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URBAN LEGEND  作者: 安藤ナツ
Case3.

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魔王③

 結局、その日は岩明が学校に来ることはなかった。いや、そうじゃあないか。学校的には岩明は確かに学校に来たと記録されていることだろうから、岩明は学校には来ていた。いやいや、やっぱりそれも違う。岩明を演じる何かが学校に来ていたのだ。いやいやいや、それも感覚的に違うか。なんと言えば俺の中にあるこの感情を正確に伝えることができるだろうか?


 兎にも角にも、岩明は学校には来ていないことは間違いない。


 来たのは岩明とは似ても似つかない男。声も違えば顔も違う。けれども、どこかに岩明の面影が感じられる。そんな男だった。その偽物としても中途半端な男を打ち合わせでもしたかのように、予定調和のように、周りは平然とその男を岩明として認知していた。それが当たり前として時は過ぎて行った。


 当たり前として。と言えば、美帆さんが何故に絶叫出血したのかを、教師は一切説明しなかった。「問題はないようですが、今週一杯はお休みするようです」と言うだけで話を強引に終わらせていた。あの状況が問題ないのなら、世の中の大半のことは問題になり得ないと思う。この学校は大丈夫なのか?


 期待していても仕方ないか。机の中身をカバンの中にしまいながら、溜め息を一つ。自分の生徒が一人別人に変わったことに気が付かない位だ。もっとも、気が付いているのは俺だけだから、教師をそれだけで責めるのもどうかと思うけど。教師を責めないのもどうかと思うけど。


 しかしあの男は一体誰なんだろうか? わかっていることは、俺以外の人間にはあの男が岩明に見えていると言うことだけだ。……俺だけが岩明のことを別人に見ている可能性もなくはないけど。世界がおかしいのか、自分がおかしいのか、出来れば前者であって欲しいね。


「おい、岩明。話があるけど良いか?」


 その疑問を確かめるべく、俺は手っ取り早く岩明(らしき人)に声をかける。百聞は一見に如かず。聴かぬは一生の恥、聴くは一時の恥。もし俺が間違っているとしたら、その時は全力で謝って誤魔化そう。適当に牛丼でも奢ればジョークで赦してもらえるさ。


「ん? 良いけど?」あっさりと岩明(だと皆が呼ぶ男)は承諾する。「でも、洗濯物しまわないと駄目だから、俺の家で話そうぜ」


 なんとも家庭的な提案だ。そう言えば、岩明の家は父子家庭だとか聴いたな。御袋さんが小さな時に亡くなっていて、姉や父とで家事を割振りしているらしい。うーん。この辺りの設定は確かに岩明の物だな。


 他に誰かを誘うべきかと訊ねられたが、俺は首を横に振ってそれを断る。できれば二人きりで話をしたい。そう言うと、岩明(仮)は嫌そうな顔をした。


「告白ですか?」


「ちげーよ。ちょっと、気になることがあるんだよ」


 適当に話を濁し、二人肩を並べて教室を後にした。この時は微塵もそんなことを考えていなかったのだが、俺がこの教室に入ることはもう二度となかった。人生って何が起こるのか良く分からない物だよ、本当に。


 校門を出て、いつもは右に曲がるのだが、今日は岩明(なのかと俺は疑っている男)の後に続いて左に曲がる。それだけで町は見たこともない一面を見せる。ああ、こんな所にコンビニが有るんだ。とか他愛もないことを考える。


 定石ならば、こいつが本物かどうか、会話に虚偽を混ぜてカマでもかけると良いのだろうが、生憎俺にはそんなスキルがない。って言うか、見るからに別人な相手にカマをかけても意味がない気がする。


 いつもは通らない道を歩き、いつもは乗らない電車に乗って、イギリスのロックミュージシャンの新譜や、ちょっと前に出たゲームの攻略情報を話した。岩明は会話が自然と弾んで面白い奴だったが、この男との会話も同じように盛り上がった。高校に上がってからの付き合いではあるが、今までで一番会話が弾んだくらいだ。


 学校があった駅から二駅。やって来たのは、他県の工業地帯で働く人間用のベッドタウン。それ以外に特に説明することはなく、この時間は制服を着た学生で溢れ返っている。定期を持っていない俺は、久々の改札口に少し緊張しながら駅を抜けた。


 真っ直ぐに岩明のマンションには向かわず、駅から程近いスーパーで清涼飲料水とポテトチップスを購入する。コンソメとうす塩で揉めに揉めたが、最終的に俺が折れた。「俺が買うからお前は口出しするな!」と言われたらもう何も言えない。ぶっちゃけ、そこまでこだわってなかったし。その代わりではないが、ジュースの購入権は譲渡してもらえた。が、また喧嘩になると嫌なので、それぞれ好きな物を一本ずつ買った。


 この頃には、この男に対する不気味な印象は大分薄れていた。岩明を名乗ること以外、普通に気が良い奴なのだ。何も考えずに馬鹿な話ができる安心感は、高校に入って友達となった岩明その物なのだから当然なのかもしれない。


 買ったばかりの炭酸ジュースを飲みながら、岩明(仮)の住居を目指す。品のない話だが、どうやら岩明の父親は結構稼いでいるようで、駅とスーパーの中間にある案内されたのはオートロックではなく警備員付きの高層マンションだった。その四階ワンフロアがまるまる彼の家らしい。「いや、普通だろ?」とは彼の弁だったが、敷地面積が二階建ての我が家よりも確実にワンフロアで広いんだけど。


 顔見知りなのか、警備員に会釈をする岩明(これも飽きて来たな)は、慣れた様子でエレベータのボタンを押す。俺は取りあえず岩のようにガタイの良いおっさんに頭を下げておく。「こんにちは」


 ……返事がない。生きている癖に。


「おい。エレベータ来たぜ」


「ん、了解」


 既に半分以下になっているペットボトルをカバンにしまい込み、広いエレベータに乗り込む。白色を基調とした内部は、いつも買い物に使うデパートのそれとは違い、非常に清潔感があった。タバコの臭いや、無意味な落書きがないからだろうか。やっぱり、利用する人のレベルによって、エレベータも姿を変えるんだな。


 ただ、エレベータの乗り心地自体は大した差はなく、階位が上がるに伴って、あの独特な感覚に襲われる。強いて言えば、上昇する際の音が少ない事くらいだろうか。あ、到着した際のチャイムの音もなんだか上品な気がする。


 静かに開いた扉を潜り、岩明(でもこいつを岩明と認めるわけにはいかないから続けるしかない)に導かれて玄関まで少しの距離を歩く。


「四階って言っても、学校の四階ほどは高くない気がするな」


 鍵を開ける岩明(面倒だから以下仮とする)の背中に間を繋ぐために話しかける。なんだか、三つも四つも付いていて大変そうだ。


「単純にあの学校が山の上に有るからだろ? 普通に標高単位で高さが違うだろ」


 岩明(仮)の言葉に、「ああ」と間抜けに相槌を打つ。それはそうだ。毎朝十五分かけて山を登って文字通りの登校をしているのを忘れていた。


 記憶力の無さを露呈すると、「お前って、偶に抜けているよな」岩明(仮)はおかしそうに笑った。その笑顔は、やはり岩明の物とは全然違っていて、そのことに違和感を殆ど覚えていないことに驚いた。


 三人暮らしとは思えない程に広い玄関で靴を脱ぎ、こんな汗臭い靴下で歩いていいのだろうかと言う絨毯の上を歩く。とてもではないが、俺如きが足を踏み入れて良い所じゃあない気がする。


「お前、洗濯物を仕舞うと言う家庭的なイメージと住居が全然合わないんだけど」慎重に歩きながら俺はぼやく。なんだか裏切られた気分だ。「絶対家政婦さんとかいるレベルの家だろ」


「まあ、確かに広いけど、死んだ母さんがここに住むのが夢だって」返って来たのはかなり重い言葉。「それに、母さんは家政婦じゃあないって親父が怒ってさ。だから、俺達は家族だけで暮らしてくって決めたんだ」


 思わぬ回答に息が詰まる。安易に『金持ちなんだから』とか思っていた自分が恥ずかしい。岩明(仮)は本当に出来た人間だと思う。もう、このままでも良いんじゃないだろうか。岩明(仮)がここまで正しいんだから、俺が間違っているに違いない。


 自らの行いに疑問を抱きながら、そのまま大きなテレビが置かれた居間に通され、座布団に座るように勧められる。座布団は姉が作ったのか、お手製の物で、厚手のパーカーがカバーになっていた。なんだか、凄いホッとした。


「じゃあ、ちょっと洗濯物しまってくる」


 そんな俺の様子をどう思ったのか、少し微笑んで岩明(仮)は洗濯物をしまいに行く。乾燥機位使えば良さそうな物だが、きっとこれにもさっき言ったようなプライドがあるのだろう。窓から見える岩明(仮)の姿を眺めながら、ペットボトルの中身で唇を湿らす。


 洗濯物(女性用の下着も当然あって、黒色だった)をしまう姿は誠実や堅実その物で、とてもではないがあの岩明(仮)が自分、或いは学校の皆を騙している風にはとても見えない。思い返してみても、学校にいる間や、この帰宅の間にも彼が利己的な行動を取ったこともない。いつもの岩明のように馬鹿をして、突っ込まれてと、教室の空気を慌しく入れ替えていた。


 姿形は似ても似つかないが、あそこで洗濯物を乱暴に仕舞い込んでいる男は、岩明で違いがない。少なくとも、岩明(仮)の(仮)はもう外しても良いだろう。人は見た目ではない。そう言うことなのだろうか?


 しかしそんな美談風にまとめた所で、俺の目にあいつの姿が全くの別人に見える事実に違いがない。何とも奇妙な悩みを共感してくれる人間はこの部屋にも教室にはいない。


 しかしその答えを知っているかもしれない岩明が、大量の洗濯物を抱えた状態で戻って来た。なんだか恥ずかしそうに笑いながら。


 そして俺と目線を合わせると開口一番。


「なあ、どうしてお前は俺が俺に見えないんだ?」


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