第百九十五話 安否確認
1
「オレぁ帰ぇる」
理性を鼓舞して言い切った。
「ダイスケはん」
月乃のカラダを引きはがして逃げ出そうとする大助に、半べそ顔になっている。
「ウチのどこがダメなん?」
「ダメじゃねぇよ。オメェは器量良しだ。すぐに良い客がつくさ。オレみてぇなビンボー役人の袖なんざ引っ張る必要はねぇ」
言いながら、着物の衿を整える。
「・・商売女がイヤなん?」
「まさか」
即答で否定した。
ハッキリ言って大助は、玄人女としか肌を合わせたことがない。
割り切った関係でいられるので気楽だからだ。
そこらへん徹底してる。
それに・・
「オメェたちは親兄弟食わせるために売られてきた。良いとこの嬢ちゃんより、よっぽど親孝行ってモンだ」
これはイヤミではなく本心から出た言葉だ。
大助は遊郭の女を差別的には見てない。
「・・ダイスケはん帰ってしもたら、ウチまた別の客取らなアカン」
月乃がポツリとつぶやく。
確かに・・大助が一晩の玉代(ぎょくだい)を置いて行ったとしても、帰ればすぐに別の客を引かされるのだろう。
帰りがかった足が止まる。
息をつくと、ゆっくり振り返った。
「わかったよ・・いりゃいんだろ、朝まで」
大助の言葉を聞いて、月乃の顔がパァッと明るくなる。
「言っとくがソノ気はねぇから、オメェもちゃんと着物着ろ」
言いながら、あぐらをかいて座った。
月乃が半ば唖然としながら見下ろす。
「ダイスケはん・・どっか悪いんとちゃう?」
2
夕方になっても永倉たちは帰って来なかった。
シビレを切らした土方が、沖田に様子を見て来るよう言いつけた。
しばらくして・・沖田が一人で戻って来ると、素知らぬフリで自分の部屋に行こうとする。
「待て、総司」
土方の制止で、足を止めて振り返った。
「どうだった?」
土方の問いに、沖田が少し考える。
「どうって・・」
首を傾げてから、トボけた顔で頭を掻く。
「ありゃー・・連れ帰んのムリですねー」
「なんだと?」
「大トラには勝てませんから」
実は・・沖田は角屋に行っても座敷の中には入らなかったのだ。
障子の隙間からコッソリのぞいて、そのまま帰った。
予想してた通り・・立ってるのは永倉と伊東の2人だけで、斎藤とシンは畳の上に転がっている。
入れば自分もあの姿にされるのは目に見えていた。
無言で障子を閉めるとクルリと背を向ける。
「どっちかの息の根が止まるまで、やめねんじゃねぇですか?」
沖田の無責任な意見を聞いて、土方が眉間にシワを寄せる。
「ったく・・あいつらぁ」
ふと見ると・・廊下の向こうで、薫と環が様子を伺っている。
沖田と目が合うと、薫が小走りで駆け寄って来た。
「沖田さん、シンは?無事なんですか?」
被災者のような扱いである。
「さぁー・・」
沖田がボリボリと頭を掻いた。
「さぁーって・・」
薫は焦りを露わにする。
「沖田さん、様子見に行ったんじゃないんですか?」
後ろで環も心配気に見ている。
「どんな様子でした?」
「うーん・・」
沖田が腕を組む
「なんか・・2人立って2人沈んでるのしか見えなかった」
薫と環の顔から血の気が引く。
おそらく・・立ってるのが永倉と伊東で、沈んでるのが斎藤とシンだろう。
無意識に胸の前で手を組む。
「まー、大丈夫じゃないの?正月早々殺したりしないでしょ、多分」
沖田が言うほど、不安が募って来るばかりだ。
3
「次、ホラ。ダイスケはんが引く番やで」
月乃にせかされて、大助が低い声を出す。
「・・わかってる」
床入り部屋の真ん中に置かれた座布団には、花札が載っている。
あれから・・ヤルことも無いので、花札をすることにした。
ところが、月乃は思った以上に達者だった。
「姐さん達とよくお花やっとるもん」
言いながら、場に目をやる。
大助は負け続けていた。
しかも・・賭けてるのは金ではなく、床入りである。
つまり大助が負けると、月乃と1回床入りする約束をした。
馴染みになるつもりなど毛頭無いのに、これでは強制的になってしまう。
「くそっ」
忌々しく舌打ちする大助を、月乃は嬉しそうに見ている。
「んふふ」
諦めたように息をついて、大助が月乃を見た。
「オメェ、こないだ湯屋に来てたな」
「うん」
「良く行ってんのか?」
「・・ううん」
月乃はフルフルと首を振る。
「初音姐さんが菱六の若旦那に逢う時だけ、お札もらえるんや」
「菱六って・・あの麹屋の大店か?」
「うん」
(なるほど・・)
「菱六の若旦那は初音姐さんにメロメロやから。姐さんが、"旦那に逢う日は身体キレイにしたい"ゆうたら、店に頼んで札出してくれてん。ウチはおこぼれ」
遊女の外出は原則禁止だ。
足抜けや逃亡の怖れがあるためだ。
だが、大店の贔屓の芸娘は、花見などのイベントに呼ばれることもあり、外出の札を出してもらえた。
(※ただし遣り手婆や番頭の監視付き)
「ウチ、湯屋好きや。カラダについた汚れぜんぶ流してくれる気ぃするし」
月乃は舌っ足らずな口調で話し続ける。
(可愛いな・・こいつ)
そう思いながらも、大助の心の奥は冷えている。
月乃が大助に示す好意も、新米遊女が客を囲うための営業トークだとしか思ってない。




