第百二十九話 祇園
1
2人が潜り込むのは、祇園のお茶屋「一力」と甘味処「丹波」である。
当時、祇園界隈は攘夷派の志士が多く遊んでいた。
(島原は新選組屯所に近いので、必然的に祇園に集中した)
女姿の2人を見て、異様な盛り上がりを見せたのは永倉以下幹部の面々だ。
「やっと、この日が来たかぁ~!」
永倉は若干、むせび泣いてるような声だ。
薫と環は、能面のように無表情で座っている。
土方が幹部らを集めてフォロー体制を指示した。
「山崎が客として一力に入り込んでる。環はお運びだ。ホラ、紹介状」
土方が畳んだ紙をポンと置く。
一力は祇園でも格式あるお茶屋で、一見さんは客でも入れない。
まして雇われるとなると、身元が確かな者でなければ下働きでも雇ってもらえない。
「薫には紹介状はねぇ。自力で雇ってもらえ」
土方は素っ気なく言った。
「え?」
薫が顔を上げると、みなの視線が集中する。
「丹波の売り子っていやぁ・・看板娘もいいとこだぜ」
永倉がつぶやく。
この時代の水茶屋や甘味処の売り子は、看板娘の役割が大きい。
平成でいうところの『会いに行けるアイドル』である。
看板娘の人気が、そのまま店の売り上げに直結する。
そのため、町で評判の小町娘には店側からオファーもある。
いわゆるスカウトだ。
「いいか、薫。おめぇは自分で店に行って、そのツラ売り込んで来い」
土方がコトもなげに言う。
「売り込むって・・」
薫は呆気に取られている。
「・・ムリですよ。だって」
言いかけた薫の言葉に、山崎がカブせた。
「キミならデキル」
2
「ダイジョーブ、薫。イケルって」
藤堂があぐらをかいて腕組みする。
「おう、そのナリならイッパツだぜ」
原田も同意した。
「いいか、薫。おめぇの肩には新選組の沽券がかかってる。ほかの店になんか絶対負けんなよ。一本残らず団子を売り尽くすんだ」
永倉が新人アイドルのマネージャーのようなことを言い出して、斎藤に遮られる。
「それ目的違うぜ、新八っつぁん」
沖田は黙ったままだ。
薫は困り果てたが、周りで勝手に話しが進んで行くので仕方がないと腹をくくった。
「どっちかってーと・・環のが危ねぇかもしれねぇな」
土方が環の方を見る。
環が驚いて山崎の方に目をやる。
「オレがついてる。一力は攘夷派が密談する時に使ってるから、アミにかかる可能性が高い」
山崎はあくまで淡々としている。
「左之、一力周辺の見廻りを増やせ」
土方が言うと、祇園界隈が持ち場の原田が頷く
「おう」
今までずっと黙っていた環が、やっと口を開く。
「わたし・・やっぱり」
言いかけた環の言葉に、山崎がカブせた。
「キミならデキル」
もはや・・
薫も環も、山崎にイラッとしている。
3
薫はひとりで丹波に行くことになった。
環は紹介状を携えて、一力に向かう。
山崎は一足先に客として入り込んでいた。
薫は"鈴(すず)"、環は"琴(こと)"という偽名を使う。
(この名前は俳句好きの土方がヒラメキでつけた)
面接はアッサリ通った。
若い娘は容姿端麗というだけで世の中渡っていけるものだ。
翌日から、さっそく2人は祇園に通うことになった。
着物の着付けと髪結いは、屯所近くの髪結床でやってもらう。
(さすがに毎日、山崎に来てもらうことはできない)
最初は仕事を覚えるので精一杯だったが、数日すると慣れて来て、お客の観察もできるようになった。
環の仕事は「お運び」と言われるもので、座敷に膳を運ぶだけの仕事だ。
宴会の途中でも皿やお酒を出したり下げたりするので、座敷の様子を伺うことが出来る。
一力の客が使う言葉は、新選組で耳にするお国言葉(江戸弁、東北弁、大坂弁etc)と違う訛りが多い。
多くは西国のように思われた。
九州地方や中国地方の方言のように思われるが、訛りがキツくて何を言ってるのかほとんど聞き取れない。
カチャカチャと空いた皿を下げてると、座敷の隅から酒に濁った眼で見つめるオトコたちがいる。
いったん皿を下げて、また座敷に戻ろうと廊下を歩いてると、向こうから来たオトコたちが環の前に立ち塞がった。
「おまん、こっち来て酌しちょき」
頭を下げて通り過ぎようとした環の腕を掴む。
驚いて振りほどこうとするが、酔っ払いの力で掴まれて振りほどけない。
「すみません。離してください」
環が小声で言うと、オトコたちはニヤニヤ笑って環を囲む。
「そりゃ~、こたわきす」
「おまん、京女じゃないやき」
「かあいげなぁ」
「こっちゃ来い」
(ドコ弁だっけ・・これ。おまんって・・TVで聞いたことあるような)
環は小娘ながら、肝のありどころがフツーと違う。
大柄なオトコ達に取り囲まれながらも、あくまで冷静だった。




