第百九十二話 地蔵
1
「へぇー・・おもしれぇ趣向だな」
永倉は片膝立てての呑み体勢だ。
また芸娘が戻って来て、お盆を4人の膳の前に置く。
枡とひしゃくが4個ずつ載っていた。
各自これで自由に酒を汲めということだろう。
「使うとくれやす」
シンも、枡とひしゃくを手渡される。
「え?いやオレは・・」
断ろうとすると、三方から視線を感じた。
「オンナに勧められて断るなんざ、オトコじゃねーぞ」
「場の空気を読みたまえ」
「誰が誰に言ってんだよ」
上から順番に、永倉、伊東、斎藤のセリフである。
仕方なくシンは受け取った。
(・・猛獣の檻じゃねーかよ)
永倉と伊東が立ち上がる。
酒樽の前に立つと、ひしゃくで酒を掬い、枡に注いで、立ったままで一気にあおる。
(まるきり立ち飲み屋だし)
シンは座ったまま動かずにいた。
見ると・・向かいに座ってる斎藤は座って普通にオチョコで呑んでる。
シンの視線を感じたのか、斎藤が顔を上げる。
「斎藤さんは樽から呑まないんですか?」
斎藤が座ったままなら、自分もこのままでいいかと思ってシンが訊いた。
「みんなツブれちまったらマズイからな。オメェは付き合ってやれ」
「はぁ?」
永倉と伊東が振り返った。
「なんだ?」
「い、いえ。なんでも・・」
「いーからコッチこい」
永倉に呼ばれ、斎藤の方を思わず見ると、知らんふりしている。
(そーか・・身代わりの生贄にするために呼びやがったなーっ)
シンは腹立たしかったが、顔に出ないタチなので、誰ひとり気付かない。
2
花札会場では、あちこちで隊士がゴロ寝をしている。
夜が更けて来ると、そろそろみな眠気が出てきていた。
「もう寝ようかなー」
薫が目をこすると、向かいの原田がボソリとつぶやく。
「勝ち逃げする気かよ」
「ってゆーか・・原田さん弱すぎ」
薫が腕を組む。
「半分は運で決まるのに、一度も勝てないってオカシくないですか?」
「うるせー」
原田が低い声を出す。
「オレはギリギリまで運を溜めるオトコなんだよ」
「そうゆう体質なら、根本的に賭け事に向かないですよ」
環が口を出す。
藤堂と環は見物に回っていた。
原田がむしり取られていくさまを見守っている。
花札を開始してから、かなりの時間が経過した。
沖田は座布団を枕にして、ぐぅぐぅ眠っている。
どこでもすぐに寝れるオトコなのだ。
「そーいえば、シンどこ行ったんだろ」
環がつぶやく。
「まだ帰ってないみたいだよね」
「どーしたんだろね」
薫が首を傾げると、原田が声を出す。
「あ?なんだ、知らねーの?」
「なんですか?」
薫が訊き返すと、原田が手札を出す。
「あいつ、斎藤が連れてったぜ」
「え?」
薫と環が異口同音で声を上げる。
「おっしゃ」
原田が手札を場に出すと、合札になったタネを取って、役が1つできた。
「やりぃっ!こいこ~・・」
こいこいしかけた原田の声に、薫と環がカブせる。
「なんでシンが連れてかれるんですか?」
2人が座布団に手をついたので、札がメチャクチャに散らばった。
「あーっ!なにすんだよ、おめーらぁっ」
原田が悲鳴を上げるが、薫と環は構わず迫る。
「連れてってどーするんです?」
3
「どうって・・」
原田が言いよどむと、脇で見ていた藤堂が口を挟んだ。
「身代わり地蔵だよ」
「え?」
薫と環が振り返る。
「行けばブッ倒れるまで呑まされるから、身代わり地蔵連れてくって斎藤が言ってた」
藤堂は冷めた声音だ。
「身代わり地蔵・・」
薫が繰り返す。
「やだ・・」
珍しく、環が不安気な表情をする。
「シンってすぐ言いなりになっちゃうから・・急性アルコール中毒なんかになったら」
「あんなぁー・・」
藤堂が白けきった声を出す。
「おめーら、ちっと過保護なんじゃねーの?男が酒も呑めなくてどーすんだよ、アホくさ」
「若ぇうちは身体張って呑むもんだ」
原田もアッケラカンとしている。
「身体張ってって・・」
環はやや責める口調だ。
「昔、呑んでブッ倒れたら、新八っつぁんに酒甕ん中に頭突っ込まれて、あやうく昇天しかかったなー」
藤堂が足を延ばす。
「それ、殺人未遂じゃ・・」
薫がつぶやく。
聞けば聞くほど不安になる。
「シンって、お酒呑めるの?」
「さぁ・・」
良く考えると薫も環も、実はシンのことを余り知らないような気がする。
普段から自分のことはあまり話さないから。
・・なんだか、どんどん心配が募ってくる。
「ダイジョーブだって」
藤堂が声をかける。
「いくらなんでも殺さねーから。加減すんだろ」
すると・・後ろからノンビリとした声が聞こえてきた。
「新八っつぁんが加減するとこなんざ見たことねぇや」
いつの間に起きてたのか、沖田が上半身を起こして背伸びしている。




