第二百十八話 心太
1
「茜ちゃん、あの娘どうすんのさ?」
一二三が柱に背もたれしながら、木の実を食べている。
「もう充分なついてんじゃないの?今にも落ちそうじゃない」
「相変わらずスゴ腕だねぇ~、茜っちは」
拾門は腕枕で寝転がっていた。
「別に・・」
茜は冷めた表情で、洗い上がった布を順番に畳んでいる。
「あの娘を落としてもなんにもなんないし。下手してバレたら新選組の反感買うだけだし。無駄なことに体力使う気は無いよ」
茜の合理精神は徹底している。
そこが一二三と違うところかもしれない。
「そういえば・・屯所に残った篠原が、泉涌寺塔頭の口利きを取り付けたらしいよ。孝明天皇の御陵守護を任せるってさー。これで伊東一派の離隊は確定だね」
茜の言葉を聞いて、拾門がムクリと起き上がる。
「はぁ?御陵守護って・・墓守かよ?ぐぇー、シンキくせーなぁ」
「なんでもいーんだよ、名目なんてさ。とにかくこれで・・新選組は2つに割れる」
茜は淡々とした口調だ。
「服部や篠原が抜けりゃ、戦力は落ちんだろうなぁ」
拾門の言葉に、茜が続けた。
「それよりも・・古参の藤堂が抜けたら、近藤や土方にとって痛いと思うけどね」
「藤堂が抜けるかな」
一二三が顔を向けると、茜は手を休めずに答える。
「伊東の話で行くと・・十中八九そうなりそうだけど」
「ふぅーん。なーんか・・終わりの鐘の音でも聴こえてきそうなカンジー」
一二三は食べ終わった木の実の種を口の中で転がしていた。
「ザンネンだけど、分裂しても新選組は終わんないだろーね」
茜は畳んだ布を手に持って立ち上がる。
「土方がいる限り」
拾門が膝に腕を載せて、茜の方を見上げた。
一二三は黙ったままで種を口の中で転がしている。
「土方がいれば新選組は続くよ。例えば・・近藤がいなくなってもね」
茜は畳んだ布を、引き出しにキレイに並べた。
2
「この時代のトコロテンって、異常に美味だよねー」
薫がツルツルとトコロテンをすすりながら言った。
隊士たちの夕餉の手伝いが終わってから、薫と環は炊事場で自分たちの賄い飯を食べる。
「うん」
「井上さん、元気そうだったよ」
「うん、良かった」
環がホッと息をつく。
「にしても・・洗い物屋でどんなこと教わってるの?」
薫が覗き込むと、環が箸を止めた。
「そーだね・・オシッコで絹織物洗うとか・・そんなことかな」
「オシッコーッ?」
薫まで箸を止めたので、環が慌てて謝る。
「ご、ごめん。ご飯時に出す言葉じゃなかったよね」
「いーけど・・」
薫はまたツルツルとすすり始めた。
「でも、環。お医者さんになるのに、絹織物の洗い方まで勉強する必要あるの?」
「それは・・」
環が言いよどむ。
不思議そうな顔で見る薫を横目に、環が息をついた。
「そこの洗い物屋さんが、ちょっと・・不思議な人で」
「洗い物屋のご主人のこと?」
薫の問いに、環が頷く。
「うん」
「どんな人なの?」
「うーん・・見た目は中学生の男の子みたいで・・中身は完全な大人って感じかな」
「・・なにそれ、ギャップ萌え?」
「別に、萌えてないけど・・なんてゆーか」
環は困ったような顔で、膝の上にお椀を置いた。
「少し・・似てるような気がして」
低い声でつぶやく。
「誰に?」
薫が首を傾げると、環が一呼吸置いて答えた。
「サンナンさん」
薫が目を見開く。
「え?」
「あ、でも・・見た目も性格もぜんぜん違うけど」
環が慌てて付け足すと、薫が眉をひそめた。
「・・だったら、どこが似てるの?」
薫に突っ込まれて、環は考え込んでしまった。
辛抱強く答えを待つ薫に、根負けしたように息をつく。
「雰囲気・・ううん。表情・・かな」
3
薫に言ったように・・茜を見ていると山南のイメージが重なる時がある。
冷めた表情や、悟りきった言葉・・なにもかも知ってるようなところが、なんとなく似ている気がした。
・・孤独や絶望を知ってる人間の目だと思う。
別に、環は茜に萌えてるわけでも惚れてるわけでもない。
ただ・・気を取られている。
なんとなく惹かれるのだ。
山南が死んだ時、薫よりもむしろ環の方がダメージが大きかったかもしれない。
環にとって山南は・・困った時に、最後に駆け込むお寺のような存在だった。
しかも、無自覚のファザコンなので、知的で余裕のある大人の男性に無意識で安心感を感じるところがある。
「環ちゃん、なした?ボーッとして」
南部が不思議そうな顔で覗き込んだ。
「え?あ・・」
驚いて顔を上げる。
南部が環に、解体新書を要約して聞かせていたところだった。
今日は茜屋には行かず、昼前から南部診療所に来ている。
おにぎり持参で。
「珍しなぁ、環ちゃんが上の空なんぞ」
怒るでもなく、南部が首を傾げる。
「す、すみません」
環はシュンとして、肩を丸めた。
忙しい身の南部がわざわざ時間を割いてくれているのに・・申し訳ない。
「あやまらんでいったば。ひょっとしで・・環ちゃん、好ぎな人でも出来だんだが?」
南部は本気とも冗談ともつかない声音だ。
「は?いいえ、全然」
首をブンブン振る。
(ない、それは絶対ない)
「んだが?もったいねなー、美人さんが」
南部は残念そうに笑った。
「こったどこで、解剖の本なんぞ読んでなー」
「もったいなくないです。わたし・・好きな人なんて、作るつもりありませんから。一生」
環が確信的な口調で遮った。
南部が目を見開く。
しばらく黙っていたが、ポツリとつぶやいた。
「環ちゃん。そいだば・・不自然だな」




