第二百六話 内緒話
1
「・・なんのことですか?」
異口同音。
「いま言ってたじゃねぇか。たいむわーぷは夢だとかなんとかって」
大助が腕組みして、シンの方を向いた。
「・・言ってませんけど?そんなこと」
シンが『ナニ言ッテンノ?コノ人』という顔で大助を見る。
「・・いやあの」
言いかけて大助は止めた。
言い張るのも、大人げないかと思ったのだ。
「ま・・別にいーけどよ」
ボリボリと頭を掻いて、ブツブツつぶやく。
すると、板の間から声をかけられた。
「なにやってんだよ、大助」
沖田である。
寒いので、薫に甘酒を作ってもらおうと炊事場に来たのだ。
「よぉ、あけましておめでとう」
大助が沖田の方を見上げる。
「なにがめでてーんだよ」
愛想の無い答えを返しながら、沖田が土間に降りて来た。
「なんか用か」
「新年のご挨拶だよ」
大助がトボけた口調で答えると、沖田が突っ込む。
「おめぇが、それだけでわざわざ足運ぶわけねぇだろが」
大助が洗い場の台に、寄りかかるように軽く腰をつけた。
「四条橋の袂で斬り合いがあったって聞いてなぁ」
チッと沖田が舌打ちする。
「・・もう耳に入ってんのかよ」
「あたりめぇだろ。あんな目立つとこで立ち回りしちゃあな。見かけたやつぁ大勢いるんだよ」
新選組に関する騒ぎが起きると、ぜんぶ大助に押し付けられるのだ。
沖田が息をつく。
「部屋に行こうぜ」
「おう」
洗い場の台から腰を離し、大助が沖田に続いた。
「四条橋っつったら、おめぇら・・祇園で遊んだ帰り道なんじゃねーのか」
「・・うっるせーな」
沖田がボソリとつぶやく。
「おめーこそ、祇園の芸娘とシッポリじゃねぇか」
「ああ?」
沖田に続いて、板の間に上がった大助がキョトンと声を上げた。
「・・月乃だよ」
沖田が低い声で大助に耳打ちする。
「おめぇ、花やって散々負けたんだってな。しかも床入り賭けて」
「・・っ」
大助が忌々しそうに舌打ちをした。
「その話は後だ。部屋行こうぜ」
「へぇへぇ」
大助に小突かれて、沖田が足を速める。
板の間に腰かけていた環にだけ、2人の内緒話が聞こえていた。
(月乃さんって・・あの、湯屋で井上さんに抱き付いてた人だよね)
2
「まず、おめぇらの立ち回りのいきさつから聞こうじゃねぇか」
沖田と向かい合わせで、大助があぐらをかいた。
「・・オレじゃなく、新八っつぁんに訊けよ」
沖田はだらしなく片膝立てている。
「斎藤とオレは寝ちまってたから・・分かんねぇや」
「なんだ?それ」
大助が眉をひそめると、沖田が横を向いた。
「寝てるうちにコトは終わってたんだよ」
「・・酔いつぶれてたってことか?」
大助は呆れたような声だ。
沖田は黙ったまま、頭を傾げてポリポリ掻いている。
「・・相手が誰だかは分かってんのか?」
大助が息をついた。
「勤王党の那須盛馬だってさ。今は・・片岡源馬って名乗ってるらしいけど」
「勤王党の那須?」
大助が目を開く。
「ああ。もう一人は誰なのか分からねぇ」
沖田の答えを聞いて、大助がつぶやいた。
「おそらく・・十津川の中井庄五郎だ」
「え?」
今度は沖田がを目を開いた。
「十津川の中井って・・」
「去年、新選組の隊士を殺害した・・あの中井だよ」
大助は真面目な顔で答える。
「中井は那須の護衛役なんだ。・・京に来てたとはな」
「・・・」
「逃がした魚はデカイってこった。土方さんに言っとけよ」
大助の茶化す口調に、沖田が苦い顔をした。
「・・さっき散々言われた」
「おめぇと斎藤と新八っつぁんがいて取り逃がすなんざぁ、笑える話だぜ」
大助は面白がっている。
沖田が黙ったままでいると、廊下から声が聞こえた。
「あのぉ、入ってもいいですか?」
薫の声だ。
3
「ああ」
沖田が答えると、障子がスラリと開いてお盆を手にした薫が立っている。
中に入ると、お盆の上から湯呑を大助に手渡した。
「甘酒です。あったまりますよー」
沖田が炊事場に現れる時は、甘酒を作って欲しい時なのだ。
「はい、沖田さん」
沖田にも湯呑を手渡すが、大助に渡した甘酒よりさらに色が白い。
「なんかオレのと違うよーな・・」
大助が湯呑の中を覗き込みながらつぶやく。
「沖田さんの特別なんです」
最近、沖田の甘酒はバージョンアップして、漢方薬を入れた他に、牛乳で割るという濃厚タイプになっている。
「・・えこひいき丸出しかよ」
言いながら、大助が甘酒を飲む。
「うま・・メッチャメチャ美味いじゃねぇか、この甘酒」
「菱六さんに特別に作ってもらってるんです」
薫が嬉しそうに答えると、大助が顔を上げた。
「・・菱六?」
月乃の言葉を思い出す。
("菱六の若旦那は初音姐さんにメロメロやから")
「・・へぇー」
薫がいなくなると、大助が廊下の方に目をやりながらつぶやいた。
「ますます可愛くなってんなー、薫ちゃんも環ちゃんも。おめぇも気が気じゃねぇだろう」
「別にぃ」
沖田のリアクションは薄い。
「色気のねぇやつだな」
大助のからかうような口調を沖田が遮った。
「色気がねぇのはおめぇだろ」
「なんだよ?」
「月乃がボヤいてたぜ。"馴染みの女は作らねぇ"と言われたってな」
「・・っ」
大助は横を向くと、袖から結び文をを出して畳の上にポンと置いた。
「なんだ?これ」
沖田が目の前に置かれた文(ふみ)を覗き込むと、大助が横目で見る。
「文だよ。月乃からの」
「あん?」
「あれから毎日、役所に届くんだ」
「へぇー、お安くねぇな。おめぇも」
沖田が面白そうに手に取った。
「そんなんじゃねーよ。中身見てみろって」
大助が低い声でつぶやく。
沖田が結び文を開いて目を通すと、眉をひそめた。
「なんだ?こりゃ」




