主人公は不在のようです。
『前略、顔も憶えていない遠い世界の母上様。』
わたしは元気でやっておりますが、母上様はいかがお過ごしですか。
さて、建前は置いておいて、今日は報告をしたいと思います。喜ばしいことにわたし、ロードが此処へ来て、とうとう十五年の月日が経ちました。
成長したかと言われれば、此処へきた十三の歳から一ミクロンたりとも変わっておりません。不老不死というものの物悲しさを感じる今日この頃ですが、村の方々にも『賢者様』と慕われ、充実した日々を送っております。
十五年といえば、生まれ落ちた主人公が旅に出る頃ですね。最初に訪れるこの村で待っていた甲斐があったものです。
…え、何故待っているのかと?
それは勿論彼についていくためです。同行者というより傍観者の方が近いですが、付かず離れず見守りたいと思っています。
未熟ながら無い知恵絞って書き上げた小説が、命を持って存在するのです。小説家を志望していたわたしにとって、これがどれだけ幸福なことか、母上様もよく知っていると思います。
そうしてわくわくと胸を躍らせながら、ついつい入り口から家までを何度も何度も行き来していたのですが……。
来ません。
ええ、来られません。
どれだけ待っても影すら見えず、半年が過ぎました。
いい加減腹が立って待つことも出来ず、主人公の村まで行ってしまいました。
ところでこの主人公ですが、よくある異世界ファンタジー小説のような嫌悪感溢れる偽善者ではなく、孤独と天然が友達の、なかなか可哀想な子です。
創ったわたしが言うのもなんですが、不憫です。
極普通の一般家庭に生まれながら冒険者を志し、故郷を旅立つというストーリーで、最初の頃なんかはボランティアしか遣れていません。
少しずつ強くなるのですが、でもやっぱり最強には程遠い。そんな脇役型主人公なのです。
しかしここまで判っているのにも関わらず、わたしは彼の故郷で彼を見つけることは出来ませんでした。
……聞き込みをすればいいって?
無理です。作者ならではの悩みなのですが、弱いおつむで考えた設定。容姿も名前も、ごちゃごちゃになって憶えていないんです。
判るのは概念と年齢。若い人もわりと多く、漠然とした質問では絞り込めませんから。
それからも探しましたが、それらしき人は見つかりませんでした。
もしかして、気づかないうちにわたしの村を通っていったんですかね。旅人に混じって気づかなかった可能性も否めません。
とりあえずこれからも、地味にですが探していこうとおもっています。
……あれ?
そろそろ紙の余白が少ないようですね。
この手紙が母上様の所に届く筈はありませんし、届いたら逆に困るのですが、自分の中でも整理しておきたいので書きました。
思いだけは届くと信じて、母上様の健康をお祈りします。
草々
『設定はきちんと決めましょう。』
某、約束の日。世界が創られた理由とも言える物語の主人公は、現れませんでした。
『は?』とか低い声で言わないでください。わたしの方がずっと驚いているんですから。まさか特に愛情込めて製作したわけではない主人公が、初めから全てぶち壊してくれるだなんて微塵も思っていなかったんですから。
主人公の扱いが酷い?
当然です。彼は他の生き生きとした人外溢れる脇役キャラたちの引き立て役なのですよ。ですから名前も容姿も覚えていませんし、正直どうでもいい存在です。
…それだというのに、そんな些細なことで物語が破壊されるとは。そんな考えは一切ありませんでしたから、ため息ものです。
「はぁ……」
実際にため息を吐いてみます。特に何が起こるわけでもないと知りながら、少しばかりフラグを期待してみます。
…やっぱり何も起こりませんか。
折角、仕事を全て放り投げて此処まで道中色々有りながら参じたというのに、わたしは何をしているのか。答えを言ってみれば、何もしていない。逆に言ってみれば、何もできません。
何年も待ってたのになぁ。賢者様という名の便利な道具として、村人の愚痴や惚気や叶う筈の無い願いやくだらない話を我慢していたのに。評判の良い賢者を目指していたのに。
――――――――あ、名乗り忘れていました。わたし、始まりの町“リバース”で賢者をしておりました、ロードと申します。気軽にロード様とお呼びください。
ちなみにですが転生者です。
わたしが此処へ来る前に小説サイトで流行っていましたものとは違い、自作の小説の中へのトリップでございます。
今考えるととても痛い、厨二病感満載な小説を書いておりました。いや、今書いても同じようなものが出来ると自信を持って言えますが。
ご期待に沿える、地球産まれ地球育ちの極平凡な少女、それがわたしの前世でありました。…嗚呼、前世といいましてもわたしは一度たりとも死んではおりません。現実ではどうやら自動車と衝突して植物状態らしく、丁度良いから意識が覚醒するまでの何十年を此方でお過ごしください、と息子に言われたのです。
……物凄く勘違いされているかもしれませんが、お腹を痛めて産んだ子ではありませんので悪しからず。
実はわたし、一気に何億人何十億匹の母となってしまったようなのです。
いやいや『意味分からん』と言われましても、実際そうなのですからいたし方ありますまい。
どうやら私の小説、世界が成り立つと共にモブどころか存在すら出てこない住人まで生み出したらしく、現在は数え切れない有象無象…失礼、沢山の人々が日々生活を脅かされながら暮らしております。
簡単に言えばこの世界に存在する全ての命、延いては管理する精霊や悪魔、神までもが私の支配下…ごほん、子供と言う扱いになっているようです。
一気に老け込んだ気分になりますね。
まぁ、便利と言えば便利です。常時発動しているらしいスキル【自愛なる母】(わたし命名)のおかげで攻撃されたことはありませんし、むしろ身を挺して守ってくれるでしょう。実質私の周囲で争いが起きたことが無いので、後者については推測の域を出ませんが。
……詰まらないですねぇ、わたし割と争いごとや物騒なことは大好きですのに。
そんな淡い期待を持って主人公に願いを託していたのですが、こうして現れることの無い主人公君。…いっその事わたしが魔王になって征服してしまいましょうか。あ、ダメだ。一戦もせずに完了してしまいます。しかも反旗を翻す人も期待できません。
ダメだこりゃ。もう一度言います。
……ダメだこりゃ、詰んだわ。
――――――と、いうわけで。主人公が見つからず、物語が始まらないと言うことでテンション駄々下がりなわたしは今現在、あの町に戻る気さえ起こらず、賢者として働く気も無く、ただの村娘一般人としてこの村に移住しているのでした。
…え、だって仕方が無いでしょう。今までの苦労が水の泡なんですから。
仕方なし、で此処に落ち着いた私でしたが、居座って直ぐに驚愕しました。実はこの一見何の変哲も無い田舎村、むしろ少し異常なくらい過ごしやすいのです。
村人たちは親切だし、自警団が設置されていて魔物の被害も少ないし、犯罪ないし、助け合い精神だし、のんびり過ごすにはこの村はうってつけであることでしょう。
…そんな村に設定した憶えないけどな~、という疑問はどこかに投げ捨てました。
というわけで、に戻りまして。普通の村娘として過ごすわたしの一日は、太陽が揺らめきながら昇る早朝から始まります。
魔法を使って暖かいお湯を沸かしまして、近所の奥様方と一緒にお洗濯をします。その際、こっそり浄化の呪文を唱えることがポイントです。
お洗濯が終わりましたらお掃除。箒と塵取りと雑巾が飛んでいくのを眺めつつ、読書へと没頭します。お任せすると勝手にやってくれるのですごく助かるポルターガイストですが、誰にも目撃されないように窓や扉は締め切りましょう。
その後は朝食兼昼食作りです。本当は別々に一日三食なのですが、わたしの胃袋は朝食時には、余り食べ物を受け付けません。
だからと言って適当なものではなく、少しばかり手間を掛けてご飯を作り、“作りすぎた”分を容器に入れてご近所におすそ分けします。
…そうすれば帰ってきた容器には、そのご近所さん家の昼食が入っているのです。それはわたしの夕食となり、毎日のことですが二食作る手間がこれで省けると言うことです。
―――――ずるい? 何言っているのですか、 有 効 利 用 、ですよ。
★
「―――――――って、訳なのよ。アネモネちゃんどう思う?」
何故だろう。わたしは最近、何度と無くそう考えます。
「…そうですねぇ……これはベティさんが正しいと思いますよ、ちゃんと旦那さんに怒ってあげるべきです」
「っ…そうよね! ありがとうアネモネちゃん、お礼に夕飯をご馳走するから是非家に来て」
「あ、はい。ではお言葉に甘えて…あとで伺いますね」
『待ってるから!』と、いい笑顔で去っていくベティさん。手を振って彼女を見送ると、わたしは笑顔を消しました。
「―――――――解せぬ」
一言、小さく言葉を洩らします。
先程夫婦関係の愚痴と相談をしにきた女性、ベティさんは、ご近所の若奥様です。
可愛らしく、偶に変なことを吹き込みたくなるほど純粋な彼女の旦那さんは、設定には無かった筈の自警団で副団長を担っているとか。そのせいと本人の人柄もあってか、奥様交友でも一目置かれているようです。
その彼女、ベティさんのおかげで、わたしは今こうしてのんびり過ごしています。簡単に言うと彼女の『お友達になりましょう』宣言のおかげです。
そうして数ヶ月。村になじめたことはとても嬉しいのですが、毎日毎日ご近所さんと話すと愚痴をよく聞かされていました。その中でも特にこう…何度も同じようなこと……旦那さんの浮気性の話をする方がおりまして。苦労してるなぁ…、と少しだけ、助言をしたのです。
……それがいけなかったのでしょうか。神様、わたし貴方に何かしましたか?
あ、この世界の神様ってわたしの息子だった。
…ごほん。とにかく、どうやらその助言が大当たりだったようで、わたしのお陰だと、彼女そう言ったみたいなんですよね。
何故、助けようと思ったのでしょうか、その時のわたし。
本当に不思議でなりません。“賢者”なんて一言も言っていないのに、村に在住して4ヶ月。
―――――わたし、“村の賢者”と呼ばれるようになりました。
あ、そういえばですが、わたしの名前が変わっていることに気づきました?
気づいてくれた方、有難う。気づかなかった方…眼科を紹介しましょうか?
まぁ、そんなわけで変わっている理由ですが、ソレはただ単に“ロード”という名が割りと有名だからです。賢者ですから、わざわざ知恵を借りに来るお偉いさんもいたんですよ。
アネモネ、という名前は、地球でのわたしの本名をいじってます。
……わたしの本名って『紅花』っていうんですよ。そしてアネモネの和名は『紅花翁草』、母が好きだった花だそうです。
しかし、少し気になってアネモネという花の花言葉を調べて愕然としましたね。
自分の愛を信じる、君を愛す、信じて従う、はかない希望、消え行く希望、はかない恋、見放される、固い誓い、悲しい思い出、期待、失望、堅忍、見捨てる、嫉妬のための無実の犠牲、無邪気、恋の苦しみ、清純無垢、辛抱、待望、可能性、君を愛す、真実、真心、あなたを信じて待つ。
…子どもに付ける名前ではないと思うんですよ。
最近は(といってもこの世界ではありませんが)キラキラネーム、とかDQNネーム、と呼ばれるものが流行っているそうですが、やはりつけられた側としてみれば色々と不都合なんですよね。
わたしはまだまだマシな部類でありますし、知らない人が多いでしょうから余り関係ないのですが、でもこの話は本当に聞いているだけで痛々しくて…。
だって考えてください、光宙とかいてピカチュウですよ?
天使とかいてエンジェルですよ?
こんな名前付けられて苛められない筈が無いではありませんか。
将来おばあちゃんになってから「エンジェルおばあちゃん」とか呼ばれるんですよ? 痛々しくないですか?
先ほどの例は極端ですが、それでもそういう名前の付け方はありがたくありません。
…もしかしてその名付け親さんは厨ニ病が治っていないのではないでしょうか。
――――――――失礼、興奮しました。
まぁ、そんな風に後から子供に怨まれますから、名前の付け方はきちんと考えましょうね。
…え、お前は考えているのかですか?
そんなわけ無いでしょう?
将来子供が出来れば考えますよ、二次元じゃなく。
とか言ってみてもどうせ懐古主義な日本人のこと、今度は古き良き名前に戻るような気もいたしますが。
“村の賢者”と呼ばれるようになった、という話から大分話がずれてしまいましたが、まぁそれは兎も角。
一通り家のことを済ませたわたしはお誘いを受けてベティさんのお宅へ向かっている最中でございます。
…え、遠慮を知れ?
失礼な。知っていますよ、それくらい。しかしベティさんに関してはそうも行かないのですよ。
――――――それはわたしがこの村に居住してすぐのことです。
人見知りで繊細なわたしは、奥様方の中に馴染むことが出来ず、一人孤立しておりました。
…は? 嘘を吐くな?
何を言っているんですか、何処に嘘が混じっていると?
まぁ…とりあえず一人だったんですよ。孤独だったんです。孤高ではありませんがそうだったんです。
ぼっちだったんです。
…うさぎは寂しいと死んでしまうそうですよ?
放置されると世話を忘れられて病気で死ぬ、ということの曲解らしいですが。
そしてそんなわたしに話しかけてくれたのがベティさんでした。
『夫に聞いたの、数日前に若い女の新住人ができたって! この村って閉鎖的なつもりは無いけどお年を召した人が多いでしょう? だから是非お友達になって欲しいの!』
彼女は可愛らしい外見とは裏腹になかなかタフなうえ行動的な女性で、とまどうわたしを自然に輪の中へ引っ張ってくれたのです。
…で、ここまでが話の前置きなのですが。
仲良くなって直ぐ、わたしはベティさんに『是非うちにご飯食べに来てね』と誘われたのです。
けれどわたしはそれを、日本人ならではの社交辞令として受け取って、何日経っても行かなかったんですよね。何度か誘われたけど「悪いですから…」と言って断って。
…そうして2週間後。
―――――――――ベティさんがキレました。
夜中にベティさんの旦那様が我が家に駆け込んできまして、『俺にはどうにも出来ないっ、アネモネちゃん、今すぐうちに来てくれ!!』と焦ったように仰ったんです。
ベティさんの家に着けば、家の中は泥棒が侵入したときよりも酷い有様で……近所の人も合わせた十余名で何とか取り押さえることに成功しました。
しかしこちら側も被害が酷く……えぇ、とても、凄まじいものでした。
取り押さえ、宥め、漸く落ち着いた彼女が何をしたかといえば――――泣き出したのです。
号泣と言ってさしささえなく、情けないと言うよりはもう子供がえりをしたように泣きじゃくって……泣き上戸で責められました。
わたしの僅かな良心がかなり痛みました。
そしてそんな出来事以降、わたしはベティさんの誘いを断ったり遠慮することを控えたのであります。
…いや、だってあれは誰でもそうするようになりますよ。わたしだけじゃ無い筈です。
《この話について》
自分の書いた小説に一時的に転生?した少女の話です。
母なる作者のため、世界中のものが彼女を傷つけないように出来ていて、それをつまらなく感じているのがこの話の語り手。
自分が書いた小説が実写化するのを楽しみにしていたにも関わらず、どこかで発生した主人公の反抗か、主人公が現れず物語が始まらない。
ネタバレとしては、(主人公の顔を憶えていない)語り手が賢者様として君臨している内に影響を与えちゃって、主人公は地元で自警団に入団しちゃっています。
この後、親切な好青年だなーと適当に流していたらそれが主人公だとその内に気づいてどうようしていたりw
割りと全体的にほのぼのとした話の予定でしたw