第二百話 山絹
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祇園の茶屋『山絹』の一室。
山絹は祇園の茶屋の中でも幕吏の贔屓客が多く、新選組の隊士もちょくちょく利用していた。
(※吉田屋などは長州系の志士がよく使っていた)
「おっせーな」
永倉が酒を呑みながらゴチる。
「売れっ子なら、ひっきり無しでご指名がくるんで忙しんでしょ」
沖田がノンビリと答える。
「総司、オメェもドンドン呑めよ」
永倉がグイグイ勧めるが、沖田は曖昧な顔で笑うだけだ。
「はいはい、いただきますって」
完全に禁酒してるワケではないが、病気のこともあって酒量はかなり落としている。
だが、このところ体調はかなり落ち着いていた。
夜中に咳き込む回数が減ったような気がする。
(ホントに甘酒って"飲む天敵"なのかな。効果あんのかなー?)
ボンヤリと考えながら、杯に口をつけた。
「うま・・」
思わず言葉がモレる。
沖田が真っ赤なお銚子の蓋を開けて見た。
「これ・・お屠蘇?」
「ああ、みてぇだなぁ」
永倉もノゾキ込む。
「オメェ、口が甘ったるいからなー。"甘いの出してくれ"って頼んだんだ」
「正月の余りモンじゃねーの?」
斎藤が横から口を出すと、永倉に小突かれる。
「なワケねーだろ」
その時、廊下から声がかかった。
「おまっとはんどす」
スルリと障子が開かれる。
芸娘が2人座っていた。
「えらい遅なってすんまへん」
言いながら立ち上がると、ゆったりと座敷に入って来た。
(あれ?)
沖田が顔を上げる。
2
「よー、待ってたぜー」
永倉が声を上げて手招きすると、芸娘2人が優雅な動きで進んでくる。
3人のお膳の前に座ると、手をついてにこやかに口上を述べた。
「初音いいます。よろしゅうご贔屓に」
「月乃いいます。よろしゅうご贔屓に」
奮いつきたくなるような美女2人である。
永倉は瞳孔全開。
斎藤は目が泳いでいる。
沖田は・・なんとなく固まっていた。
「新選組のお偉いはんどすなぁ。噂通り、女泣かせの男前揃いやわぁ」
初音が3人を眺めて、スラスラと述べる。
「力さんの言った通り・・逢ったことねぇような美女だ」
永倉は完全に獲物を見る目つきで初音を見ている。
斎藤は横を向いて、ひたすら酒をあおり始めた。
沖田は俯いて酒を舐めている。
すると・・初音が沖田に向かって会釈をした。
「沖田はん、こないだはどうも。またお会いできて嬉しおすわ」
ギョッとして顔を上げると、永倉と斎藤が変な顔で見ている。
「なんだよ、総司。こないだって?」
「いや・・」
言いよどむと、初音が代わりに説明した。
「湯屋で逢うたんどす。せっかくやから挨拶さしてもろたんえ」
「湯屋って桜湯か?」
永倉が訊くと、沖田がボソリと答える。
「はぁ・・」
「くっそー、今度からオレも桜湯行くぞ」
「新八っつぁん・・」
芸娘2人はクスクス笑っている。
沖田は少々酔っていた。
「姿(ナリ)が変わると見違えるモンだな」
「おおきに」
初音がニッコリ会釈する。
(やべ・・)
沖田は年上のお姉さまに尋常でなく弱い。
「こっち来いよ」
永倉が声をかけると、初音が立ち上がり永倉と斎藤の間に座った。
それに続いて、月乃が永倉と沖田の間に座る。
(・・助かった)
沖田は安堵した。
初音が近くに来たら、正直・・平常心を保つのが難しい。
「沖田はん、お屠蘇呑んどるんやね。なんや可愛ええなぁ」
月乃が笑いながらお酌をする。
杯に酒を受けながら、沖田は息をついた。
(女って・・なんでみんな年上みたいな口の利き方すんだろ)
3
芸娘の登場で酒のペースが上がった。
斎藤は初音に酒を注がれると、ロボットみたいにギクシャクしながら一気にあおる。
空いた杯にすぐ初音が酌をする。
ほとんど、わんこ蕎麦のペースだ。
永倉はいつも通りガンガン呑みまくって、沖田も普段よりペースが早い。
お屠蘇の甘みが呑みやすく、コクコクとイッてしまう。
「沖田はん、イケル口やね」
月乃が嬉しそうにお酌する。
「いや、そうでもねぇ・・」
正直、頭はもうクラクラしていた。
「オメェ、こないだ・・大助に抱きついてたな」
酔っ払うと余計な言葉が出てくる。
月乃がポッと頬を赤らめた。
「いややわ、そないな話出さんといてぇな」
沖田がぜんぜん構わず突っ込む
「まさか惚れてんのか?」
冗談半分で訊くと、驚いたことに月乃はますます赤くなった。
「沖田はん・・案外イケズやね」
「え?」
(ジョーダンのつもりで言ったんですけど)
一瞬、目が点になる。
(マジで?)
沖田がマジマジと見ると、月乃は小さく俯いた。
「こないだ、お座敷でダイスケはんに逢うたんや・・けんど」
「けど?」
「"馴染みの女は作らねぇ"って言われてもうた」
「ああ・・」
沖田は、大助の女性不信を昔からよく知っている。
「けんど・・」
月乃がイタズラっぽい笑いを浮かべた。
「ウチ、ダイスケはんと床入り賭けてお花で勝負したんや」
「お花って花札か?」
沖田が訊くと、月乃が頷く。
「ダイスケはん、弱ぁていっこも勝てへんのや。そやからウチまた床入りに呼んでもらえるねん」
ウフフと笑う月乃を見て、沖田はビミョーに首を傾げた。
(アイツ・・賭け事と女で身を持ち崩す気かなぁ)




