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第百九十二話 地蔵


 「へぇー・・おもしれぇ趣向だな」

 永倉は片膝立てての呑み体勢だ。


 また芸娘が戻って来て、お盆を4人の膳の前に置く。

 枡とひしゃくが4個ずつ載っていた。

 各自これで自由に酒を汲めということだろう。


 「使うとくれやす」

 シンも、枡とひしゃくを手渡される。


 「え?いやオレは・・」

 断ろうとすると、三方から視線を感じた。


 「オンナに勧められて断るなんざ、オトコじゃねーぞ」

 「場の空気を読みたまえ」

 「誰が誰に言ってんだよ」

 上から順番に、永倉、伊東、斎藤のセリフである。


 仕方なくシンは受け取った。

 (・・猛獣の檻じゃねーかよ)


 永倉と伊東が立ち上がる。

 酒樽の前に立つと、ひしゃくで酒を掬い、枡に注いで、立ったままで一気にあおる。


 (まるきり立ち飲み屋だし)

 シンは座ったまま動かずにいた。


 見ると・・向かいに座ってる斎藤は座って普通にオチョコで呑んでる。

 シンの視線を感じたのか、斎藤が顔を上げる。


 「斎藤さんは樽から呑まないんですか?」

 斎藤が座ったままなら、自分もこのままでいいかと思ってシンが訊いた。


 「みんなツブれちまったらマズイからな。オメェは付き合ってやれ」

 「はぁ?」


 永倉と伊東が振り返った。

 「なんだ?」


 「い、いえ。なんでも・・」

 「いーからコッチこい」

 永倉に呼ばれ、斎藤の方を思わず見ると、知らんふりしている。


 (そーか・・身代わりの生贄にするために呼びやがったなーっ)

 シンは腹立たしかったが、顔に出ないタチなので、誰ひとり気付かない。 


 



 花札会場では、あちこちで隊士がゴロ寝をしている。

 夜が更けて来ると、そろそろみな眠気が出てきていた。


 「もう寝ようかなー」

 薫が目をこすると、向かいの原田がボソリとつぶやく。

 「勝ち逃げする気かよ」


 「ってゆーか・・原田さん弱すぎ」

 薫が腕を組む。

 「半分は運で決まるのに、一度も勝てないってオカシくないですか?」


 「うるせー」

 原田が低い声を出す。

 「オレはギリギリまで運を溜めるオトコなんだよ」


 「そうゆう体質なら、根本的に賭け事に向かないですよ」

 環が口を出す。


 藤堂と環は見物に回っていた。

 原田がむしり取られていくさまを見守っている。


 花札を開始してから、かなりの時間が経過した。


 沖田は座布団を枕にして、ぐぅぐぅ眠っている。

 どこでもすぐに寝れるオトコなのだ。


 「そーいえば、シンどこ行ったんだろ」

 環がつぶやく。

 「まだ帰ってないみたいだよね」


 「どーしたんだろね」

 薫が首を傾げると、原田が声を出す。

 「あ?なんだ、知らねーの?」


 「なんですか?」

 薫が訊き返すと、原田が手札を出す。

 「あいつ、斎藤が連れてったぜ」


 「え?」

 薫と環が異口同音で声を上げる。


 「おっしゃ」

 原田が手札を場に出すと、合札になったタネを取って、役が1つできた。

 「やりぃっ!こいこ~・・」


 こいこいしかけた原田の声に、薫と環がカブせる。

 「なんでシンが連れてかれるんですか?」

 2人が座布団に手をついたので、札がメチャクチャに散らばった。


 「あーっ!なにすんだよ、おめーらぁっ」

 原田が悲鳴を上げるが、薫と環は構わず迫る。

 「連れてってどーするんです?」





 「どうって・・」

 原田が言いよどむと、脇で見ていた藤堂が口を挟んだ。

 「身代わり地蔵だよ」


 「え?」

 薫と環が振り返る。


 「行けばブッ倒れるまで呑まされるから、身代わり地蔵連れてくって斎藤が言ってた」

 藤堂は冷めた声音だ。


 「身代わり地蔵・・」

 薫が繰り返す。


 「やだ・・」

 珍しく、環が不安気な表情をする。

 「シンってすぐ言いなりになっちゃうから・・急性アルコール中毒なんかになったら」


 「あんなぁー・・」

 藤堂が白けきった声を出す。

 「おめーら、ちっと過保護なんじゃねーの?男が酒も呑めなくてどーすんだよ、アホくさ」


 「若ぇうちは身体張って呑むもんだ」

 原田もアッケラカンとしている。


 「身体張ってって・・」

 環はやや責める口調だ。


 「昔、呑んでブッ倒れたら、新八っつぁんに酒甕ん中に頭突っ込まれて、あやうく昇天しかかったなー」

 藤堂が足を延ばす。


 「それ、殺人未遂じゃ・・」

 薫がつぶやく。


 聞けば聞くほど不安になる。

 「シンって、お酒呑めるの?」

 「さぁ・・」


 良く考えると薫も環も、実はシンのことを余り知らないような気がする。

 普段から自分のことはあまり話さないから。


 ・・なんだか、どんどん心配が募ってくる。


 「ダイジョーブだって」

 藤堂が声をかける。

 「いくらなんでも殺さねーから。加減すんだろ」


 すると・・後ろからノンビリとした声が聞こえてきた。


 「新八っつぁんが加減するとこなんざ見たことねぇや」

 いつの間に起きてたのか、沖田が上半身を起こして背伸びしている。


 

 


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