魂の価値⑥
夜が明け、カーテンの隙間を縫って差し込む陽射しが私の頬を照らし、その熱量が私を眠りの世界から連れ出してくれた。自然と欠伸が漏れ、まだ眠っている脳に酸素を送る。上体を起こして、首を左右に二三回振って肩を回す。そうすると、少しずつ眠気が薄れて行くのがわかった。
一瞬、知らないベッドで寝ているので焦ったが、昨日のこともすぐに思い出すことができた。漫画のように誰かが私を起きることを待っていると言うこともなく、なんだか少し残念だ。一生に一度は味わいたいシュチュエ―ションなのに。
そんな馬鹿な話は置いておいて、何か重要なことを忘れてしまっている気がする。一体、何を忘れてしまったのだろうか? 思い出せない。
忘れてしまうと言うことは、大した問題ではないのだろう。私はそう結論づけると、手を伸ばして棚の上に置かれた手鏡を取った。いつから看護婦さんが来るかわからないが、寝癖が付いていた恥ずかしいからね。
何だか妙にすっきりした気持ちで櫛を通し終え、机の上に手鏡を戻す。二年前、お父さんに誕生日プレゼントに貰った物で、海外の高級ブランドの物らしい。私の小遣い一年分を慎重に棚に戻す。
「あれ?」
鏡を撮るときには気が付かなかったが、棚の上には、クリップで纏められた何枚かのA4サイズの紙が置かれていた。昨日寝る前にこんな物があっただろうか? 暫く悩んだ後、私はそれを手に取る。どうやらEメールをコピーした物のようで、送信者は知らないアドレス。受信したのは、薫兄の叔父さんの物だった。つまり、薫兄が置いていった物だろう。全文英語ではあったが、私の障害にはなりえない。
『親愛なるテルの弟子、カオル。頼まれていた、ラウラ・C・マークルについての報告をさせてもらう』
ずきりと、頭の奥が痛んだ。
『彼女は君の予想通り、○○年の七月七日に交通事故によって、娘のキャリーと一緒に亡くなっている』
心臓が停まるような衝撃が、稲妻のように私の全身を襲った。ラウラが実在している? 私の夢の中の人物が? しかも、私が産まれた日に? 脅迫的な衝動に押されるがまま、私はプリントアウトされた報告を読み続ける。
『彼女の死体は事故現場で上半身と下半身に千切れて発見された。その時には既に事切れており、救命の余地は一切なかったことも記しておこう。そして、彼女の死体は、彼女の生前の強い要望により、クライオニスクされている。ここも、君の予想通りだな。君は全てを知っていたんじゃあないのかい?』
報告はそれだけの短い物だった。残りはクライオニスクの専門的な用語や解説サイトのアドレスや、ラウラ個人の公表できる範囲のプライベートな情報だった。
最後の用紙には、見間違いようのない薫兄の手で書かれた私宛の文章が載っていた。
『気持ち良く眠っているようなので、ここに僕の調べたラウラの情報を置いておきます。ここに書いてあることは全て真実であり、美帆が見ていたのは紛れもなく彼女の過去であることも、僕が保証しよう。そして、これから美帆がラウラの夢で困ることもなくなることも保障する。迷えるラウラの精神は、一羽の勇ましい鳥の鉤爪と翼により、あるべき所へと帰ることだろう。さて、細かい質問は今日、病室でしてあげるから、いい子で寝ているように』
そうだ、思い出せないのは夢の中の出来事だ。
私は生まれて初めて夢を覚えていなかった。




