暗殺者の話
――忘れることのできないモノが一杯あった
君の声とか笑顔
ゆっくり歩くときの景色や街のぬくもり
朝の冷え込みとか美味しいご飯とか
言葉の強さと優しさ
手の柔らかさ
一つ一つずつ君と感じたモノ
そういうことをまだまだ色々感じ取って
宝物みたいに綺麗に包んで
永遠に大切に持ち続けていられたら良いなって
そう思ったんだ
1
少女の世界は昔から、小さい少しのものから構成されていた。それは育った環境のせいもあったのかもしれない、けれども少女は自分を不幸だと思ったことなんて無かった。
国に仕え始めたのは九歳の時。唯一の肉親だった弟が事故に遭ってから、幼い子供でも大金を稼ぐことのできる仕事を探していて、国の方からスカウトされた。何でも嬉しくないことに、少女には暗殺者としての才能があったらしい。
とは言っても仕事があるのは有り難い、少女は迷いもせずにそれに頷いた。・・・・・・その小さくて綺麗な両手をどれだけ血で穢そうが、構わなかった。
少女の世界は幼い子供の頃のまま。自分と弟、そしてとって付けたように歪に存在している暗殺という仕事。これ以外には何もなくて、それを何処か寂しく思っていた。
「こちら死神。天候良好、風速異常なし。・・・・・・行けます」
『―――感度良好、了解しました。情報では今夜、零時頃にホシは裏口から車に乗り込みます。その前に終わらせて下さい』
定期的に行う報告をすると、ノイズだらけの無線から、今日の任務が通告された。音が風でかき消されてしまわぬ様、それを耳の傍に寄せる。
「・・・・了解」
少女はそう呟くように答えると、十五メートル程の高さがある建物の屋上から、眼下に建つ邸宅を見下ろした。
腕時計の長い針は五十分を指し、小刻みに秒単位ずつ音を立てる。
長い睫毛を伏せ、時間を追っていた少女の髪を、ふと起こった強風が煽った。闇の中では錆色にさえ見える赤茶色の長い髪が、それと共に大きく広がる。少女は邪魔くさそうに手で纏めると、飾りのないシンプルな紐で一つに結んだ。
音のない闇の世界。息を吐いた一瞬が永遠にも感じられる世界の中で、その思考はいやに落ち着いている。澄んだ空気のせいか開いた視界が、ずっと見つめていた裏口が開くのを確認した。
・・・・・・予定よりまだ五分早いけど・・・。
内心首を捻って一抹の疑問を抱きながら、少女はライフルを構え、スコープを覗いた。護衛らしき数人の男が取り囲む、そこから出てきた中心の男。それがホシだと狙いを付け、引き金を絞る。しかし弾が発射される前に、少女は引き金から手を離した。
標的の男を無視し、周りを見回す。自分がいる建物より少し高くて遠い位置に、月に照らされ浮き出たスコープの光を見つけると、少女は舌を打った。仕事の同僚であろうそのライフルは、狙いがずらされることなく的に向かっている。
「っ・・・・・・あの馬鹿・・・!」
少女は引き金を引く。相手のライフルから弾が放たれた。二つの発砲音は互いを掻き消し、遠くに響かずに消滅する。静寂が戻った時には、何処にも何も起こってはいなかった。
複数で車に向かっていた集団は、車には乗らず車の周りを取り囲む。黒い、後部にはカーテンが張られた車はゆっくりと動き、裏口から二メートル程離れた位置に停車した。壁になるように横にされたそれを見れば、随分と頭が回る人がいたようだ。
時刻は零時を少し過ぎた頃。裏口が開き、今度こそ確かにホシが出てくる。少女は少しずつ引き金を引いて、微かな手応えの直前で停止した。ホシを守る護衛達は前や横、後ろに立って厳重に警護する。恐らく狙撃されないように、高い位置から狙撃者を探す人もいるのかもしれない。
けれど、と少女は再び指に力を込めた。少女が狙うのは乗る瞬間。誰にも前には立てず、体の大部分が車の影に入ることで、自然と警護する側もされる側も警戒がゆるくなる瞬間。頭の頂辺、脳を狙った一撃は、例え防弾スーツを着ていても防ぐことはできない。
遠くに見えるホシの小さな頭から、飛ぶように赤い血が吹き出す。・・・・どうやら綺麗に貫通したようだ。
「任務完了、帰還します」
《この話について》
暗殺者として生きてきた少女の恋愛……だった筈?
主人公が最終的に死ぬ悲劇的ストーリーだった気が…。
後から見てみたところ冒頭が『ほしのこえ』っぽいことに気づいたもの。…影響受けたのだろうか。
設定練りなおして書きなおしてみたいけど、純愛って書きながら全身がむず痒くなりそうw