思ってたよ。
――――――彼女が死んだ。
そう聞いたのは、高校2年の冬休みが終わりに近づいたある日のこと。
正月が過ぎて三が日過ぎて、もう直ぐ休みが終わってしまうんだな、と学生としては残念な気持ちになる1月4日の朝のこと。
父と母は2日には家に帰って来た僕とは違って、明日帰ってくる予定だった。だから家には僕しかいなくて、寝過ごしたとはいえまだ午前中に掛かって来た電話の音に起こされた。
休みの間はぎりぎりまでのんびりしたい。
なんて、少し文句を言いながらも欠伸をかみ殺しながら受話器を取ると、相手は焦ったような暗い声で「柳葉か?」と確認してくる。その声が余りにも真剣で、どうしたのか聞くのに戸惑った。
…確か、連絡網の通りだったら相手は久松だった気がする。いつも元気で、クラスのムードメイカーでありながら先生方には問題児扱いされているような彼の様子からは、今のこの声は想像もつかない。
そんな意識を逸らすようなことを考えたのは、悪い予感がしたからだろうか。戸惑って何も言えない僕に、久松は残酷にもそれを告げた。感情を押し殺したように低く、いっそ聞き取りにくい程震えた声で、彼女……織笠祀が死んだと、そう言った。
「事故、らしい。買い物の帰りに…ほら、前空き地だったとこ、今工事してる。……そこの前通って、鉄柱が上から…っ!」
後に続けられた言葉は、僕の耳には届かなかった。死んだ、とそう聞かされた瞬間僕の耳は遠くなって、全ての音を、遮断した。
心臓の辺りが冷たくなって、苦しくなる。
自分の呼吸が正常にできているのかわからなくなった。
感覚が漸く戻ってきて、受話器の向こうから押さえきれなくなったらしい嗚咽の音が聞こえる。それを聞いて、ああその話は本当のことなんだって、なんとなく思えた。
呟くように言うのは、やっと搾り出せた声。
「……うそ、だろ…」
理解はできていても、信じたくないと悲鳴をあげる、心の声だった。
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……始めて見た時は、綺麗な名前だと思った。
入学式があって、そのあと始めて自分たちが一年過ごす教室に入る。その時名前の欄を見て、綺麗な字を書く名前だと、そう思った。
男の子だろうか、女の子だろうか。
名前からは判別できそうに無い。
こんな綺麗な名前を持つ人がどんな顔を、性格をしているのか気になった。
…席は…あそこ、窓際の一番後ろ。苗字から考えれば納得ができる。このクラスにはラ行とワ行の苗字を持つ人がいないんだな、となんとなく思った。
私の席は、廊下側の前から三番目。遠いな、とそれが少し残念。
次々と親に連れられて、これからの同級生たちが教室に入って来る。背の高い子、低い子。髪が長い子、短い子。真面目そうな子、元気が良さそうな子、少し不真面目そうな子。一人一人が違うのに、更に性別まで違うから始末が悪い。
こんなに沢山のクラスメイト達を憶え切れるだろうかと、不安に思った。それと同時に、新しい学校生活が楽しみで、トクントクンと胸の鼓動が高まる。
「あっ……」
それは、瞬間のこと。
教室の前の方、黒板に張られた座席表を指で辿って、窓際の一番後ろで手を止めた男の子。それを見回した最中に見つけて、つい声が漏れた。
親らしき人の姿も無く、彼は自分の席へと向かう。私は彼を、目で追った。
男子にしては少し長いけど、一度も染めていないらしい黒い髪。肌は不健康なほど白くて、細面。そして少し言ってしまうには抵抗が有るけど、明らかに周囲よりも低い背。長い睫毛に彩られた瞳は黒で、正面から見つめられたら、吸い込まれてしまいそうな気がする。
…しかし、黒髪黒目が日本人の特徴と言われているが、実際は茶色の瞳が多い。そう考えれば純粋な黒髪黒目を持つ彼は、もしかしたら珍しいんじゃないだろうか。
席に着いた彼は肩にかけていたショルダーバックを降ろし、座った。そしてふと顔を上げて、こっちを向いた。
「っ…………!」
慌てて目を逸らす。
いや、別に悪いことをしているわけではないんだけど、とっさにやってしまったのだ。やってしまったのだからもう遅いということで、開き直ることにする。
…それにしても。
綺麗な目だったな、と一瞬だけ合った瞳の感想を心の中で思う。そして、あんな綺麗な目と一瞬でも合ってしまったのだと、そう考えた瞬間頬が熱くなったような気がした。上気してしまいそうな気分を無理矢理押さえつけて、私は良い訳染みた自分の説得を試みる。
…そう、そうだよ。あれだけじっと見てたんだから、目が合わない訳がない。うん。
それは、私と彼が、一方的にだけど始めて会った日。
さっきよりも数倍苦しく高鳴る心臓を、気のせいだと、そう思おうとした。
……だって、一目惚れなんて恋物語でもあるまいし、じょーだんじゃないっ。
《この話について》
恋愛の練習と、現在と過去の時間が混ざるような小説を書いてみたくて挑戦したもの。
ずっと見てきたけれど告白し切れなかった少年と、少年と他人を重ねて見てしまい戸惑う少女の話。だった筈。