第二百二話 遭遇
1
山絹を後にしてから、千鳥足で屯所に向かう。
さっきまで降っていた雪はいつの間にか止んでいたが、空気は凍るような寒さだ。
3人の吐く息が白い。
背中を丸めて震えながら足を進める。
出来れば、酒が抜ける前に屯所に辿り着きたい。
猛烈な眠気が襲っていた。
だが・・こうゆう時に限って逢ってしまうのだ・・。
四条橋が見えてきた辺りで、暗がりに男が2人いた。
袴の片方を上までたくし上げて、寒いのに片足が丸出しになっている。
どうやら橋の袂で放尿をしているらしい。
2人、背中を並べて放出していたが、ちょうど永倉たちが脇を通り過ぎるあたりで作業が終わり、向きを変えた途端にぶつかった。
片方の男と永倉の腕がぶつかって、どちらも少しヨロけた。
どうやら相手も酔ってるらしい。
「ってーな・・」
永倉がつぶやくと、相手が声を上げる。
「ジャマじゃ、ジャマじゃあ~」
かなりゴキゲンなお酒らしい。
「ジャマなのはテメーらだろーが、このションベンたれ」
永倉がムッとして言い返すと、男2人がピクンと眉をひそめる。
「あ?」
そうして・・永倉と沖田と斎藤を、順番に上から下まで見ると、驚愕した表情になった。
「おんしら・・新選組じゃなかかぁ」
言いながら、みるみる形相が変わる。
「あ?」
今度は永倉が眉をひそめた。
「だったら、なんだってんだよ?」
後ろの男が黙って腰の刀に手をかけた。
それを見て、斎藤と沖田も構える。
実はこの2人。
土佐藩脱藩の片岡源馬(元の那須盛馬)と十津川郷士の中井庄五郎である。
片岡源馬は土佐勤王党の残党で、陸援隊結成時には中岡慎太郎と共に参与しており、戊辰戦争では新政府軍の柏崎軍監となる男だ。
(※維新後には明治天皇侍従)
中井庄五郎は過激な尊王攘夷思想の持ち主で、昨年、新選組の隊士を襲撃して殺害しており、後に起こる天満屋事件で命を落としている。
「犬も歩けば棒に当たるって言うけど・・もしかして大アタリかなぁ」
沖田が呂律の回らない口調でつぶやいた。
2
中井が刀を抜いて、前に進み出た。
「片岡はん、逃げたってや。あんたは呑んどる」
「そりゃ、おんしもじゃろうが」
片岡も刀を抜いて前に出る。
「よく分かんねーけど・・どうやら敵みてぇだな」
永倉も刀を抜いた。
「ふん・・2人だけで、新選組組長3人とやり合おうってのか」
「度胸良いよねぇ、キライじゃないなぁ」
「さみぃからさー、とっとと始めよーぜ」
沖田と斎藤も鞘に手をかけようとするが・・。
ドサッ・・ドサッ・・・
重い音が響いて、永倉が後ろを振り返ると・・沖田と斎藤が力無く道に座り込んでいる。
・・酔っ払いが足にキタらしい。
「え?・・おい、なにやってんだよ」
永倉が声をかけるが、反応が無い。
2人とも正体無く沈み込んでる。
「おい、この状況でツブれるか?普通」
永倉は2人を揺り起したかったが、目前の敵に背を向けることが出来ない。
「なんや?」
「どがいしたんじゃ?」
中井と片岡は面白がってるような声だ。
「なんや・・2対1になったみたいやな」
中井が余裕タップリで声をかけてきた。
「るっせーな・・2対3だろーが2対1だろーが変わんねんだよ」
永倉が剣を構える。
「てめーらなんざ、オレ1人でお釣りがくるぜ」
「・・ナメられたもんじゃのぅ」
片岡が剣を構えた。
その瞬間・・永倉が真っ直ぐに斬り込んだ。
キィン・・
片岡の剣と交わった後、すぐ後ろに跳びずさって体勢を整える。
(なんだよ・・こいつも酒でフラフラじゃねーか)
永倉の剣を受け止めた片岡は、バランスを崩してよろめいたが踏みとどまった。
中井が前に出て剣を構える。
「行くぜ」
永倉が低くつぶやく。
(勝利確信)
迷いなく上段から斬り込んだ。
3
しばらく2対1の斬り合いが続いた。
気温は低いのに、汗が滲んでくる。
(こいつら・・けっこう使えんじゃねーかよ)
永倉の呼吸がやや乱れていた。
深く息を吸い込んで、ゆっくり呼吸を整える。
身体を低くして、すくいあげるように斬り込むと、片岡の左上腕をかすった。
「うぉっ」
悲鳴を上げて片岡が後ろに飛び退く。
袖が切れて、血が染みだしていた。
うめき声をあげて腕を押さえる。
庇うように中井が立ち塞がった。
「オレが相手や」
「どっちでもいーぜ」
永倉がペロリと舌で唇を舐める。
すると・・月が雲に隠れ、道端に置かれた提灯だけがボンヤリと灯る薄暗がりになった。
見計らったように中井がすかさず片岡の腕を引いて踵を返す。
形勢不利と判断し、遁走する道を選んだのだ。
「ええか、死にもの狂いで走るんや。片岡はん」
中井の声が暗がりに響いた。
永倉が慌てて廻り込もうとする。
「おい、待てっ」
中井が身体を沈めて道に置かれた提灯に手を延ばし、それを掴んで永倉に投げつけた。
「うぉっ」
提灯が胸にぶつかって、一瞬、蛇の舌のようにろうそくの火が延びる。
着物に飛び散った火の粉を慌てて叩き落とす。
顔を上げると・・片岡と中井の姿は闇の中に消えていた。
慌てて追いかけるが、見つからない。
どうやら闇に乗じて上手く逃げられてしまったらしい。
「・・チッ」
刀を肩に置いて舌打ちをする。
新年早々・・黒星もいいところである。




