表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
95/127

第二百十七話 天然


 「月乃・・」

 大助が困り切った顔で見下ろす。


 「うっ・・」

 月乃は俯いて肩を震わせていたが、突如、顔を上げて手を伸ばすと、大助の髪の毛を横から引っ張った。


 「いてっ!」

 結構な力で引っ張られて、大助が思わず声を上げる。


 大助は同心なのに月代(さかやき)を剃ってない。

 中途半端に伸びた髪を、軽く後ろで結ってるだけだ。


 「イケズゥッ!ダイスケはんのイケズゥ~っ!」

 月乃が大声を上げたので、焦った大助が月乃の口元を手で覆う。

 「大声出すな~、人が来んだろ~」


 そのまま大助に抱き付くと、月乃が声を上げて泣き出した。

 「うっ・うわぁぁ~ん・・えっ・・えっ」


 仕方なく大助は月乃を抱きしめて、背中をポンポンとたたいた。

 もはやイクメン状態である。


 しばらくグスグスと泣いていた月乃がポツリとつぶやいた。

 「ダイスケはん・・」


 「なんだ?」

 「お願いあるんや」

 「・・なんでしょー?」

 大助がため息をつく。


 月乃が大助を見上げる。

 「なんもせんでええから、朝まで一緒に寝てぇな」


 「あ?」

 「一緒の布団で眠ってくれるだけでええから」


 泣くのを必死に堪えているような顔を見て、大助はどうにも断ることが出来なくなった。


 「・・わーったよ」

 そう言って膝をかがめると、月乃の身体を抱き上げる。


 お姫様抱っこでなく、子どもを抱き上げるように腕に横座りさせて持ち上げた。

 低い天井に頭をぶつけないよう、月乃が慌てて身体を倒して大助の首に掴まる。


 その恰好で部屋の中央まで進むと、赤い布団の上に月乃を下ろした。


 大助は着物を着たまま、ゴロリと横になって手を頭の後ろに組む。

 「ホラ、おめぇもさっさと横になれ」


 月乃は嬉しそうに頷くと、大助にピタリとくっついて横になった。


 「・・あんま、くっつくな」

 大助の言葉を全くに意に介さず、月乃は大助の胸に顔をうずめている。


 ハァーッ・・

 思わずため息が漏れる。

 (これ、ゴーモンかもなー・・)


 何もせず・・ただ好きな人と眠りたいという女子の願望は、オトコには理解できない心理なのだ。 






 ゴーモンのような夜を過ごして、大助は晴れて自由の身になった。

 花札で負けた分は、夕べ一晩の添い寝でチャラということにしてもらったのだ。


 翌日、仕事の合間をみて新選組の屯所へ向かう。

 見舞いと看病のお礼のためだ。


 心太(ところてん)を手土産に持っている。

 (※意外だがトコロテンは冬場が旬)


 いつも通り顔パスで門をくぐると、炊事場に向かった。


 すると・・ちょうど薫が戸を開けて出て来た。


 「お、薫ちゃん」


 声をかけられて、薫が顔を上げる。

 「あ、井上さん」


 持っていた大根を足元に置いた。

 「ひどい風邪ひいたって聞いたけど、快復したんですね。良かったぁー」


 薫はミツのことを考えて、診療所に顔を出すことはしていない。


 「ありがとよ。環ちゃんは?」

 大助が首を伸ばして、炊事場の方に目をやる。

 「病気の時にゃ、かなり迷惑かけちまって」


 「いま、洗い物屋さんに行ってます」

 「洗い物屋?」


 「はい」

 薫が頷く。

 「このところ、ちょくちょく」


 「そんなに洗濯モン溜まってんの?」

 大助が首を傾げた。


 「なんか色々教えてもらってるらしいです、汚れ落としの秘訣とか。すぐ近くだから」


 「ふぅーん・・礼言おうと思ったんだが、いねぇなら仕方ねぇや」

 大助はポリポリと頭を掻く。

 「総司と源のオッサンはいるか?」


 「まだ見廻りから戻ってないです」


 「そっか・・仕方ねぇな」

 そう言って、トコロテンの入った風呂敷包みを差し出した。


 「これ夕飯にでも出しといてくれ」

 「はい。あーっ、トコロテンですねー。ありがとうございます」


 包みを受け取ると、薫は重そうに胸に抱えた。

 (やっぱ三杯酢に生姜かなー)


 「んじゃ、また来るわ」

 大助が門の方に踵を返す。


 後姿を見送りながら、薫はふと思った。

 (けど・・洗い物屋でそんなに習うことってあるのかな?)






 『茜屋』の板の間に、瓶が並んでいる。


 「これがサイカチのさや。ムクロジと同じで、水につけて擦ると汚れが落ちるんだ」

 茜が蓋を開けて、1つつまんで見せた。


 「あと、オシッコも洗い物に使える」

 茜がイタズラっぽい口調で言うと、環が眉間にシワを寄せる。

 「オシッコって・・オシッコですか?」


 「そ。オシッコを発酵させたものを薄めて使うんだ。毛皮や絹織物が傷まないからね」

 茜は優しい声で説明する。


 (アンモニア水のことかな?)

 環は脳の引き出しを開けたり閉めたりしていた。


 ここのところ、三日に空けず『茜屋』ののれんをくぐっている。


 ・・『茜屋』の主人は不思議な人物だった。


 見た目は中学生くらいに見えるが、実年齢はもっと上だろう。

 知識が豊富過ぎる。


 茜の知識は広範囲に渡っていた。

 商売以外のことでもなんでも良く知ってるし、どうやら色々な土地に行ったこともあるようだった。


 環は、おそらく自分よりぜんぜん年上だろうと思っている。

 超童顔の甘メンの外見と裏腹に、内側から醸し出す雰囲気がどこか冷め切っている。 


 (いったい、いくつなんだろ?)

 年を訊くのは失礼な気がして、口に出せない。


 「あとねー。"キレイになーれ、キレイになーれ"って唱えながら洗うと、汚れがキレイに落ちるよ。オレの奥義ー」

 茜は無邪気な笑顔を浮かべる。


 「・・・」

 環は黙ったままだ。


 茜は天然キャラだが、環は養殖だと疑っている。

 本物のド天然にしてはスキが無さ過ぎるからだ。


 そう・・茜には全くと言っていいほどスキが無かった。


 環が茜屋に足を運ぶのは屯所から近いせいもあるが、それよりこの不思議な主人に興味があった。

 老成した大人が少年の姿を借りてるような、奇妙な違和感に惹かれる。


 環がふと顔を上げると、至近距離に茜の顔があった。


 「わっ・・」

 唇が接触事故を起こすほどの近距離に驚いて思わず声を上げると、茜が身体を反らして環の背後に手を伸ばす。


 環の後ろに置いてある布を引っ張って手に取ると、ニコリと笑った。

 「どうしたの?そんなビックリ顔しちゃって」


 「えっ?・・あ・・いえ、なにも」

 身体から一気に力が抜ける。


 時々・・こうゆうことがある。

 茜屋に来ると、環はいいようにからかわれてしまうのだ





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ