第二百四話 お屠蘇
1
「キレイな顔してキツイこと言う女って、メチャメチャ可愛くねぇか」
原田の言葉に誰ひとり賛同しない。
「おめぇの趣味はオカシーよ」
永倉がボソリとつぶやく。
「そーいやぁ・・」
藤堂が思いついたような顔をした。
「左之さん、環にメチャ甘いもんなー」
「ああ・・」
部屋の全員が「そーいえばそうだ」という表情である。
「環もキッツイからなー」
斎藤が天井を向く。
「そこが可愛いーんだよ」
原田がヘラヘラ笑った。
「言葉遣いはお嬢っぽいのに、言ってる内容がエグイってとこがたまんねぇー」
「変態・・」
島田がつぶやく。
「いっかい顔面にゲンコツかまされたけど・・もう2・3発食らっても良かったなぁ。あの可愛い手で」
原田は楽しそうだ。
「左之・・おめぇ、いっぺん医者に診てもらえ。カラダじゃなくてアタマな」
永倉の言葉に、隣りの島田が頷いた。
すると・・島田が、ふと思い出したような顔をする。
「そーいや・・伊東さんが今度ぁ九州行くようじゃね」
島田の突然の言葉に、全員が驚いた。
「はぁ?九州?」
永倉が声を上げると、島田がうるさそうに指を耳に入れる。
「そうだがね。篠原から聞いたに。久留米藩に逗留して情報集めだに」
「久留米・・」
沖田がつぶやく。
久留米藩は西国の中でもバリバリの佐幕派で、藩内の尊王攘夷論者を徹底的に弾圧していた。
「伊東さんと篠原と2人で行くのか?」
原田が訊くと、島田が首を振る。
「うんにゃ。伊東さんと行くんは新井と寺田だに。篠原は残留じゃね」
「新井さん?」
原田が眉をひそめる。
伊東道場の一門以外にも、伊東のシンパが隊内で増えているのかもしれない。
「平助。おめぇは、知ってたか?」
原田が訊くと、藤堂は少し沈黙した後で答えた。
「はい」
2
翌1月9日。
祐宮(さちのみや/後の明治天皇)が天皇即位。
薫と環はいつも通り炊事場で朝餉の片付けを手伝っている。
「明治天皇即位かぁ・・」
薫がつぶやいた。
「しーっ、薫。"明治"って言葉出しちゃダメだよ」
環にたしなめられて、薫が慌てて口籠る。
「ご、ゴメン」
慌てて話題を変えた。
「そう言えば、沖田さん。酔いつぶれるくらい呑んだのに体調崩してないみたい」
「だって、お屠蘇でしょ?」
環の言葉に、薫が眉をひそめる。
「え~と、オトソって・・ひな祭りに飲むやつ?」
「それは白酒。お屠蘇はお正月に呑む邪気払いのお酒だよ」
「へぇー」
薫が感心した声を出す。
「お屠蘇って日本酒と味醂に生薬を漬け込んでるの。使う生薬によって色んな効能があるんだよ。味醂が入ってるから甘くて飲みやすいし。ま・・匂いが苦手な人もいるけど」
環が詳しく説明する。
元の時代では、お正月に雨宮の母がお屠蘇を作っていた。
雨宮の父は母の手製のお屠蘇が大好きだった。
「ふーん・・」
薫は、なるほどという顔つきだ。
(それで沖田さん、深酒したのに体調崩してないのか)
「お屠蘇かぁ・・今度作ってみようかな」
薫がつぶやくと、環が笑って答える。
「いいんじゃない?沖田さん、よく部屋呑みにも引きずり込まれてるから。生薬だったら、わたしも少し分かるし」
「うん。七郎に訊けば、作り方知ってると思うから訊いてみる」
薫はほとんど毎日のように菱六に通っているが、年が変わってからまだ足を運んでいなかった。
「今日はどこのお店も忙しそうだから、明日行ってみよ」
薫は単純なので、お屠蘇のことで頭が一杯だ。
(お屠蘇かぁ・・体調が悪くならないお酒なんて夢みたい)
3
「菱六がお気に入りみたいだね」
環が薬缶で沸かした湯をたらいに張った。
「うん。オモシロイもん。プロの職人さんの話聞いてると勉強になるし」
薫はたらいに水を差してお湯の温度を調整する。
菱六が新選組に卸している食品は多岐に渡る。
味噌、醤油、味醂、米麹、麹納豆、酒各種、酒粕、それに甘酒も加わった。
職人はみな勉強家で知識も豊富、話を聞いてるだけで料理の参考になる。
「うんしょっ」
薫と環が大量のお手拭きをたらいに入れて上から押し込んだ。
「よし。このまましばらく漬けておこう」
漂白替わりに、汚れた布を灰湯に漬けておくのである。
1日も置けば匂いも汚れもスッキリ落ちる。
「あ~でも、やっぱり石鹸あればいいなぁ」
環がつぶやく。
いまだに石鹸の試作は失敗続きだ。
環がたらいを見ながら、ふとつぶやいた。
「そっかぁ・・プロに訊けばいいのか」
「ん?どしたの?」
薫がのぞき込むと、環が勇んで振り向く。
「石鹸はシャボンだから、シャボンのプロに訊けばいいんだ」
「シャボンのプロ?」
薫が首をヒネる。
「うん、クリーニング屋さんだよ。何か石鹸のこと知ってるかも」
環の言葉を聞いて、薫が一瞬沈黙した。
ポツリとつぶやく。
「クリーニング屋さん・・あるの?江戸時代に」
「伊東さんがよく、着物のシミ抜きとか洗い張りとか出してるみたいだから。らしきものはあると思う」
環は珍しくテンションが上がっている。
「伊東さん、最近ほとんど屯所にいないみたいだけど・・」
薫が首を傾げる。
近頃、伊東はでかけてばかりだ。
「そのうち、とっ捕まえて訊いてみよ」
環がつぶやくと、突如、背後から声をかけられた。
「伊東さん、九州に行くみたいだから早めに訊いた方がいいぜ」
驚いて振り返ると・・いつの間にか板の間にシンが立っていた。




