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第二百十一話 素人剣術


 隣りの座敷が空いたので、女子5人(オカマ3人含む)がそっちに席を移した。


 薫と環は煮詰めたタニシをオカズにご飯を食べ始めた。


 「美味しいね」

 「味噌煮だ、コレ」

 「生姜も入ってるみたい」


 思いのほか、タニシ料理は美味かった。


 「でしょ?冬はなかなか獲れないのよね。田んぼの下の方に潜っちゃってるから。酢味噌和えなんかも美味しいわよ~」

 ゴローもニコニコしながら箸を進める。


 「アタシ田舎じゃ、夏になるといっつもタニシ獲りしてたわぁ」

 「田んぼに行くとワンサカ獲れるのよね~」

 シュウとレンも嬉しそうに食べている。


 「へぇー・・」

 薫は首を傾げた。


 どうやらタニシ料理はこの時代のメジャー料理らしいが、薫は食べたことがない。


 屯所に卸す食材は基本的に薫が選ぶことが多いのだが、調理経験の無い食材は敬遠していた。

 出入り業者は鯉やドジョウなどを勧めてくるが、下ごしらえの仕方も分からないのでつい断ってしまっている。


 (そっか・・江戸時代の料理を覚えようと思ったこと無かったな)


 考えてみれば、今まで平成時代の料理を再現することばかりに血道を上げていた。

 だが・・手に入りやすい食材を生かした方が理に適っている。


 (・・郷に入っては郷に従えって言うもんね)


 「ねぇ・・ゴローさん」

 薫が箸を止める。

 「あたしに料理教えてもらえないかな?」


 薫の唐突な申し出に、ゴローが目を開く。

 「ど、どしたのよ。いったい」


 「ゴローさん、お料理得意でしょ?」

 「得意ってほどじゃないわよ。好きなだけ」

 ゴローが謙遜すると、薫が顔を前に出した。

 「あたし、この時代の料理って知らないから。ちょっとずつ覚えていきたいんです」


 「・・またなに言ってんのよ。イミ分かんないわね」

 ゴローが困ったように首を傾げる。


 (なんでもかんでも、平成時代が江戸時代に勝ってるってわけじゃないんだよね)


 いつの間にか食べ進めて・・お膳の皿はキレイにカラになっていた。






 沖田は薫と環の稽古を見ている。


 普段は練習メニューを言い残すと、とっとといなくなるのだが、この頃は2人の稽古を見ていることが多い。

 (※別にスケベな目で眺めてるわけではない)


 (なんつーか・・)

 沖田は首をヒネッた。


 薫と環が真剣で素振りを始めると、その所作に見惚れる時がある。

 上手いわけでも、剣術のセンスがあるわけでもないド素人の2人の素振りに、なぜ気を取られるのか自分でも不思議だった。


 あぐらをかいて膝の上で頬杖をつき、頭を掻いている。

 (なーんか・・真っ直ぐってカンジなんだよなぁ)


 沖田は撃剣師範なので、隊士の稽古の指導をしているが、薫と環の稽古は他の隊士とまるで違って見える。


 新選組は徹底した実力主義なので、隊士達が稽古にかける気合いも意気込みも凄まじい。


 薫と環は違う。


 名を上げようととか手柄を立てようという野心は持ち合わせていないし、真剣を使って人を傷つけるつもりもさらさら無い。

 自分と誰かを守るためだけに剣を振っているのだ。


 ひたすら無心に剣を振り下ろす姿は、見ていると心が清々しくなる。


 (なんか・・ガキん時の稽古を思い出すんだよなぁ)

 沖田がボンヤリ考えていると、入口から声をかけられた。


 「よぉ、ここにいたのか」


 振り向くと・・入口に大助が立っている。


 「なんだよ、今日はどうした?」

 またなにか騒ぎでも起きたかとウンザリした声を出すと、大助が中に入って来た。

 「孝明天皇の埋葬の日取りが決まったからな。警備の打合せに来たんだよ」


 大助が沖田の隣りに腰を下ろす。

 「車には新選組と桑名藩がつく。奉行所は町の警備にあたる」


 「ああ・・」

 朝の打合せの席で、土方がそんなこと言っていた。


 「へぇ・・」

 大助は面白いものを見るような顔つきで、薫と環の素振りを見物している。

 「おもしれぇな。箸にも棒にも掛からねぇ素人剣術なのに、なんつーか・・良い太刀筋じゃねぇか」


 沖田は白けた顔で頭を掻いた。

 「・・そうか?」






 孝明天皇の埋葬が無事に終わると、町は一息ついたように元の姿に戻った。


 「おはようございます」

 環が元気よく声をかけて戸を開けると、奥に座っている南部が顔を上げる。

 「おう、ひさしぶりじゃなぁ。環ちゃん」


 南部はここしばらく体調を崩した会津候に付き添って黒谷に泊まり込んでいた。


 「会津のお殿様は良くなられたんですか?」

 環は板の間に上がって腰を下ろす。


 「天皇の埋葬が決まってがらぁ、気力で起ぎ上がってなー。病は気がらっちゅうけど、あんま無理しねで大人しぐ寝ででけでればなぁ」

 南部は眉をひそめる。


 「吉岡先生は・・往診ですか?」

 「おう、守護職屋敷がら呼ばれでな」


 すると・・奥の障子が開いた。

 「先生、お茶お持ちしましたえ」


 おミツである。


 「あ」

 「こ、こんにちは」

 環がミツと顔を合わせるのは、かなり久しぶりだった。


 「環はんにも今、お茶お持ちしますさかいに」

 言いながら立ち上がるミツに、環が声をかける。

 「あ・・あの、お構いなく」


 「ええから、ええから」

 南部とミツが異口同音で答えたもので、2人は見合わせて笑った。


 (おミツさん・・すっかりこの診療所に溶け込んでるなぁ)

 環は幾度か接するうちに、ミツの美点を多く目にしている。


 働き者で気が利いてる上に、出過ぎることなく控えめに下働きに徹している。

 性格も明るくて気立ての良い『どこに出しても恥ずかしくない』娘さんだ。


 とても・・"入水"などという過去を持っているようには見えない。


 お茶を淹れて戻ったミツは、お盆に菓子皿を載せていた。


 「先だっていただいた煎餅どす」

 「まだあっだんが?もうしけっで食えねべ」

 「しけったぐらいが美味しいんどす」

 「煎餅は焼き立てのパリパリでねどな」


 南部としゃべっていたミツが、突然、環の方に向き直った。

 「環はん、試しに食べてみとって。美味しいと思うんやけど」


 「え、あ・・はい。いただきます」

 環が手を伸ばして煎餅を口に運ぶ。

 「美味しいです。お醤油が染みてて」


 「ほらなぁ、いっぱい上がってぇな。環はん」

 ミツは心底嬉しそうに笑った。


 (おミツさんって・・女の子の理想形って感じだなぁ)

 環はミツの笑顔に見惚れた。 

 



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