第二百三話 逃がした魚
1
「チッ」
忌々しく舌打ちをしながら橋の袂に戻ると、正体なく酔いツブれている沖田と斎藤を見下ろす。
「・・おいっ」
足で2人の脇腹をつついた。
「おいって!」
「ん?」
「うーんん・・」
2人がゆっくりと身体を起こす。
沖田がキョロキョロと辺りを見渡した。
「え~と・・どーなったんでしたっけ?」
斎藤が頭を振っている。
「う~・・頭痛ぇ、ケツが冷てぇ」
2人の着物は雪まみれだ。
「うぇ~、地べたに寝るとかありえねぇし」
立ち上がると、沖田が着物の雪を払い落とす。
「ところで新八っつぁん、さっきの2人どう・・」
言いかけた言葉が途中で途切れた。
永倉が沖田の顔面に雪をメッチャリつけたせいだ。
「うひゃっ」
沖田が声を上げて、顔面についた雪をはらい落とす。
ペッ、ペッと、道に唾を吐いた。
それを見ていた斎藤が、背を向けてソロソロと立ち上がる。
「おい」
永倉が斎藤の襟首を掴む。
そのままもう片方の手で、斎藤の顔にも雪の塊をこすりつけた。
「うひゃっ、つめてっ」
斎藤が肩を丸めて雪を払い落とす。
「目が覚めたかよ」
永倉が低い声で言うと、沖田と斎藤が顔を見合わせた。
「え~と・・さっきの2人は?」
「逃げた」
永倉が苦い顔で答えると、斎藤と沖田が声を上げる。
「え~っ、仕留められなかったんすかぁ?」
「あちゃぁ~」
「うーるせ!転がってたおめーらにゃ言われたくねーよ」
永倉がゴモットモなことを言ったので、沖田と斎藤はそのまま黙り込んだ。
2
翌日は、近藤のお小言から始まった。
「いいか、酒を呑むなとは言わねぇ。だがベロベロになるな」
部屋には、土方、永倉、沖田、斎藤の4人だ。
昨夜の斬り合いの報告をしたところ、別室に呼ばれてしまった。
「左之といい新井といいオメェらといい」
土方が忌々しくつぶやいた。
三条制札の件を根に持っている。
「オレら別に隊務中に呑んでたワケじゃねぇけどな」
斎藤が面白くも無さそうに言った。
「あたりめぇだ。だが、隊務じゃなくとも、いつ襲われるか分からねぇんだ。足腰立たなくなるまで呑むのはやめろ」
近藤の言葉に3人が黙り込んだ。
「武士たるもの、己を律することが出来んでどうする」
土方は、たまにカッコイイセリフを吐きたがる。
「土方さんは己にキビシイからねぇ~」
永倉が茶化すと、土方が重々しく頷いた。
「当然だ」
「そして他人には倍キビシイ」
沖田がボソリとつぶやく。
「なんだと・・?」
「いえ、なんも」
「いいか、おめぇらが取り逃がした片岡ってヤツは、たぶん・・勤王党の那須だ。名を変えてる」
土方が低い声で言った。
「京に戻ってたとはな」
近藤が目を瞑る。
「土佐藩脱藩してから、あちこちに潜伏してたって聞いたけど」
斎藤が片膝立てて考え込む顔をした。
「孝明天皇が亡くなられたのは、連中にとってまたとない好機だろう」
近藤が眉をひそめる。
「ふん」
土方が忌々しく鼻を鳴らした。
「逃がした魚がデカイってのが分かったか?」
永倉と沖田と斎藤は、黙ったまま横目で視線を合わせる。
「まぁ、言ってもどうにもならん。もういいだろう、トシ」
近藤の言葉を聞いて、土方が息をついた。
3
「勤王党の那須?ホントかよ」
原田が笑いながら言った。
「千載一遇の機会を逃すとはな。しょっぺぇハナシだぜ」
「うるせーな」
永倉が不機嫌な声を出す。
部屋には、永倉、原田、沖田、斎藤、藤堂、島田の6人だ。
狭い室内に無理矢理あぐらをかいている。
特に島田は巨漢なので、両隣りの永倉と原田は上半身を反らせていた。
「そういやぁ・・力さんオススメの芸娘、ありゃなんなんだ」
永倉が横目で見る。
(※力さんは島田のアダ名)
「祇園の初音のことかね?」
島田はトボけた口調だ。
「別にオススメはしとらんがね。"逢ったことない美女"じゃゆうただけだがね」
確かに・・ある意味"逢ったことない美女"だった。
「そんなにキョーレツなんすか?」
藤堂は興味津々のようだ。
女のハナシになるとテンションが上がる。
「激辛遊女。刺激が欲しい時にゃいいかもしんねーけど」
永倉が仏頂面で答える。
「弱り目だとキツイぜ」
「んなこと言って、新八っつぁん・・後半けっこうノッてたじゃねぇですか」
斎藤がシレッとつぶやいた。
「あの姐さん・・鬼みてぇに口悪ぃけど、根っこはどうやら優しいみてぇでしたよ」
沖田の言葉に、部屋の視線が集まる。
「なんだよ・・総司。気に入ったんか?」
原田が艶っぽい目つきで見ると、沖田がゲンナリ返した。
「・・やめてくだせぇ」
「今度、オレが呼ぶわ。その初音って女」
原田が楽しそうに永倉の肩に手を置く。
「顔がキレイで口のワリぃ女・・オレ大好き」
「あーあ・・」
永倉が横を向いて、ボリボリと頭を掻いた。




