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第百九十四話 おでん


 「どうしたもんかな」

 近藤がシブイ顔をする。

 「伊東さんにも困ったもんだ」


 土方が腕を組んで息をついた。


 新選組は原則外泊禁止である。

 休息所を持ってる幹部以外の隊士には、門限も設けられているのだ。


 いまは正月休みで伊東も永倉も斎藤も幹部だが、茶屋で呑んだくれて戻らないのでは示しがつかない。


 近藤にも土方にも、伊東から事前に断りは無かった。

 おまけに、孝明天皇の喪中である。


 「まぁ・・もうちっと待ってみるか」

 近藤が顎に手をあてる。


 どんなモンスター酒豪も、際限無く呑み続けることは出来ない。

 いつかはツブれる。

 どのみち・・明日までは隊務は無いので、もう少し待ってみることにした。


 「シンってやつも連れてかれたらしいぜ」

 原田は手を頭の後ろに組んで、柱に寄りかかる。


 「誰だ?そいつ」

 近藤は全く思いつかない表情だったが、土方が説明した。

 「あいつだよ。薫たちの仲間の・・あの背のデケェ」


 「ああ、あの下っ端か」

 ここでも下っ端呼ばわりだ。


 「ったく」

 土方が、ずっと黙ったままの藤堂に水を向ける。

 「おい、平助。伊東さんはいってぇ何考えてんだ?」


 「・・・」

 藤堂は一瞬沈黙してから、ボソリとつぶやいた。

 「オレは・・なんも聞かされてねぇから」


 「・・まぁいい。今日戻って来なかったら、おめぇが連れ戻して来いよ」

 土方の言葉に、藤堂が冷めた口調で返した。

 「オレが行きゃあヤブヘビだぜ。そのまんま軟禁だ」


 確かにその通りである。


 それにしても・・


 藤堂は自分でも不思議でならない。

 なぜか、伊東に逆らえない。





 お昼はおでん。

 おでんは隊士たちの好物で、人数の調整がし易いし、作るのも比較的手間がかからない。


 「熱っ」

 熱々の大根を食べながら、薫がつぶやく。

 「シンにも食べさせたかったなー」


 「なんだよ、オレらが食うんじゃ不満なんか?」

 原田がこんにゃくに箸を突き刺す。


 「そーじゃないけど・・なんか人数少なくて寂しいかも」

 薫の言葉に、環が頷く。

 「永倉さんいないと、なんか静かだし」


 部屋には、土方と沖田と原田と藤堂、それに薫と環が座って鍋を囲んでいる。


 「アッチは角屋で豪勢な料理食ってるからいーんだよ」

 沖田がひしゃくで餅入り巾着をすくう。

 餅が好物なのだ。


 「向こうはどーなってんのかな?」

 環の言葉に一瞬、場が静まった。


 「どうって・・」

 「話弾むワケねーし」

 「ひたすら酒じゃね?」

 「伊東さんのウンチク垂れ流しとか」

 「うげ~」

 原田と沖田が遣り取りしてるのを、藤堂は黙ったまま聞いている。


 「おい、平助」

 土方が声をかけた。

 「なんでオメェは呼ばれてねんだ?」


 「さぁ・・」

 藤堂は首をヒネる。


 思い出していた・・伊東が言った言葉を。

 『近藤に造反して建白書を出した連中と話をしてみたい』


 「オレぁ・・分かんねぇです」

 伊東はすでに、新選組に見切りをつけようとしている。

 有利な形で隊を抜けられる方法を考えているのだ。


 もし伊東が隊を抜けることになったら、自分はどうするのだろう?

 藤堂は決めかねていた。


 だが・・元々は自分が勧誘して伊東を京に連れて来たのだ。

 道場を畳ませ門弟を引き連れて。


 今さら伊東のやることを「関係無い」と言うことは出来ない。

 だが・・迷っている。


 (義理と人情の板挟みって・・こーゆーのかな)

 気付かれないように息をついた。





 一力の床入り部屋で、大助は困り果てていた。


 役所仲間数人がお忍びで祇園に集まり、その座敷に呼ばれた芸娘の中に月乃の姿があった。

 大助を見つけた途端くっついて離れず、そのまま成り行きで相方になった。


 月乃は美少女だが、天真爛漫な野生児タイプである。

 床入り部屋に入ると、ムード作りもなんのその、とっとと帯を解いて大助に抱き付いてきた。


 「お、おい」


 「ダイスケはんも、はよ脱いで」

 明るい声で、大助の羽織を脱がせようとする。


 「いや、悪ぃが・・ソノ気はねぇんだ」

 「なんでやのん?お金無いん?」

 「いや・・」


 大助は月乃に、自分の羽織を着せる。

 「おんなじ芸娘とは、床入りしねぇようにしてる」


 「なんでやのん?ダイスケはんって1回ヤッたら即アキるん?」

 「そうじゃねぇ、馴染みは作らねぇんだ」


 月乃はポカンと大助の顔を見上げる。

 「ウチのこと嫌いなん?」


 「いや・・じゃなくて」

 (オンナって、どーして話が通じねぇんだ?)


 「だったらええやん」

 甘え声で、また大助の胸に抱き付いて来る。


 「おい・・」


 (やべ・・)

 ソノ気は無いと言ったが、裸のオンナに抱き付かれて、下半身の方は勝手にソノ気になってしまう。


 月乃は子どもっぽい無邪気な性格だが、カラダは成熟していて男子ウケ抜群体型だ。


 (頼むっ、暴れん坊将軍、静まってくれ~!)

 メンタルとフィジカルの葛藤で、大助の姿勢がやや前屈みになる。


 あげくの果てに・・


 「ダイスケはん」

 月乃が目をつむる。

 可愛らしいキスしてポーズに、血の気が引いた。


 (ジョーダンじゃねぇ・・逃げろ、オレー!!)

 とにかく自分を叱咤激励する。





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