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魔王と勇者のクロニクル


 前話にあたる金の勇者と黒の魔王の―――酷い改訂版。


―prologue―


「―――――――どうしよう、」


 月が満ちた闇夜のこと。アルヒと呼ばれる村からは森を挟んで、少し離れた所に建つ木造の小屋。その一室で、少年は小さく呟いた。


 それは、何かを恐れた声。

 それは、どこか怯えた声。

 救いを求めるような声には、当然のように誰も応えない。


 …それはそうだ。ここに住んでいたのはたった二人の人間。その内の一人は今、身動き一つすることなく床に倒れ伏せている。


 赤い紅い水溜りと、少年とは全く違う長い金の髪。


 ……そういえば、昔はこの金髪がとても羨ましかったな、と少年はふと思い出した。

 どうして自分と母は此処まで似ていないのだろうと不思議で、不安で、何も語らない大好きな母が、妬ましくなることもあった。


『ねぇ、ぼくはほんとうにおかあさんのこ?』


『じゃあ、ぼくのおとうさんは、だれ』


『なんでなにもおしえてくれないの?』


『ぼくがたいせつだというならおしえてよ…』


『なんでぼくにかくれてなくの?』


『ごめんねって…あやまられるりゆうがわからないよ』


『ねぇ、おしえてよ…………』



『ぼくはあなたにとって、ほんとうはいらないこですか…?』



 優しい手つきで、少年は母だった人間の髪を撫でた。

 最後まで何も語らなかった母を、労うように。労るように。悲しい面持ちで、見下ろした。


 今の少年は知っている。母が、彼女が、何故あそこまで頑なに口を閉ざしたか。彼女がどれだけ子供を思い、自分ひとりだけで思い運命から自らの子供を解放しようとしていたか。

 知っている。

 教えられた。

 少年は自分の真実を教えられ、母の愛を悟った。


 けれど、その重さが、母の決意がどれだけのものだったのかまでは理解できていなかった。

 だから、話した。

 包み隠さず、彼女が必死に黙してきたことを、積み重ねた努力を、無意識のうちに踏み躙った。

 少年はただ、母に助けを求めたかっただけ。その道を示してもらいたかっただけなのに。それだけだったのに、その思いは届かない。


「あぁ……これからどうすればいい? 僕は、一体何ができるの。助けてよ、だれか…教えてよ…。ねぇ、お母さん……、オルディス…」


 救いなどあるわけが無い。

 そうと解っていても、少年は呟かずに入られなかった。

 泣いてしまいそうになるのを歯を食いしばって堪え、両手で顔を覆う。母の抜け殻の傍に、少年の身体は崩れ落ちた。


 …これで、本当に一人だ。

 月の青白い光の中で、少年はそう思う。比喩でもなく、思い込みでもなく、確かに少年には仲間といえる者が無かった。

 父も、同属も、友も、……そして今宵、母さえも失った。

 少年に残るのはこの身、ただ一つ。

 母が拒絶し、父がその為に殺され、駆逐された同属という名の従僕にとっては希望、そして人間にとっての希望となった友からは悪と成った、…身に宿る力。


「ははっ…最悪だよ」


 僕には何も出来やしない、と震える声で少年は言う。疎まれるべきこの力が、少年にとっても嫌悪の対象である限り、自発的に使おう等とは到底思えないのだから。


「仲間になるはずだった全てを殺し、父を殺し、母も殺した力。…そして今度は僕が殺される。……それも、友だった者に」


 最悪だ。これこそ醜悪といってもいい。…僥倖?

 ふざけるな。これの何処が、


「―――――――僕の幸せに繋がる、」


 ただ、僕は普通に幸せになりたかっただけなのに。

 ……と、少年は掠れた声で心の叫びを搾り出した。




―One episode―



 オルディス・アニミストは呼称として、


 称呼として、


 肩書きとして、


 尊号として、


 名として、


 銘として、


 事実に、


 真誠に、


 真性に、


 実際的に――――――――勇者だ。



 彼の特徴といえば、その二つ名『金色の勇者』の通りプラチナブロンドの少しだけ天然の入った髪。

 そして見る人の大体が“優しそう”と形容する柔和な顔立ちと、翡翠色の瞳。

 優男。そう呼ばれても可笑しくない外見をした、妙に顔立ちが整った近所の優しいお兄ちゃん、然としたこの少年が、世界を救った英雄だと、一体誰が想像できるだろう。


 否、出来る筈が無い。

 しかし実際、救ったのは彼であるわけで。


 そんな国に有待遇され、王女との婚約も結んでいると噂されるその彼が、こんな何も無い荒野にいる理由は、彼以外に知る人は居なかった。


「―――――あぁ、やっと着いた」


 ふっと、呟かれた言葉。オルディスは目の前に立つ柵を見て、懐かしむように目を細めた。

 門。というにはお粗末な木製だけれど、それは彼がこの村を出たときには無かったので、この七年間のうちに建てられたものなのだろう、と思考が巡る。


 …本当に、ここへきたのは久しぶりのことだった。

 幼い頃……オルディスには父と母がいなくて、彼は勇者選定の時まで幼少期をここで過ごしたのである。

 まぁ、幼いうちに勇者に選ばれて王都へ連れて行かれたのだが。


 脳裏に浮かぶのは、その頃の友人。

 唯一だったとは言わないが、オルディスが一番の親友だと胸を張って言える同年代の少年。


 ―――――彼は、ルカは……元気にしているだろうか。


 思い出すのは七年前…別れたときの姿。

 流れるような漆黒の髪が綺麗で、黒曜みたいな瞳にはよく惹きつけられていた。

 まるで、全てをわかっているような。

 まるで、心を覗かれているような。

 まるで、温もりがないような。

 瞳だけでなく、表情が付き辛い、殆ど無表情で人形のような容姿が更に彼を人形染みて感じさせた。


 実際、オルディスを育ててくれていた教会の人たちは、ルカとオルディスが仲良くすることにいい顔をしていなかった。

 『あんな子と仲良くしてはいけません』なんて言葉は耳にたこで、でも聞くたびにオルディスの心は不快で満たされていた。


『いいですか、オルディス。貴方は―――――である自覚を持たねば成りません。貴方はあのような子とは仲良くしてはいけません。あんな……』


 特に酷かったのは、オルディスの世話をしてくれていた老年のシスター。育ての親でも有るし感謝はしていたが、その言葉だけは、許せなかった。



『あんな――――――――――魔に魅入られた子と』



 黒い髪や瞳は、迫害対象であるらしい。黒は魔王の色だと、そう言って。

 しかもルカは、本当に運が悪いことに、本来ならどちらか片方であるはずの色を両方持って産まれてしまったそうだ。


 それは――――間違いなく迫害される対象で。

 ルカの母親であるマールシャさんはまだ五つだったルカを連れ、迫害意識が薄く、また迫害を受けた者が自然と集まってくるこの村へとやってきた。


 オルディスがルカと出会ったのは、その時教会に洗礼を受けに来たときだ。


 “魔に魅入られし子”はどうやら魔の干渉を受けやすい体質であるらしい。だから彼らの周囲では不可解な現象が起こるし、不幸も訪れる。

 だから迫害されるのだ、と聞いた。

 でも、オルディスが始めて出会った“魔に魅入られし子”はルカであり、そう聞いてはいても目の前に立つ、一見可愛らしい女の子である彼がそんな危険な存在には見えなかったし、傍に立つ彼の母親も不幸に見舞われる人だとは思えなかった。


 優しく、慈しむような目で『遊んでらっしゃい、私はまだ神父様とお話があるから』と告げる彼の母親からは、彼が疎ましい存在だなんて思っているような色は見受けられなかったのだ。

 それに一番の理由は、疎ましがられるその色を実際目にして、綺麗だ、と見惚れてしまったことだろう。

 今でも憶えてる。


 『綺麗だ』ってつい遊んでいる最中に言ってしまって、ずっと無表情だったルカの白い頬にうっすらと朱色が混じったこと。気まずそうに、照れたように目を逸らすその様子を見て“あぁ、確かにこの子は俺と同じ人間なんだ”って漠然と思った。

 男だって聞いたときは本当に驚いたし、母親と違う髪と目が嫌なのだと言われたときは、そんなことない!って告白染みたことまで言ってしまった。


 それだけ、オルディスはルカという友に惹かれていて―――――――だからこそ、勇者選定の後、王都からの迎えが来てルカと別れることになったとき、とてもとても悲しくて。


 直ぐに帰る。そう決めてから、もう七年が経った。

 時が過ぎ去るのは本当に早い、と時々老人のようなことを考える。


「会いたい、な…」


 数年のときを挟んで再開する親友の顔、ルカはどんな表情をするのだろうか…と考えて、傍から見れば気味が悪い忍び笑いをあげる。

 幼くてもあれだけ整った顔をしていたのだ、成長してどれだけ綺麗になっているのだろう。なんて、男相手に思うことではないことを考えながら、オルディスは懐かしい故郷へ、一歩踏み出した。



   #



「――――――久しぶり、ドルディーヌおばさん」


 懐かしい顔を見かけ、声をかければ、その人は皺によって穏やかな細めになっている目を一杯に広げて、固まっていた。

 驚かれるだろうとは思っていたが、ここまで驚くとは思って居なくて、オルディスは逆に呆気に取られて悪戯気も失せてしまう。そしておばさんの眼前で手を振って、正気に戻すため尽力した。


「オルディ坊やかい? 本物の…?」


 正気に戻ったおばさんの第一声はそれ。

 本物かどうか確認されるなんて、何処かに偽者でもいるのだろうかと、少しずれた思考をしながらオルディスは苦笑する。


「坊やはやめてよ、俺もう十八歳なんだからさ」


 ただいま。とそう言えば、安心したように泣き出したおばさんの腕が襲い掛かり、オルディスは窒息死を経験しかけたのだった。



「―――――すまないね、坊や」


 安心しすぎて少し興奮してしまったわ。と、からから元気に笑いながら、おばさんはそう言った。

 オルディスは結局直らなかった坊や呼びに苦笑いを返しつつ、続けられた言葉に目じりを下げる。


「坊やが王都に行った後すぐ教会が閉鎖してしまってね、坊やが勇者になったことは聞いていたんだが、こんな田舎じゃあ情報が出回らないのさ。……ま、無事だったから良いけどね。どうせならあちこちに顔出しな、坊やが帰ってきたと知ったら皆祭り開くだろうから」


 …それは、出すべきなのだろうか。


 苦笑いが深まるのを感じながら、「そうする…」とオルディスはそう言った。そして本題を思い出して、慌てて口を開いた。


「そういえばルカ……マールシャさんは元気?」


 一回出してしまった名前を誤魔化すように言い換えたオルディスに、おばさんは豪快に笑う。そして「わかってるからルカって素直に言いな」とからかうように言ってから、思案顔になり、まるで言いにくい事を言うように、重い口を開いた。


「実は、ね……マールシャが亡くなってからあの子、家に閉じこもっちまったんだよ」



   Ж



 ―――――――おばさんの話によれば、5年前、オルディスが王都へ行ってから2年が経過した頃、ルカの母親であるマールシャさんが身罷ったらしい。


 それは余りに突然で、あっけないものだったという。


 山の方に少し離れてルカ達の家は建っている。しかし少し離れているにも関わらず、マールシャさんは腕の良い薬師であった為、頻繁に人が立ち寄っていた。

 そしていつも通り村の男がマールシャさんを訪ねに行ったところ、もう既に彼女は事切れていたそうだ。


 家の中もひどい状態だったらしい。

 荒らされて、家具のいくつかが壊れており、木造の壁には血がこびりついていた。そしてそんな家の中に、胸を突かれて死んだマールシャさんの遺体と、呆然とした様子で座り込んだルカがいたそうだ。


 ルカは錯乱していたらしい。言葉もまともに話せなくなって、家に訪ねてきた全員を追い出した。それ以来、ルカを心配して誰が言ってもまともに会ってはくれないらしい。


『でもね、坊やが帰ってきたって知ったらルカちゃんも喜ぶと思うんだ。…会ってはくれないかもしれないけど、会いに行っておあげ』


 そう、悲しい心配そうな色をした視線を向けられれば、応えるほかない。「俺も会いたかったし」とオルディスはそれを受け入れ―――



―――――…今こうして目の前にいるわけだが。


 「会いに行ってお上げ」とは言われたが、会ってくれるだろうかと、オルディスは一人自嘲した。

 いくら仲の良い友人であったといっても、それは数年前の話だ。相手が覚えていないという可能性もある今、正直オルディスにとって不安でしかなかった。


 …しかし、いつまでも扉の前で立ち尽くしていても意味はない。

 ため息をついて意を決すると、木製の扉の前に、今ではすっかりごつくなった手を持っていった。




《この話について》


 前話の、エブリスタに投稿していた改訂版。

 改めて見ても大分ひっでぇw

 勢いで再構成しちゃうのも考えもんだと再認識したもの。


↓投稿時のあらすじ(?)



世界には対極に位置するものが居る。


 火と水、善と悪、光と闇、そして勇者と魔王のように。


 二年前、勇者は旅立った。


 世界を救うため、五年の月日を修行に費やし、魔王討伐へ。


 結果、世界は救われた。


 ここまでが、後に童話として伝説として語られた話。


 そしてここからが、関係者以外殆ど知られていない話。


 それはそうだ。


 世界を救った勇者が次代の魔王を隠すなんて、語れる筈が無い。


 だからこれは、所謂空白。


 光と闇が交錯する中で、手を取り合った対極の物語。









          ――――――――なんてシリアスは続かない♪




「ほら、この手を離したら駄目だよ?」


「ねぇ……聞きたいんだけどさ。

 オルディス、君は一体何時からロリコンになったの?

 しかも僕はれっきとした男なんだけど」


「何言ってるのさ、俺は可愛い女の子をつい愛でたくなるだけの、ただの子供好きだよ」


「それをロリコンって言うんじゃないかなっ!?

 こんなんでいいのか、元勇者!!!!」




―――――――――



 こんな話。



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