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第百九十七話 室内遊戯


 「よく考えると、あたしたち・・シンのことあんまり知らなかったりするよね」

 薫がつぶやく。


 正月は稽古も休み、賄いはゴローたちに任せているので、環と部屋でノンビリしている。


 「大学生で、赤鬼の教授に育てられた以外のことは聞いてないような気がする」

 環が考え込む。


 これと言って好き嫌いを言うこともなく、人と摩擦を起こすワケでなく、強く主張することもない・・空気のような薄味キャラだ。


 「淡泊すぎて、何考えてんのか分かんないし」

 環が首をヒネる。


 すると、障子がいきなり開いた。


 「おーっす」

 原田である。


 「原田さん、いきなり開けないでください。着替え中だったらどうするんですか?」

 環が顔を上げる。


 「だったら狙いどーりじゃねーか」

 原田はニヤニヤ笑っている。

 「せっかくの休みに部屋に籠ってちゃ勿体ねぇだろ」


 薫が膝を抱える。

 「だって・・お店もみんなお休みだし、屯所にいるしかないでしょ?」


 原田がしゃがみこむ

 「外に出なくても遊べるモンあんだろ?」


 「花札ですか?」

 薫の言葉を、原田が即座に否定する。

 「絶対やんねーよ」


 正直・・江戸時代は働いてる以外では、時間を潰す方法が限られている。


 テレビがない。

 ゲームがない。

 携帯電話がない。

 ipodがない。


 ないないづくしである。


 平成育ちの薫と環は、やることが無くなると、うたた寝したり独り言を言うクセがついてしまった。


 「コレだよ、コレ」

 見ると・・原田の手の上にサイコロがあった。

 手の平で軽くジャンプさせている。


 (また博打ー!?)





 「よぉ、来たかよ」

 藤堂が顔を上げた。


 ここは藤堂と斎藤の部屋だ。


 精細な絵が描かれた大きな盤が拡げられていて、向かいには沖田が座っていた。


 「連れて来たぜー」

 原田は藤堂の隣りに腰を下ろすと、薫と環にも座るように手招きした。


 「これ・・」

 環が興味深気に見る。


 「なんだ、知らねーのか?双六(スゴロク)だよ」

 言いながら、原田があぐらをかく。

 「人数少ねーとつまんねーからな」


 「双六?」

 今度は薫がマジマジと覗き込む。

 盤の上には、薫でも知ってる武将の名前が書き込まれた絵が沢山描かれていた。


 「足軽から始まって、下剋上しまくって、天下統一目指すんだよ」

 藤堂がルールを説明する。


 江戸時代の遊びとしてポピュラーな双六は種類が豊富である。


 最も有名なのは、絵双六の『広重東海道五十三次』。

 十返舎一九の『東海道中膝栗毛』を元に、浮世絵師の広重が実際に東海道を往復した印象を描いたものだ。


 道中双六のほかに、大奥や歌舞伎や遊郭などの出世モノも人気がある。


 「足軽になって仕える武将を選ぶんだ。戦で手柄を立てれば前に進める。戦自体が負けると後退だ」

 藤堂が腕を組む。

 「サイコロ2つだと進むの早ぇんだよなー」


 部屋には、お銚子とツマミの海苔が載ったお盆が3つ。

 囲炉裏には鉄瓶が載って、端の方に餅が載せてあった。


 完全に『正月遊び』モードである。


 「あたし好き、こーゆーの」

 薫はノリ気だ。

 もともとゲームが大好きなのだ。


 「人生ゲームなら大晦日に家でやったことあるけど」

 環が首をヒネると、薫が笑って頷く。

 「同じようなモンだよ、きっと」


 薫が盤をノゾキ込む。

 「天下統一するんなら、やっぱ織田信長に仕えるのが良いのかなぁ?」


 環がちょっと考え込む。

 「どうだろ?徳川家康とか。わたしは上杉謙信が良いけど」


 「おめぇら、けっこうヤル気じゃねーかよ」

 原田がお銚子からオチョコに酒を注ぐ。


 薫と環が顔を上げた。

 「ヤルならテッペン狙います」





 それから・・昼ゴハンも双六しながら食べるという、行儀の悪いスタイルでゲームが続いた。


 一番負けた人間が一番勝った人間に昼飯をオゴるというペナルティをつけたため、薫も環も本気モードだ。


 お金を持ってないので、絶対に負けるワケにいかない。

 払えない時は労働で返済することになっているのだ。


 原田に負けたりしたら、何を要求されるか分かったもんじゃない。


 しかし・・双六も原田の負けが続いた。

 強いのは薫と環の2人である。


 「おめぇら・・なんでそんな強ぇーんだ?」

 原田が苦い顔で訊いてくる。


 「気組(きぐみ)です、何事も」

 薫が笑って答える。


 「原田さん、賭け事に向かないですって」

 環は冷めた口調だ。


 「左之さん・・ずーっと足軽のまんまだし」

 沖田がアクビをする。


 「・・るせーよ」

 原田が低い声を出す。


 「次、オレの番だ」

 藤堂がサイコロを降り出す。

 「ひぃ、ふぃ、みぃ、っと」


 すると・・沖田が手を後ろについて天井を見上げた。

 「・・あっちはどうなってんだろ」


 場が静まった。


 むろん『あっち』というのは角屋のことである。


 「さーな」

 原田が顔も上げずに答えた。

 「店からなんも言ってこねぇとこ見ると、死人は出てねんじゃねーの?」


 「・・・」

 藤堂は黙ったままだ。


 薫と環も黙り込んでしまった。

 双六に熱中して忘れようとしたが、シンのことが心配で頭から離れない。


 「正月休みは今日で終わりだし・・明日から隊務始まるから」

 沖田が首をすくめる。

 「土方さん・・迎えに行くしかないかもね」


 沖田がクスクス笑った。



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