第百九十六話 連チャン
1
「すっかり線香臭くなっちまった。もう帰ぇるぜ」
大助が立ち上がる。
部屋の角で炊いた線香の煙で、辺りの空気が白っぽくなってる。
正確な時計の無い江戸時代、従量課金制の風俗では、客にサービスする時間を線香で計っていた。
(※燃え尽きた本数が多いとロングサービス)
「今日の分の稼ぎなら、もう充分だろ」
言いながら、大助が袖から財布を出す。
すると・・月乃が、真新しい線香箱を開けて一本取り出した。
「お線香一本分でええよ」
「あ?」
「ウチ、お客に抱かれんでお花やってたん初めてや。楽しかった」
月乃は嬉しそうに笑ってる。
だが・・遊女を長時間拘束して玉代が僅かでは、月乃が折檻されてしまう。
「そりゃダメだ」
大助が、線香を持った月乃の手首を掴む。
「ええねん。今日はウチ、自分で線香代出すし」
「ダメだ」
言いながら、月乃の手に銭を握らせる。
「ダイスケはん」
「ん?」
「また、来てくれる?」
月乃の不安気な声を聞いて、大助が息をつく。
「ああ、負けちまったからな。借りはキッチリ返すぜ」
すると・・月乃が大助に抱き付いた。
「ホンマに?約束やで」
「ああ・・」
頷きながら、心の中で深く息をつく。
(なんでこーなるんだろ?)
2
1月3日の朝。
早朝から、近藤と土方が部屋で話し合ってる。
「結局、帰ってこねぇじゃねぇか」
「ああ」
「まさかこのまま逃亡する気じゃねぇだろな」
「・・・」
放っておくことは出来ないが、さりとて迎えに行くのも『思うツボ』という気がしないでもない。
・・伊東の目的が分からない。
生え抜きの幹部を靡かせたいだけなのか?
それとも・・隊に亀裂を入れようとでもしているのか?
「ったく・・尊王攘夷が聞いて呆れるぜ。天皇の喪中だってのに、連チャンで呑み会かよ」
土方が忌々しくつぶやくと、近藤が困り顔で首をヒネる。
「あの人は学があるからな・・まぁ、何か考えあってのことだろう」
「・・どーせ、良からぬ考えだろーさ」
土方が忌々ししく横を向く。
すると、障子がスラリと開いた。
「おはようございます」
ファァとアクビをしながら沖田が入って来る。
「総司、何度言や分かんだ。入る前に声かけろと言ってんじゃねぇか」
イライラと土方が叱りつけると、全く堪えた様子もなく沖田がしゃがみこむ。
「朝っぱらからキンキン言わないでくださいよ。土方さん、ひょっとしてお馬(生理)じゃないですか?」
「っ・・誰がお馬だっ」
眉を吊り上げる土方を、近藤が制止する。
「よさんか、トシ。朝っぱらから」
そこに、廊下から声が聞こえた。
「おはようございます」
スラリと障子が開かれると、薫と環が座っている。
2人とも目が赤い。
シンのことが心配で、あまり眠れなかったのだ。
(※永倉と斎藤のことは念頭に無い)
3
「朝ゴハンの用意できました」
薫がいつもより低めのトーンで言った。
しゃがんだままの格好で、沖田が振り返る。
「今日はなに?」
「お茶漬けです」
薫が素っ気ない口調で返す。
沖田の役立たずな偵察ぶりに腹を立ててるのだ。
「やった」
何故か喜ばれるが、ぜんぜん嬉しくない。
「土方さん」
薫が声をかけると、土方が顔を上げた。
「なんだ?」
「あたしと環と2人で、角屋に様子見に行ってもいいですか?」
薫の申し出を聞いて、近藤と土方と沖田が顔を見合わせる。
「オメェたちが?」
「はい」
「・・・」
沈黙の後、土方がアッサリ却下した。
「ダメだ」
「なんでですか?」
今度は環が声を出す。
「なんでって」
土方が言いよどむ。
(オオカミの群れにウサギ放り込むようなもんだぜ)
沖田はニヤニヤ笑って見物している。
「あ~・・薫クン、環クン」
近藤が咳払いをする。
「君らは女だ。年頃の娘だけで出入りするような場所じゃない」
「でも・・」
なおも薫が言い募ると、土方が立ち上がった。
「今日1日待っても戻らねぇようなら・・オレが直接、迎えに行く」




