服を着た女子は百科事典をそれぞれ装備している。


 そして決定的なことに、彼等の瞳は全てが全て、岩明(改)と全く同じ、昆虫のような冷たいそれだった。


 千四百五十二人中の五人。


「「「「「逃げるなよ、亮司」」」」」


 全員が同時に、俺の前に立ちはだかり、不気味な……捕食者的な笑みを俺に向ける。背中からはドアの開く音がし、こちらに走り寄って来る足音を聞いた。岩明の身体が俺に向かって来ているのだろう。


「お前ら、俺をどうする気だ?」


 歯の音がかみ合わず、思った通りに台詞が言えたかどうか全く自信がない。膝も震え、どうしようもなく怖い。だってそうだろ? 六人の人間に――千四百五十二人もの人間に囲まれて、しかもそれが武器を持っているとなれば怖くないわけがない。


「どーするも」「こーするも」「俺達になれないなら」「俺達のこと知っちゃったし」「殺そうかなって?」「決めた所」


 わざわざ六人が台詞を分け合って喋る。一体誰がどの台詞を喋ったかなんて意味がないことだし、描写している余裕が俺にはない。


 ってか、理不尽すぎる! 訊いてもないのに勝手に意味不明な説明をした癖に、何で俺を殺そうって話になってるの? 


「それにさ」「俺達は」「全人類の」「リンクを目標にし」「ているんだ」「そうすれば」「全員が幸せに」「なれるだろう?」「その輪に」「亮司が入れな」「いなん」「てかわいそ」「うじゃあないか」「だから寂し」「い思いをしな」「いようにひ」「と思いに」「殺してあげるよ」


 言って、全員が一斉に俺に襲いかかって来た。


「う、うああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁ!!!!!」

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