第二百一話 初音
1
宴もたけなわ・・斎藤は黙々と呑んでいるが、永倉は初音の肩を抱いてご満悦だ。
「こんな別嬪がいるんだったら、もっと早く来りゃ良かったぜ」
初音はクスクス笑っている。
「ウチ、何度か新選組はんのお座敷に上がらしてもろとるんどすえ」
「へぇー」
新選組はこの時期100名近い隊士が在籍しており、高額な月給を受け取っていたので、仲間同士でよく色里に繰り出していた。
初音が口元に手を当ててクックッと笑う。
「銭払わんとオナゴとよぉ喋れんし、触ることもでけへん淋しい男衆が多いさかい。新選組はんには、よぉ稼がせてもろてます」
(え?)
一瞬の場の空気が凍った。
「けんど・・西も東もお侍はんはみぃんなおんなしやな、アホばっかり。人間最後はシャレコウベやのに、斬ったはったなんて・・しょうもないご時勢や。ホンマ笑ろてまうわぁ」
初音は優雅に笑いながら、永倉にお酌をする。
「えっと・・」
永倉の言葉が途切れた。
(今のって・・)
男3人は耳を疑ってる表情だ。
(・・オレらに帰れっつってんのかな)
(嫌われてんのかな・・それとも単に性格悪ぃのか?このオンナ)
(・・こーゆー接客ってアリ?)
斎藤と永倉と沖田が目で会話する。
「あら?こんキズなんなん?」
初音がふと、永倉の腕に残る傷痕に目を止めた。
「あ?あ、ああ・・これぁ、池田屋ん時の」
言いかけた言葉を制止される。
「あ?武勇伝?あちゃぁ、武勇伝やねぇ。あ~も~、ウチ失敗してしもたぁ」
「えっ?」
「男は武勇伝好きやもんなぁ。おまけにおんなしハナシ何べんもするし、聞くたんびにハナシ膨らんでくしなぁ。辛抱たまらんて」
バッサリ切られる。
「なんや・・都合良う脳内変換しとんねんなぁ」
初音が小さく首を傾げる。
「あの・・ちょっといいですか?」
永倉が、初音の肩に置いた手を下ろす。
「ん?なんですのん?」
「いや・・なんでもねぇ・・です」
出来れば・・芸娘のチェンジをしたいと思ったが、怖くて口に出せなかった。
2
「すんまへん。ウチちぃっと高野参りに」
言いながら、初音が立ち上がる。
(※「高野参り」は「厠に行く」の隠語)
(・・ちょっとじゃなくて、ずーっとどうぞ)
男3人の顔がそう言っていた。
初音が席を外した途端、3人が深く息をつく。
「なんか、やっと普通に呼吸できるカンジだぜ」
「全然酔える気しねーんだけど」
「空気薄くね?・・ここ」
永倉と斎藤と沖田が、初音が出て行った障子の方を眺める。
出来るだけ長く厠で用を足してもらいたいと痛切に願った。
「あの人・・なんなの?」
沖田が隣りの月乃に訊くと、月乃が不思議そうな顔をする。
「なんなのって、なんやのん?」
「いや・・、オレらのこと追い出しにかかってんじゃないの?」
沖田の言葉に、月乃が笑って返す。
「まさか」
「どう考えてもそうとしか思えねーけど・・」
斎藤も沖田に同意した。
「オレ・・なんか憎まれてるような気さえするんだけど」
永倉がつぶやくと、月乃がビックリ眼で見上げる。
「なんでですのん?初音姐さん、ものすご楽しそうやで」
「楽しそう?」
永倉がオウム返しに訊いた。
「そや。今夜は姐さん、いっつもより全然優しいもん」
月乃の答えに、沖田がつい突っ込んでしまう。
「・・いっつもどんな接客してるんですか?あの人」
「そやねぇ・・もーっと真綿で首絞めるみたいにジワジワ追い詰めるカンジやねぇ。お客はんが"もう堪忍して"言うても、手ぇ緩めへんし」
月乃の言葉に、男3人が呆気に取られたように言葉をもらす。
「はぁ・・」
「・・よくそれで茶屋から苦情が来ねぇもんだな」
永倉はなかば感心したような顔だ。
「苦情はたまに来るけんど、初音姐さんのエグイとこが好きや言うお客も多いさかい。置屋のお母はんもあえてなんも言わへんのや」
月乃が永倉に酌をする。
「・・どーゆー趣味だ、それ?」
永倉がゲッと言う顔をした。
「ま、確かに・・人の好みはそれぞれだから」
沖田は妙に腑に落ちたような顔だ。
初音は超がつく美人だが、太夫の位には上がっていない。
万人ウケするタイプじゃないし、評価がハッキリ分かれるのだ。
『絶対ムリです』と『めちゃめちゃツボです』の、どちらかになってしまう。
3
「初音姐さん、あー見えてメチャメチャ優しんやで」
月乃が沖田に酌をする。
「・・どこらへんが?」
思わず聞いてしまった。
あるイミ興味がある。
「ウチが他の姐さん方にイケズな真似されたら、グゥの音も出ぇへんくらい報復してくれるんや」
月乃がにこやかに答える。
「・・あっそう」
その瞬間・・障子がスラリと開いた。
「おまっとさんどしたぁ~。さぁさ、夜はこれからや」
初音が優雅な仕草で部屋に入って来ると、機嫌良く手拍子を叩く。
男3人が思わず居住まいを正した。
失礼な真似をしたら、太鼓のバチでドツかれるような気がしている。
それから軽い緊張感の中、酒宴が続いた。
確かに・・月乃が言った通り、初音は口は(モーレツに)悪いが、サッパリした気質の姉御肌である。
予備知識が無かったので最初は驚いたが、慣れてくると初音が吐く毒もあまり感じなくなっていた。
おかげで後半はフツーに盛り上がり、まぁまぁ楽しい呑み会である。
初音はメチャメチャきついが、時折、細やかな気配りを見せることがあって、そのギャップが(一部の)男心をくすぐるのかもしれない。
(※平成時代だったらツンデレバーのナンバーワンかも)
「そろそろ帰ぇるぜ」
永倉が立ち上がると、初音が立ち上がって耳元に口をよせる。
「また来てぇな、永倉はん」
月乃が斎藤に腕をからませ、肩にもたれかかった。
「斎藤はんも、また来てぇな。ウチ待ってるし」
「あ・・ああ」
嬉しいよーな、怖いよーな・・。
沖田はちょうど、厠に行って戻って来たところだ。
呑み過ぎて、足元がフラついてる。
障子を開いて座敷の様子を眺めると、入口の柱に頭をコツンともたせた。
(なんか分かんねーけど・・けっこうハマってんのじゃねーの?)




