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第百九十八話 迎え


 1月3日。

 夕餉の時間が来ても、角屋に行った4人は帰って来なかった。


 「戻ってこねーな・・あいつら」

 双六でボロ負けした原田が、忌々しそうに餅を頬張る。

 お吸い物に餅を入れただけのシンプルな雑煮だ。


 ゴローたちに炊事場を任せっきりにするのも申し訳ないので、薫と環がおさんどんをした。

 具は細切り大根だけのアッサリ京風雑煮である。


 「うまいな」

 土方がつぶやく。


 薫がさりげなく土方の方を見た。


 土方は夕餉が始まる前から気難しげな顔をしていて、気になっていたのだ。

 角屋の4人のことをずっと頭に上げているのだろう。


 (お正月からなんか不穏な空気になっちゃってるし)

 ため息をついて、薫も雑煮を食べ始める。


 「土方さん、迎えに行くんですか?」

 沖田がからかう口調で訊いた。


 「ああ。オメェらも一緒に来い」

 「え?」


 土方の答えを聞いて、部屋の全員が顔を上げる。


 「オレらも行くのかよ」

 「うわ、だりぃ」

 「・・・」

 原田、沖田、藤堂である。


 「トーゼンじゃねーか。トラ4人連れ帰んだぞ。オレひとりじゃ担げねーよ」

 土方は当たり前という口調だ。


 「うげぇ~」

 原田と沖田がうめく。


 すると・・土方が薫と環の方を向いた。

 「オメェらはついてくんなよ」





 日付が変わり、1月4日早朝。

 日の出と共に、新選組の迎えが角屋に向かった。


 ドンドンと扉を叩いて、無理矢理門を開けさせる。

 開かれた扉の向こうに、頭を下げた店主の姿があった。


 すでに来ることが分かっていたような表情だ。

 「おいでやす」


 「悪ぃな、朝っぱらから」

 土方が中に入る。

 「邪魔するぜ」


 「お待ちしとりました」

 恭しい物腰で手を差し出す。

 (※茶屋に入る時には刀を預ける決まりである)


 「いらぬ、すぐに帰る」

 土方の言葉に、店主が困ったように笑った。

 「土方さま・・ここでのお立ち回りは困りますえ」


 「大丈夫だ。連中を引き取るだけだ」

 土方が奥の方に目をやる。


 「おおきに。そろそろお身体心配なってきたとこどしたわ」

 店主が座敷に続く玄関の方を見た。


 「迷惑をかけた。詫びは改めてする」

 そう言って、ズカズカと歩き出す。


 土方に続いて、沖田、原田、藤堂が順番に中に入る。


 店主が後ろから声をかけてきた。

 「奥の座敷におられますよって」


 座敷に続く廊下を進むと、突き当りで止まってスラリと障子を開ける。


 広い部屋の真ん中に4人の男の姿があった。

 酒樽を前に、意識なく寝くたれてる。


 「おい!起きろ!!」

 土方の怒声が響く。

 「おい、伊東さん!新八、斎藤!」


 だが、正体無く寝込んでる連中から返事は無い。


 沖田が袖に両腕を入れた恰好で、障子の柱に肩で寄りかかる。

 「あちゃー、伊東さんと新八っつぁんもツブれちゃったんですね」


 沖田を追い越すように、原田と藤堂が座敷に入った。


 原田は永倉のそばに、藤堂は伊東のそばに片膝をつく。

 「おいっ、新八。起きろって」

 「伊東さん、伊東さん、おいっ」


 沖田も中に入って、斎藤とシンの間にしゃがみこむ。

 交互に顔をノゾキ込むと、頭を掻きながらつぶやいた。

 「・・ダメだな、こりゃ」





 「水を持ってこさせろ」

 土方に言われて、沖田が立ち上がる。


 しばらくして、沖田と一緒に下男が桶に水を張って持ってきた。


 土方が受け取ると、酒樽に浮いたひしゃくを取って水をすくう。

 伊東、永倉、斎藤、シンの順番に、寝ている顔に勢いよく水をかけ始めた。


 「ん?う?」

 「う~~んんん」

 「うん?なんだよ・・冷て」

 「ひゃっ」


 斎藤とシンが上半身をユックリ起こす。

 伊東と永倉は・・起きようとするが、結局・・うめき声を上げて、うつぶせになった。


 「目が覚めたか。バカめ」

 土方が伊東のそばで悠然と見下ろす。

 「正月休みは終わりだ。屯所に戻るぞ」


 「土方さん・・?」

 斎藤はなんとなく状況を把握した。


 シンは・・座ったままで頭を振っている。


 「おい、新八。起きれるか?」

 原田がうつぶせた永倉の背中に手を置いてゆすると、うめき声が聞こえる。

 「う~・・あったま痛ぇ・・」


 「当たりめーだ、バーカ」

 原田が軽く永倉の頭を小突く。


 「伊東さん。ホラ、帰りますぜ」

 藤堂が、横向きで伏せる伊東の肩に手を置いてゆすった。


 「ん?んんん・・」

 伊東が顔面をしかめて、頭に手をやる。

 頭痛がするらしい。


 沖田が水でしぼった手拭をシンに手渡す。

 「大丈夫か?」


 受け取ると、シンは手拭に顔をあてた。

 頭をプルプルと振るう。


 徐々に意識がハッキリしてきた。

 周囲を見回し・・置かれた状況を理解する。


 (どうやら・・助かったのかなぁ)

 肩の力が抜けると、またグラリと畳の上に倒れ込んだ。





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