第二百十三話 見舞い
1
結局・・大助は南部診療所の奥座敷でそのまま寝込んでしまった。
気の利いたミツが生姜湯や梅干し入りの湯漬けなどを用意して枕元に運んでいる。
南部が奉行所に使いを出したところ「そのまま預かってくれ」との返事だった。
環が奥を覗いた時には、大助はクゥクゥと寝息を立てていた。
(ま・・ここにいれば安心だよね)
ホッとすると、静かに襖を閉める。
屯所に戻ると、偶然、道場から出て来た沖田と出くわした。
稽古中の一休みである。
大助が熱を出したことを伝えても、沖田の返事は素っ気ない。
「大助が熱?またかよ~」
意外だが・・大助はちょくちょく風邪をひいたり、腹を下したりしている。
「仕事で疲れてるんでしょうね」
環の言葉はアッサリと否定された。
「生活態度が悪過ぎんだよ」
沖田の言う通り、大助の生活は褒められたものではない。
いったい・・いつ寝ていつ起きてるのか分からないし、どこまで仕事でいつ休みなのか分からない不規則さだ。
食事は蕎麦や握り飯などを早食いで済ませ、寝る前には晩酌でほぼ毎日のように深酒している。
『死ななきゃいいや』程度の健康管理しかしないので、しょっちゅう体調を崩している。
おまけに・・倒れるまで放ったらかしにするので重症化するのが常だった。
沖田が面倒臭くさそーにつぶやく。
「ま、様子見に行ってみるか・・源さんと一緒に」
2
翌日・・診療所に沖田と源三郎が揃って顔を出した。
「よぉ、先生。大助が知恵熱で寝込んだって?」
ニヤニヤ笑いながら沖田が玄関をくぐる。
「おう、沖田くん。源三郎さんも」
南部が嬉しそうに板の間の端に出た。
「どうも、先生」
源三郎が丁寧に頭を下げる。
「大助のやつが迷惑かけちまってるみてぇで」
源三郎は京で大助の父替わりだ。
「なんもだ。先ず上がってけれ」
南部に促されて、2人が板の間の上がった。
「そっちの部屋で寝でる。まだ少し熱残っでるがら」
南部が奥の座敷に目をやる。
昨夜は高熱になったが、今日は少し下がっている。
「いいかい?」
源三郎が訊くと、南部が頷いた。
「ああ、もう大分落ち着いたべ」
奥座敷に入っていく源三郎に続いて沖田が入ろうとすると、後ろから南部が声をかける。
「沖田くんはダメだべ」
沖田が足を止めて振り返る。
首を傾げると、南部が頷いた。
「大助くんの風邪移っだらどうすんだ」
結核を患っている沖田が、風邪をひいて拗らせるとやっかいだ。
「・・・」
諦めたように息をついて、沖田が座り込む。
中に入るのは諦めて、源三郎を待つことにしたらしい。
南部は安心したように笑うと、沖田の前に座った。
「仕事中だったんが?」
沖田も源三郎も隊服姿である。
「見廻りで近くまで来たもんで、ちょっと寄ったんです」
素っ気なく答える。
「んだが?」
南部は軽く言って立ち上がった。
「お茶、淹れるが」
同時に、炊事場の戸がガラガラと開く。
ミツが姿を見せた。
沖田が振り向くと、ミツが驚いたように目を開いた。
3
沖田も・・驚いていた。
考えれば、ここに来ればミツと顔を合わせる可能性は高いのだが、全く念頭に置いてなかった。
剣術以外は脳が寝てるので、簡単に地雷を踏んでしまう。
「沖田はん・・」
ミツの口から言葉がもれる。
(やべ・・)
沖田が振り向いたまま固まった。
「ちょうどえがったなぁ。おミツちゃん、お茶淹れでけるが?」
南部が声をかけると、ミツが慌てて顔を上げた。
「あ・・へ、へぇ」
炊事場にまた姿を消したミツの様子を見て、南部が首を傾げる。
「なしたべ?」
ふと視線を落とすと、黙り込んでいる沖田の顔が目に入った。
「あ・・」
その声で、沖田が顔を上げる。
「あちゃあ・・そうが、そうが。いや~、マズがったがな」
南部が小声でつぶやいた。
ミツが壬生川で入水騒ぎを起こしたのは、沖田への片恋が原因であることを吉岡から聞いて知っている。
「ま・・しゃあねぇべ」
腕を組んで見下ろす。
沖田は黙ったままだ。
南部は息をついて、奥座敷の襖に手をかけた。
「大助くんの様子どご見で来るがな」
そのまま姿を消したので、板の間には沖田が一人で残された。
すると・・
炊事場の戸が開いて、お茶を載せたお盆を手にミツが入って来る。
「あれ・・先生は?」
ミツがキョロキョロすると、沖田が親指で奥座敷を差した。
「大助んとこ」
「ほんま」
湯気が立った湯呑を2つ沖田の前に並べる。
「お茶淹れて来たんやけど」
沖田が湯呑をひとつ手にして、お茶をすする。
「あったけー」
ミツがクスクス笑い出した。
「なら2つとも沖田はん飲んでぇな」
「うん」
沖田は素直に頷いてコクコク飲んでいる。
一息ついて顔を上げた。
「おミツちゃん」
「え?」
沖田がお茶を飲むのをボンヤリ眺めていたミツは少し慌てる。
「な・・なんどす」
「あのさぁ・・強ぇオトコなんか、そんなもんアチコチにいるぜ?」
「え?」




