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第二百十九話 帰京


 「伊東さんが帰京する」

 部屋で文を開いていた藤堂が、手の上に広げた文を、バサリと畳に投げ置いた。


 部屋の入り口に、斎藤が柱に背を持たせて立っている。

 「へぇー・・」


 斎藤は、身体の向きを変えると、部屋に入って障子を閉めた。

 「じゃあ、腹決めねぇとな。どうすんだ?」


 「伊東さんがこっから出るなら・・一緒に行くさ。あの人はオレの頼みに応えて、江戸から京まで来てくれた。だったら今度はオレが応える」

 藤堂は背中を丸めて天井を見上げた。


 「・・・」

 斎藤はボリボリと頭を掻く。

 「オレぁ、付き合えねぇぜ」


 「・・わかってるさ。オメェはここにいろ」

 藤堂が手を後ろについて、振り向いた。


 実は・・以前から、斎藤はそれとなく伊東から離隊を打診されていた。


 伊東は、近藤への建白書を提出した面々に、新選組との分離について、アレコレほのめしていたが、永倉も原田も島田も尾関も、誘いに応じなかった。


 抜けるなら、もっと前に自分達で離隊している。

 それをしないのは、不満は大小あっても自分のいるべき場所はここだと思っているからだ。


 「オメェよりも・・薫と環を連れてきてーなぁー。飯炊き係と救護班で」

 藤堂が明るい声でつぶやく。

 「給金はずむっつったら、一緒に来ねーかなぁー」


 「おめぇ・・」

 斎藤が腕を組んで、白い目線で見下ろした。

 「それやったら・・総司と土方さんに、丁寧に3回ずつ斬られるぜ」


 「ジョーダンだよ・・」

 アホらしいという風に、藤堂が頬杖をつく。


 「あー・・なーんかつまんねーなー」

 言いながら、ゴロリと転がり、腕枕に頭を載せた。


 「土方さんは気付いてんのかな」

 斎藤の問いに、藤堂は目を瞑って答えた。

 「さぁー・・とっくに気付いてんじゃねーの?」






 風が暖かくなり、木の芽が芽吹く季節になった。


 沖田は庭の木の下で昼寝をしている。

 隣りにパチが丸くなっていた。


 沖田はクゥクゥと寝息を立てているが、パチの方はフゴフゴと鼻から変な音が出ている。


 すると・・

 沖田の鼻先を、青草でくすぐる者がいる。


 「~~・・」

 沖田がモゴモゴつぶやきながら、身体を丸めて逆向きになった。


 それでもしつこく沖田の鼻を青草がくすぐってくる。


 「うーん・・」

 うなりながら沖田が薄目を開けると・・藤堂がすぐ側でしゃがんでいた。


 「んだよ・・平助」

 沖田が不機嫌顔で目をこすると、藤堂がそのまま草の上に腰を下ろす。

 「昼休み、とっくに終わってんぜ」


 沖田が頭を掻きながら、上半身を起こした。


 すると・・逆に、藤堂がパチのそばに涅槃のポーズで寝そべる。

 「ま・・土方さんいねぇから、いっかぁ」


 「ファァ~」

 沖田が大あくびをすると、今度は藤堂がゴロリと寝転がった。

 「・・総司」


 「あ?」

 「自分が何やってんのか分かんなくなる時・・あるか?」


 藤堂の問いかけに、沖田が首を傾げる。

 「・・オレは、おめぇの言ってるイミが分かんねぇ」


 すると、藤堂が小さく笑い出した。

 「おめぇはいいなぁー・・時々、うらやましくなるぜ」


 「・・んだよ、いったい」

 沖田が訝しそうな顔をする。


 空気は澄んで、風は草の香りだ。

 雲がゆっくりとたなびいている。


 頭の後ろで手を組んだまま、藤堂は空を見ていた。

 「伊東さんが戻れば、今度こそ・・」


 「あれぇ?」

 言いかけた藤堂の言葉に、沖田の声がカブった。


 門の方向を見ている。

 藤堂が起き上がって見ると・・山崎が歩いていた。


 2人のそばまで来ると足を止める。


 「土方副長いるか?」

 開口一番、事務的な言葉を吐く。


 山崎は・・広島出張でかれこれ10ヶ月近く屯所を留守にしていた。






 「山崎さん・・なんか、面変わりしましたねー」

 沖田が座ったまま見上げる。


 長旅のせいで無精髭が生えていた。


 「オレの顔はどうでもいい。土方副長はいるか?」

 相変わらずの淡泊さだ。


 「土方さんなら出かけてますぜ。朝から守護職屋敷に」

 藤堂が答えると、山崎が息をつく。

 「そっか。じゃ、先に荷物下ろしてくるか」


 土方がいれば、長旅の荷を下ろすよりも先に帰投の報告をするつもりだった。


 「ひとっ風呂浴びてきた方がいいぜ、山崎さん。全身、垢塗れなんじゃねーの?」

 藤堂がからかう口調で提案すると、山崎が自分の身体をクンクン嗅ぎ始めた。

 「・・匂うか?」


 「ダイジョーブですよ、伊東さんもいねーし」

 沖田があぐらを解いて、膝に腕を載せる。


 潔癖症の伊東がいれば、湯浴みするまで広間に入れさせないだろうが、今は不在だ。


 「ああ・・広島で会ったよ」

 山崎がボソリとつぶやいた。


 「へぇー・・」

 沖田が興味深そうな笑いを浮かべる。


 「取りあえず・・湯浴みしてくるか」

 足を進めようとした山崎に、藤堂が声をかける。

 「風呂上がったら将棋指そうぜ、山崎さん。そろそろケリつけねーとな」


 山崎がクルリと振り返る。

 「平助くん。ケリつけるも何も・・キミ、1回もオレに勝ってないだろ。確か・・55戦0勝じゃなかった?」


 「だー、かー、らー。オレは勝つまで止めねーの」

 藤堂の言葉に、山崎がゲンナリした顔を向けた。

 「平助くん・・オレ疲れてんだけど」


 「後で将棋盤持ってくから」

 ・・聞いてない。


 手をヒラヒラと振る藤堂を後目(しりめ)に、山崎が玄関に向かった。


 「平助・・将棋は明日にしてやれよ」

 沖田が提案すると、藤堂が両手を上げて伸びをした。

 「う~ん・・オレももう、そんな時間ねーしな」


 「あ?」

 「・・いや」


 柔らかな風が吹いて、沖田と藤堂の髪がなぶられる。


 「そういや・・平助」

 「ん?」

 「さっき言いかけたの、なんだ?」

 「あ?」


 「"伊東さんが戻ったら"・・とか言ってたろ」

 沖田の問いに、藤堂がさもない口調で答えた。

 「ああ、別に・・なんでもねぇよ」






 

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