第二百十五話 おふくろの味
1
奥座敷から、南部と源三郎が出て来た。
見ると・・大助も後に続いている。
「大助くんは、ええがら」
「お前は寝てろ」
南部と源三郎に言われても、大助は曖昧に笑って戻ろうとしない。
「待だせだな、沖田くん」
南部が声をかけると、沖田がノッソリ立ち上がった。
「ぜんぜん」
「総司、おめぇも来てたんか?」
大助が源三郎の後ろから声をかける。
背が高いので、源三郎の頭の上から顔が見えていた。
「悪ぃな、わざわざ」
「別にヒマだし」
沖田は素っ気なく答える。
すると・・炊事場から環とミツが姿を現した。
沖田が顔を向けると、ミツが慌てて顔を伏せる。
源三郎がミツに声をかけた。
「ここのお手伝いの人ですかな?」
「へぇ」
ミツが顔を上げる。
「わしは井上源三郎と申す。大助の父替わりです」
源三郎が膝をついて丁寧にあいさつすると、ミツが慌てたように深々と頭を下げた。
「へ、へぇ」
「面倒をかけて申し訳ない」
「な、なんにもどす」
「オッサン・・もういいからさ~」
年寄りの長い挨拶を、大助が切り上げる。
ミツの方に目を移した大助の視線が止まった。
ミツの目が・・泣いたように赤くなっているからだ。
「環ちゃん、オレたちぁ先に帰ぇる」
源三郎が声をかけると、環が頷く。
「はい」
源三郎に続いて、板の間から降りようとした沖田に大助が声をかけた。
「おめぇ・・おミツちゃんになんか言ったか?」
「あ?」
そのまま沖田は黙り込んだが、立ち上がって答える。
「別に」
「・・鬼」
大助が軽く責める口調でつぶやくと、沖田が居心地悪そうに首をすくめた。
「ったく・・どいつもこいつも~」
2
薫はゴローに料理を習っている。
今日はきんぴらごぼうだ。
平成でもメジャーな家庭料理なのだが、美味しく仕上げるのはけっこう難しい。
子どもウケする料理でないので、薫はあんまり作ったことが無かった。
「ゴローさんの料理って、ほんと美味しいですよね」
薫は味見係になっている。
「うふふ、嬉しいわね。そう言ってもらえると」
ゴローはテキパキと手を動かす。
(この時代って調味料も限られてるのに、なんでこんな美味しいんだろ?)
薫はモグモグつまみながら、ゴローの手元を覗き込む。
「おふくろの味って、こーゆーのかな・・」
薫がボソリとつぶやくと、ゴローが不思議そうな顔で訊いた。
「おふくろの味?」
「うん。きんぴらごぼうとか、肉じゃがとか、ふろふき大根とか」
「にくじゃが?」
ゴローに訊き返されて、薫が慌てて誤魔化す。
「あ・・ううん、なんでもない」
「アンタ、たまに分かんないこと言うわね」
ゴローはフンフン鼻歌を歌いながら、お皿に盛りつけを始めた。
「・・なんだか園長先生、思い出すなぁ」
薫がつぶやくと、ゴローが顔を向ける。
「エンチョー先生?」
「うん・・あたしのお母さん替わり」
薫は園長先生が大好きだった。
だが・・独り占めは出来ないので、子供ながら甘えたくても我慢していた。
そうしていると中学に入る頃には寂しいと感じることも無くなり、心のどこかが冷めてしまっていた。
「薫みたいな娘がいたら楽しいわよね」
「えっ?」
ゴローの言葉に薫が驚く。
「ほ、ほんとに?」
「なによ、嘘ついたって仕方無いじゃない」
薫は嬉しくて、頬が紅潮する。
(娘か・・)
薫は勇気を出して、ゴローの腕に自分の腕をからませた。
2人、目が合ってニッコリ笑い合う。
(もしかして、こんな感じなのかなぁ・・世の中のお母さんって)
薫は少しテレながら考えていたが・・ぜんぜん違うに決まっている。
3
それでもやっぱり・・現代の料理が恋しくなる。
薫は奥庭にしゃがみこむと、木の枝で地面に落書きを始めた。
ショートケーキ、シュークリーム、エクレア・・
絵心が無いので、どれもみな実体からかけ離れている。
すると・・突然後ろから声をかけられた。
「なんだ?水脈でも探してるのか?」
驚いて振り向くと、土方が立っていた。
いつの間にか後ろに立って覗き込んでいたらしい。
「え?」
(なんで水脈?)
薫は慌てて立ち上がる。
「違います。・・絵をかいてて」
「絵?そのモジャモジャが?」
土方は不思議そうに見下ろした。
確かに・・ガタガタの三角形 (ショートケーキもどき)と、亀の子ダワシ(シュークリームもどき)と、ゲジゲジ(エクレアもどき)が、並んで描かれている。
土方は真剣な表情で見下ろした。
「いったいなんだ?こりゃ」
「シュークリームです」
土方の指さした先を見ながら、薫が答える。
「しゅうくりぃむ?」
首を傾げている。
「・・こっちは?」
「エクレア」
土方はますます変な顔をした。
「おめぇ・・オレをナメてんな」
「はぁ」
言われてみれば・・ナメてるかもしれない。
否定もしない薫を見て、土方が不機嫌な顔になった。
「一体なんだ?その・・えくれあってのは」
「え~と・・」
説明のしようも無くて、薫は困ってしまった。
「・・土方さんになんか言ったって、どーせ分かんないし」
「・・なんか?・・どーせ?」
土方があからさまに不機嫌な顔になる。
(ムカつくぜ、こいつ・・ムカつくぜー)
土方の発する負のオーラは、薫に全く届いていない。




