金の勇者と黒の魔王
七年前、辺境の村アルヒ
無性に腹が立つくらいの青空が、僕らの思いなどそ知らぬ振りして見下ろしている。
ごくり。と隣に立つオルディスの喉が息を呑んだ。青空よりも薄い彼の蒼眼は真っ直ぐに、僕が嫌いなこの空を見つめている。いや、彼だけではない。この村の、この国の全ての人が、今か今かと待ち構えていることだろう。
いつも厭味で腹が立つ神官たちも、今日だけは村人に混ざって子供のように目を輝かせている。
全ての人が上を見上げる中、僕だけが俯いていた。くだらない、と声には出さずに小さく呟く。
「ルカ、始まるぞっ!」
思考していたのが、その一言で一気に浮上した。目を輝かせてこちらを見るオルディスに微笑みかけ、僕は頷いた。彼の指が指す方へ顔を向けると、今まで青かった空が金色の光を帯びている。
もう始まるのだと、始まってしまうのだと、暗い感情が僕を支配する。けれど対照的にオルディスはこれから始まることが楽しみで仕方が無いらしい。
――――――今日は、勇者が選定される日だ。
魔王が侵略を開始してもう二十年。力をつけてきた魔族への対抗が難しくなり、人間の力では手に終えなくなった、らしい。そして最終手段として古い文献に残っていた儀式を行い、神の力を借りるのだそうだ。
選定は朝と夜の真ん中から行い、国内から選ばれるらしい。つまり誰が選ばれてもおかしくないと、そういうことである。王族や貴族、または此処に居るパン屋のおばちゃんとか、魚屋のにいちゃんとかが選ばれる可能性も否めない。
その場合は王都から迎えが来るそうだ。
まぁ僕には関係ないだろうと、半眼で眺めていた。金色に染まった空が強い光を発し、光の線のようなものが地上に降りてくる。
冷や汗が、僕の背中を伝った。頬が引きつって痙攣を起こしているのが自分でも判る。まさか、そんな。いやいやいや、ありえないって。もしそうだったら憎むよ神様。なんて、思考が混沌と混じり合うにも関わらず、相変わらず光の線は降りてくる。
……真上から。
「――――――えっ……?」
信じたくなくて、きつく目を閉じた。耳を塞ぐのを忘れていたせいでザワザワとざわめく声が、研ぎ澄まされた耳に届く。
目を閉じているのに眩しい。聞きたくないのに聞こえてくる。
「ルカ、」
オルディスの声が聞こえて、僕は顔を前へ向ける。不意に開けてしまった目がそれを捕らえた。
「ルカ、どうしよう俺………」
空から降りた金色の光の線。地上へ降り立つ清浄な選定の光。それが、オルディスの身体を包んでいた。彼の金色の髪が輝いて見えて、いつも一緒に遊んでいた良く知っているいる幼馴染みの筈なのに、全く遠い存在に思えた。
「俺、もしかして…選ばれちゃった?」
ただ一人、未だ事態を良く理解できていないオルディスは、僕を見ながら不思議そうに首を傾げた。
―――――嗚呼、僕は貴方を怨みます。大切な友を、貴方は、僕への当て馬のように…。
一章:始まりの時
「―――――なぁ、知ってるか?」
「知ってるって、なにを?」
「あの外れに住む親子の話」
「……あぁ、あの変わり者の…そういえば、最近見かけないな」
「息子の方も、オルディスが居なくなってから家に閉じこもっているらしいしな」
「ルカ、だっけ? 仲良かった親友が居なくなって落ち込んだんだろうなぁ…」
「それで、その母親のことなんだけど」
「あ、うん」
「この間その家に報せ屋が訪ねたらしいんだけど、誰も出てこなかったんだって」
「……出かけてたんじゃねーの?」
「そうじゃなくて、続きがあんだよ。…それでな、聞こえてないのかと思った報せ屋が窓から中を覗くと…」
「覗くと…?」
「女の死体があったんだって」
「はぁ!? じゃあ村の誰かが死んだってことか?」
「いや、この場合は母親の方…マールシャだろうな。…慌てて村まで帰ってきた報せ屋だったんだが、その話を聞いて村の男達が駆けつけると…」
「もったいぶるなよ」
「悪い悪い、駆けつけるとそこに死体は無くて、マールシャが傷一つ無く出てきたらしい」
「……やっぱ見間違いなんじゃねーの?」
「…かもな、やっぱそんな話ありえねーか」
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―――――――…
「うるさい…」
…――――――!! ……
「静かにしろ…、っつ―――頭に、響く」
そこは暗い暗い部屋の中。
一人の少年が、両手で耳を塞いでしゃがみ込んでいた。
とても辛そうに顔を歪めて、とても不快そうに眉を顰めている。苦しそうに喘いで、掴んだカーテンは、呆気なくものの容易く破れて落ちてきた。
小柄な身体が、全身包まれる。
…その様子はまるで、少しでも周りの騒音から逃れようとしているみたいだった。
暗い闇、部屋はそういうのが一番正しい。
木の板で打ちつけ、微塵の光も入らないように塞がれていて、とても人は長く生きていけないだろう。闇は人を取り込む。…長く暗闇の中に居ると発狂すると言われているこの国では、奇怪以外の何物でもない。
暗いながらもこの部屋を未だ眩いと思う彼は、うめき声を上げながらカーテンを巻いた中で、床をのたうった。
ミシミシッ、と本来する筈の無い肉と骨が千切れるような音がする。けれど実際には千切れるわけではなくて、まるで何年も成長していなかったのが一気に成長したかのように、先ほどとは確実に違う長さの黒髪が、床に広がっていた。
「っはぁ、はぁ、はぁ……うぅ…」
溢れてくる涙を堪えて、少年はのっそりと身体を起こす。布の塊から這い出してくるその身体が、一回り小さくなったように感じるのは、気のせいだろうか。
疲労困憊といった様子で、少年は持ち上げた手を眺める。そして、疲れたように笑った。「ははっ…どれだけ小さくなるんだろ、僕の身体」
折角平均近くまで伸びたのに、と少し恨めしそうに呟かれた声は、誰も聞かず、答えない。
いや、正確には聞いているものは居るのだ。ただそれ等は彼と話す口も、権利も有しておらず、答えられない。何処にでもいるくせに何処にもいない、少年の周りをやたらとちょろちょろする者達。
とうとう腰まで届いた長い黒髪を指で持ち上げて、落とす。
ため息が、小さな口から漏れた。
「…なんで僕、だったんだろ」
七年前の、七つの時と同じ姿。
“異端”と呼ばれ、母親と共にこの地へと逃げてきた少年が、初めて出来た親友と別れたときと同じ姿。
戻るか進むか、と確かに言われた。けれど此処まで戻るなんて聞いてない。それならいっそ、役目を捨ててしまった方が楽であるのに。
「泣かれ、ちゃったんだよなぁ」
嬉しそうに、とてもとても嬉しそうに、泣き出してしまった。だから、少年は断れなかった。それがどういうことか解っていても、何故か出来なかった。
少年と同じ黒い髪の、陰のある女性。
光を通さない瞳も同じだ、とその人を見てなんとなく思った。
親近感が沸いたのかもしれない。少年はとても、孤独だったから。約束をしてしまって、それは後悔していなくて。半分は他人事だと思っていて。けれどあの日、勇者選定で親友が勇者に選ばれた。
……少年は、話せなかった。
旅立つ前の日から、何度も口に出そうとして、でも親友のこの先のことを考えるとやっぱり口を開けなくて。
きっとそれを後悔してる。
約束をしてしまったことでもなくて、こうなってしまったことでもなくて、言えなかったことを。…そうすれば何かが変わっていたのかもしれないのだから。
何故自分だったのか、その疑問は未だ晴れない。
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プラチナブロンドの髪を、風がさらっていく。それを邪魔そうにかき上げて男は深く息を吸った。王都とは違う新鮮な懐かしい空気に、表情が綻ぶ。
「あぁ、やっと帰ってきたんだな…」
感慨深げに紡がれた言葉。蒼い目を細めて、村の入り口であろう門を潜る。七年前にはこんなものは無かったので、多分その間に作られたものなのだろうと思った。
朝が早いせいか、誰も外に出ていない。畑仕事を始めることさえまだ早い時間なのだから、当たり前だ。懐かしさと喜びに心躍る男を不機嫌にしたのは、男の後について来た女が発した言葉だった。
「何よ此処、しけた所ね。…こんな村、勇者様が来るような場所じゃないわ」
綺麗に整えられた銀髪の、貴族然とした少女。黒いマントを着ているのを見ると、黒魔術師のようだ。王都から共に旅をした仲間では有るが、故郷を貶められた男は険しい顔で少女に言う。
「ナターシャ」
「なっ…、何よ」
彼の怒りにようやく気づいた彼女は、半分怯えながらも高飛車に答えた。それを知ってか知らずか、少し悲しげな色で告げる。
「俺はここで、育ったんだよ」
ナターシャと呼ばれた彼女はその表情に罪悪感を持ったのか、気まずそうに俯いた。
「……ごめんなさい」
「うん、いい子いい子」
意外と素直に謝ったナターシャの頭を、男は微笑んで撫でる。女扱いと言うより子ども扱いされているその行動に彼女は文句を言うが、顔を真っ赤にしている様子を見ると、怒っているわけでもなさそうだ。
設定
○ルカ
母:マールシャ(人間)
父:ブレイム(魔王)
備考:主人公。父を知らずに居たが、勇者選定の直前に魔族に知らされた。その後魔王継承され、魔王の死と共に次代魔王となる。オルディスとは幼馴染み。現在十七歳。
○オルディス
父母:共に不在
妹:セルファシア(義妹)
備考:勇者。村の神殿で育ち、ルカを親友だと思っている。勇者選定で選ばれ、旅立ち、魔王を倒して村へと帰ってきた。現在十八歳。ルカと別れたのは十一歳の時。実は王族で、産まれた時から魔王を倒す勇者になりえるだろうと言われていた。村で育ったのは暗殺者回避と予言のため。予言『王の道を選ぶなら茨に塗れたそのままの道を。幸福を選ぶなら別れを覚悟した道を』
《この話について》
最初はこんな感じで、ダークなファンタジーの話であったが、エブリスタの方に投稿しようとした際、何故か「ショタ(ロリ)になってしまった魔王とロリコン勇者の話」と化してしまったもの。
細部の設定は違うのだが、話の内容は大分変わった。
初期の設定は、魔王になった主人公がいかに同族(魔族)側の被害を最小限に留めて人間との交流を深めるかを尽力する話だった。勇者としては再び魔王が現れたと勇んで向かえば幼馴染みというショッキングな内容。
変化した後の内容では、前魔王(主人公の父)の死とともに魔族たちも虐殺されて、実際に残っている魔族は主人公(半魔族)だけであるという思っ苦しい設定。村に帰ってきた勇者が主人公の現状を知り、主人公を生かすためだけに人間を裏切って魔王である主人公を守るという内容へと変わった。
これだけ聞くとかっこいい勇者だが、騙されるな、こいつはロリコンだ。幼い頃から女の子っぽい主人公に入れ込んでいた男だ。
という感じの話だったはず、多分。
変更版はまだエブリスタの方に残っているが、あまり進んでいない。続きを投稿するかも不明。