魂の価値④
あの時に流した涙か、それとも名前について調べ始めたことが関係しているかわからないが、その日を境に私の中の夢はより一層深い意味を持ち始めた。いや、存在感と言った方が正しいだろうか?
夢の中の私が、夢の中の私ではなく、私自身ではないかと言う、奇妙な考えが頭の片隅に芽生え始め、夢として無視することができなくなってきたのだ。寝ても起きても、私が起きていると言う……言葉にすると意味不明だけど、この事実は私の精神衛生上好ましくなかった。自分が桜井美帆なのかラウラ・C・マークルなのかがあやふやで、いっそ記憶喪失になった方が落ち着くくらいだ。自己が二つあるが故に、自己を見失うなんて皮肉が利き過ぎていて、梅原先輩辺りが好きそうな話だ。
勿論、私は好きになれそうにない。こないだ薫兄に笑われたばかりだが、夢を見るのが怖くて最近は上手く眠れないくらいなのだ。
眠りの深い浅いにかかわらず、私の意識が落ちると、ラウラが出しゃばって来る。それは桜井美帆である私に取っては耐え難い苦痛だった。それを避けるために私は眠るのを拒み、耐えられなくなると深い悪夢に落ちた。
夢の始まりは、車内からだった。クライオニスクの先端であるアメリカにラウラは住んでいるらしいので、ハンドルは左にあったが、それ以外は特別高級車と言うわけでもないだろう、白い乗用車だった。ハンドルを握るのはラウラだ。隣にはラウラの子供がいて、名前をキャリーと言った。
こないだの橘先輩の話ではないが、夢の中だけあって時間軸はかなり適当な作りになっていた。母親……夢の中の母親が死んでから既に七年経っており、恐らくラウラの人生を私はダイジェストで見ているんだと思う。時代的には私が産まれた時期と被るくらいだろうか? 私は、借りて来た映画を見るようにラウラの過去を覗いているのだ。もしかしたら彼女と血縁関係があるのだろうかと思い、調べてみたがそんなことはなかった。まあ、私の外見はどう見ても純正百パーセントで日本人だからしかたがない。
ならば何故? と言う疑問はもっともだが、未だにその理由は不明だ。実在する人物であれば、薫兄や橘先輩がその内に見つけてくれるだろう。
私とラウラそれにキャリーが乗った車は、のろのろと高速道路を走っている。決して通行の邪魔と言うレベルではないが、高速道路と言う利点を生かせていないのではないだろうかと思ってしまう。私が運転できたら絶対にもっとスピードを出すのにな。
安全第一の車内にはこの地域ではそれなりに人気な若手バンドの新曲が流れ、親子の他愛もない会話が続く。最近、彼女の勉強時間は極端に減っていた。解凍技術には医学よりもナノテクノロジーが重要だとわかったのも原因だったかもしれないし、結婚や出産と言うイベントが彼女を変えたのかもしれない。傍らで見ていた私が感動する程、子供の誕生は衝撃的だった。
そして、そんな風に思えてしまう自分が恐ろしい。感情移入なんて錯覚ではなく、自分のこととして受け止めてしまう自分は一体、美帆なのかラウラなのか? ラウラが見ている夢が私ではないのかと、不安に思ってしまう。
その不安を吹き飛ばすように、大きな音がラウラの鼓膜を激しく叩いた。前方を走っていたトラックの後輪が一つ、突然に車軸を外れて吹き飛んだのだ。現実を認めるよりも早く、時速百キロは出ていたトラックから切り離されたタイヤが、隣を走っていた赤い乗用車の横腹に突き刺さる。予期せぬ衝撃に、赤い車はバランスを崩し、後続車を巻き込みながらガードレールに突っ込むことでようやく停車した。
スピードを出していなかったとは言え、ラウラの運転する車もその例外ではなかった。
ああ、本当に走馬灯って流れるんだな。瞬きの時間を永遠に引き延ばしたくせに、思い出すことは判然としすぎていて、理解が及ばず役に立たない。直後、後悔する間もなく、全身を砕くような衝撃と爆音。
そして、痛み。痛い、痛い、痛いいたいいたいいたいいたいいたいいたいぃぃぃ!
『っあーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
それは、あまりにもリアルで、現実味があって、あれ? それって同じ意味? ははははははは! なにこれ、痛い! 本当に痛い! 身体が真っ二つになっちゃうくらい痛い! 笑えてくるくらいに! 「キャリー! キャリー! 大丈夫?」そうだ、私の可愛い娘は? 違う、私に娘なんて、いないのに。「神様お願い! キャリーを助けて!」私は何を言っているの? 私? イタイ! 私って誰? 遠くで車が爆発してる。あれを見ているのは誰? 私は何処にいるの? ここにいる私は誰であるべきなの?
「桜井さん? どうしたの?」
教師の小さな疑問が、私を私にしてくれた。そうだ、私は桜井美帆だ。自分を取り戻し、若干の冷静さを得ると私は状況を確認する。私は何故か床に転がっていた。授業中に寝て、寝返りを打つのに失敗したわけか。はは、笑えない失態だ。教師の心配そうな顔に「すいません。以後気を付けます」と言って、私は立ち上がる。
「え?」が、身体に力が入らない。特に、下半身が酷い。ぶるぶると生まれたての小鹿も吃驚なくらい力が入らない。椅子から落ちた時に変なツボでも押してしまったのだろうか? 一人ではどうしようもなく、隣の席の男子に手を貸してもらい、何とか立ち上がる。
と。
「きゃーーー!」
眼前の教師から悲鳴の声が上がった、彼女の指先は、私をしっかりと捉えており、周りの生徒の視線も同じところに集まっていた。嫌な予感と共に、私はゆっくりと注目を集める自分の腰に目を当てた。
私のまだ一ヵ月も着ていないセーラー服の腰回りは、ドス黒い血に染まり、動かない私の足は浅黒い色へと変貌していた。
その醜い怪我の様子は、私の脳裏に車に挟まれたラウラの下半身が思い出させた。




