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マシロの音色


「―――――ごめんなさい―――――――…」

 澄んだ声をかき消すのは、収まることを知らない波の音。

 細かい砂粒が濡れて色を変えている。

 昼間の日に照らされ、カラカラに乾いた砂浜の上に、一人の少女が座っていた。

 歳の頃は15、6くらいだろうか。異様なほどに色素の薄い髪が、闇の中でやけに映える。

「………ごめんなさい、本当に…ごめんなさい……」

 銀色の瞳は少女の心情を映すかのように濡れていて、その頬には一筋、涙の跡が残っていた。

 ふと、少女はゆらりと幽鬼のように立ち上がって、絶えず波打ち寄せる海へと歩みを進める。

 波に押されて流れてきたのは、年頃の女の子が履くような、飾りの付いたパンプス。片方だけのそれを拾い上げて、少女は海へと遠くに投げ捨てた。

 変わらず、波は打ち寄せる。

 多少のものを捨てたとしても、こうして変わる事が無いのが海の凄いところだ。

 不動にして、雄大。永遠で悠久。

「ごめんなさい、折角残してくれた靴だけど――――片方だけじゃ、使えないから」

 早く靴を見つけないと、と少女は呟いた。

 そこには既に、涙の跡は無い。どの感情も感じられない表情で、砂浜の上に座り直す。

「漸く訪れた若い女の子だったのに……このままだと此処から移動するのにどれくらい掛かるんだろう……」

 つかれるため息は、靴を取るのを忘れた自分へのもの。

 明けない夜がもどかしく思えて、少女はそのまま寝転がった。

 空にはあざ笑うかのように眩しく輝く星々。いくら手を伸ばしたとしても、沢山ある一つたりとも掴み取ることは出来ない。

 ……両手を伸ばそうと、届かない。

 目を閉じて朝を待とうとした少女に、その時声を掛けた人がいた。

 それはこんな時間に海に来るはずのない、若い女性の声。

「だっ…大丈夫ですか!?」

 ――――残念なことに驚きで声が裏返り、転倒しながら慌てて走ってくる姿は、女だとは思えなかったが。

 間違いなく二十歳を超えているのに、全く染めていない、一つに纏めた黒い髪。

 安物であろうスーツはヨレヨレで、スカートにはシワさえ寄っている。

 若いからまだ良いものを、化粧っけのなさが当て付けなのかと少女を苛立たせた。

 そしてハッと我に返り、何故イラついたのかと内心不思議がる。

 駆け寄ってしゃがみこんだ女をしげしげと観察した少女は、一箇所を見て、声を漏らした。

「……靴…」

「はい? 靴が何か?」

 ほんの小さな声だったのに、女は地獄耳らしい。耳ざとく気がついて、問いかけてくる。

「あ、えっと……波に靴を持って行かれちゃって…」

「…………………ぁ!………あぁ!よくあるドジっ子さんですか」

 少女の言った言葉に暫くの間考え込み、納得のいったように手を打ち鳴らした女はそう言い放つ。

 その打ち鳴らした手の音が妙に良い音だったことが、少女の口を開かせた原因だった。

「…………鞄を放り投げて波に攫われるトンマさんには言われたくないのですが」

「カバン?」

 言われたことが良く分かっていない女は、首を傾げてそう復唱する。

 そして肩に掛けてあったはずの鞄が無いことに気がついて、甲高い悲鳴を上げたのだった。




「はぁ、チャックのエナメル鞄で良かったですよ。……鍵が失くならなくて済んだ」

「……鞄の中の紙類は全滅ですけどね」

 ――――何故こうなった。

 現在の少女の心情を表せば、きっとこの言葉が出るのだろう。

 それくらいに少女は混乱していた。…軽口を叩きながらも。

 出されたホットミルクをちびちびと飲みながら、少女は連れてこられた女の部屋を見回す。

 二十代の女の部屋にしては、質素で物が少なかった。生活感がない、と言えば良いのだろうか。

「―――――女の部屋にしては殺風景ですよね」

 ふいに女の言ったことに、少女はそちらを振り返った。

 余りにもタイミングが良かったことに驚き、警戒を顔に浮かべている。

「ふふっ……分かりますよ、よく言われていますから」

 女は笑顔を浮かべたまま自分のコーヒーを机に置き、少女と向かい合うように座った。

「……この部屋は、必要なものしか置いてないんです。他の物は全部別の部屋に。……私、一人暮らしですから」

 その言葉は、少女の動きを止めるには十分だった。十分、すぎた。

 一人暮らし。

 大した言葉ではないのかもしれない。ここが、一軒家ではなかったのであれば。

 極普通の核家族が暮らすような家、それは一人で住むには余りにも寂しすぎる。

「―――――親は、」

「私が高校を卒業して就職をした瞬間、出てっちゃいました。母は居なくて、父親だけで…父も精神的に弱い人でしたから、母が居なくなって一人で子供を育てて………限界、だったのだと思います」


《この話について》


 大分昔のものであまり覚えていないが、ホラーチックなほんわか家族物を書きたかったのだと思われる。登場する二人は母親と娘。母親は幽霊で、子供に退化している。多分海岸から離れられなかったのも地縛霊だから…?

 靴を手に入れないと移動できない、とか設定を考えていた気がするけどうろ覚え。

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