第二百十話 品書き
1
環の診療所通いはランダムである。
南部の都合を聞いて、次に来る日を決めている。
今日は診療所に行かない日なので、みんなで飯屋に行くことになった。
原田のオゴリである。
正月の花札で薫にボロ負けして、昼飯をオゴる約束手形が溜まっていた。
いっそみんなにオゴって、まとめて借金を清算しようということになった。
つまり、原田のオゴリで薫がみんなにご馳走するのだ。
永倉、原田、沖田、斎藤、藤堂、ゴロー、レン、シュウ、環、薫の、総勢10人でゾロゾロと飯屋にに向かう。
道には薄く雪が残っているが、空は快晴だ。
「にしても・・パーッとオゴるとか言っといて、飯屋かよ」
先頭を歩く永倉がぼやく。
「うっるせーな。タダ飯食うのに文句言うなよ」
後ろを歩く原田が、永倉の背中を小突いた。
「あたしは楽しみー、美味しいって聞いたから」
薫は足取りが軽い。
「まぁまぁかな・・」
沖田が薫の隣りに並んだ。
「汁物がうめぇよ」
斎藤が頭の後ろに両手を組む。
「何食べようかなぁ」
環がつぶやくと、藤堂が横に並んだ。
「品書きは2つしかねーぜ」
「2つだけ?」
「ああ。日替わり定食と今日のオススメ」
「そうそう」
斎藤も隣りに並んだ。
「ま、どっちもあんま変わんねーけどな」
そうこうしているうちの飯屋の看板が見えて来た。
2
「"飯屋"・・そのまんまだ」
薫がつぶやく。
看板には、その名の通り『飯屋』と書かれている。
「ヒネリ無いね」
環は笑ってしまった。
「入ろうぜ」
永倉がのれんをくぐる。
それに続いてゾロゾロと店内に入ると、昼時は過ぎているのに店の中はまだ混んでいた。
「おいでやす~」
奥の炊事場から忙しげに店の男が出て来る。
器用に両手に膳を載せていた。
「お座敷空いてますで~」
言いながら男はテキパキと配膳をする。
見ると座敷の一角が空いていた。
詰めれば10人無理矢理座れそうだ。
永倉たちがギューギュー詰めで座敷に上がるが、薫と環は土間に立ったままだ。
「どうした?ホラ、座れって」
永倉に催促されて、2人は板の間に腰をかけた。
「ここでいいです、わたしたち」
正直、一番手前に座っているレンやシュウと身体を密着させるのは抵抗がある。
心は女なのかもしれないが、オカマはやっぱり身体は男なのだ。
「なんにする?」
永倉に促されて、薫と環が顔を上げる。
「えっと・・」
すると、店の男がお茶を淹れた薬缶と湯呑を載せたお盆を手にやってきた。
「ご注文は?」
「オレ"今日のオススメ"」
「オレぁ"日替わり定食"」
「アタシも"オススメ"にしよ~っと」
「"日替わり"にすっかなぁ~」
みなが順々に注文をすると、残るは薫と環の2人である。
「えっと・・わたし、日替わり定食で」
「あたし、今日のオススメにしてみる」
「日替わり5人前とオススメ5人前でよろしおすか」
注文の確認を取って、店の男が奥の炊事場に姿を消した。
3
「おまっとさんどしたぁ」
さして待たされることもなく、膳が運ばれた。
一番手前にいる薫と環が膳を受け取って、奥へ手渡す。
「あれ?」
「なんか・・」
2人同時につぶやいた。
「どしたい?」
原田に声をかけられて、薫が顔を上げる。
「あの・・全部同じのが来てますけど」
店の男から手渡された膳には、同じオカズの皿と小鉢が載っていた。
「お店の人、間違ったのかな?」
環が頭を傾げると、斎藤が首を伸ばす。
「間違ってねーよ。おめぇが持ってんのが日替わり定食だ」
「え?でも・・どっちも同じですよね?」
環の問いに、沖田がボソリと答えた。
「良く見ろよ。味噌汁の具が違うぜ」
「え?」
言われて、2人が覗き込む。
確かに・・環の味噌汁には大根が入っているが、薫の味噌汁は豆腐だった。
「味噌汁の具・・?」
「普通・・メインのオカズが違うもんじゃないの?」
腑に落ちない顔でつぶやくが、男達は我関せずで先に食べ始める。
「お、今日はタニシかぁ。今の時期にゃあ、珍しいよなぁ。オレ好物」
永倉がホクホクしながら箸を進める。
「新八っつぁん、タニシでいっぺん虫わいたことあったよなー」
藤堂がつぶやくと、永倉が遮る。
「うるせーよ、平助。イヤなこと思い出させんな」
「タニシ・・?」
「虫・・?」
薫と環の箸が止まった。
「あら、どしたの?タニシ食べれないわけじゃないんでしょ?」
ゴローに訊かれて、2人は顔を見合わせる。
「いや・・それ以前」
「食べたことないから」
他のみんなが驚いたように目を向けた。




