表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/127

第百九十一話 樽


 シンは不思議だった。

 (なんで・・オレ、ここにいんの?)


 角屋の一室である。

 目の前に伊東と斎藤、隣りに永倉が座っている。

 (なんでこんな・・)


 大輔と一緒に鳥居で年を越したが、鐘が鳴り終わってもナニかが現れるワケでなく、最初から分かってたように2人一緒に町に戻った。


 その後、持ち場の神社を見廻ったが、除夜詣での人影はほとんど無くなっていた。

 屯所に戻ると、見廻りから帰った隊士が酒で暖を取っている。


 シンも冷えた手足を湯で暖めようと浴室に向かった。

 今日は夜中までお湯を沸かしてくれてるはずだ。


 すると・・浴室に行く途中の廊下で、斎藤が柱に寄りかかって立っている。


 「よぉ」

 待ち構えていたような声だ。

 「いま戻ったのか」


 「・・なんか用ですか?」

 シンの胸中に、イヤな予感が渡来する。

 (なんだよ、いったい・・)


 「明日、島原に行く。おめぇも来い」

 「え?」


 それだけ言って去った。


 (・・こっちの都合はムシかよー!)

 斎藤の後姿を見送りながら、ノーと言えない己の下っ端気質を呪う。


 そして・・元旦の夕方、永倉と斎藤に引っ立てられるように島原に連れて来られたのだ。


 (拉致だろ・・これ)

 シンは居心地の悪さに、すでにメンタルが持たなくなってる。


 部屋に入ってから、永倉も斎藤もほとんど口をきかず酒を呑んでる。

 伊東はその様子を気にするでなく、ニコニコ眺めているのだ。


 (・・帰りてぇー)

 手巻き寿司を作る手伝いを頼まれてたのに、ドタキャンしてしまった。


 すると・・


 「呑まないのか、シン君」

 突如、声をかけられ驚いて顔を上げると、いつの間にか伊東が目の前に座っていた。





 「え?いやオレは・・酒はあんまり」

 江戸時代に来た時に、すでに18才だったので成人はしているが。

 (※シンの時代は法改正で日本でも18才は成人)


 「下戸じゃないんだろう。呑みたまえ」

 伊東が下座に控えていた芸娘に目配せする。


 芸娘が立ち上がって、シンの隣りにユッタリ座った。

 「どうぞ」

 お銚子を差し出す。


 (この時代の人って、人の意見聞くとか習わないのかな?)

 仕方なくオチョコを持った。


 「いや、こんな楽しい宴会は初めてだよ」

 伊東はにこやかだ。


 (ウソだろ?ガチならトモダチ関係見直した方がいいぜ)

 諦めて、グイッと一気に呑んだ。

 下戸ではないものの、強くないのでムリすると次の日がツライ。


 「ところで・・永倉君と斎藤君は、以前、近藤局長に行状を改めてもらうべく建白書を出したと聞いたが」

 伊東が、永倉と斎藤の方に向き直る。

 「新選組は近藤局長の私設部隊ではない。僕も入ってみて現実を見せつけられたよ」


 「・・・」

 永倉と斎藤は黙ったままだ。


 「実際・・近藤局長の専横体制に不満を持ってる隊士は多いと思うんだが」

 伊東の決め付け調に、永倉が首を傾げる。

 「・・さぁ」


 「それに局中法度。アレはいくらなんでも度が過ぎる。なんでもすぐに切腹では抗弁の仕様が無いだろう」

 伊東が苦い顔で言うと、斎藤が顔を上げる。

 「抗弁って、言い訳じゃね?カッコ悪ぃ」


 「すぐ斬ったはったはオカシイと言ってるんだ。長州征伐もそうだよ。力で抑え込もうとしても人はついて来ない」

 伊東は袖に腕を入れて組んだ。

 「第一、新選組はもともと尊王攘夷を掲げて集まったと聞いた」


 「だっけ?」

 永倉がメンド臭そうにつぶやくと、斎藤が首を傾げる。

 「忘れた」


 「長州とも話し合いの余地があるはずなんだ」

 伊東が息をつく。


 すでに・・会話は噛み合っていない。


 「あいつら、徳川倒して政権取ろーとしてるだけじゃねーかよ。あんなん尊王でもなんでもねーよ」

 斎藤が言い捨てると同時に、障子がサラリと開いた。





 芸娘が2人、廊下に座っている。

 お辞儀をして部屋に入って来た。

 三味と太鼓を持ってる。


 「あけましておめっとはんどす」

 並んで優雅に挨拶をした。


 「おー、待ってたぜー」

 声を上げると、芸娘がニッコリ会釈する。

 永倉はゴキゲンモードに切り替わって、俄然呑む気マンマンである。


 伊東が笑いかけた。

 「ま、今日のところはトコトン呑むとしましょう」


 「ああ、正月から辛気臭せー話はゴメンだね」

 永倉が手をヒラヒラさせると、伊東は一瞬置いてから持ちかける。

 「呑み較べしてみないか?」


 「あ?」

 オチョコに延ばした手が止まる。


 「これでも僕はけっこう強い。勝負してみないか?」

 伊東は余裕タップリの表情だ。


 "勝負"という殺し文句で、永倉はアッサリ籠絡される。

 「おう、受けてたとーじゃねーか。後悔すんなよ、ブッ倒れても知らねーぞ」


 すると、伊東がシンの隣りにいる芸娘を手招きして耳元に囁いた。

 芸娘は心得たように頷いて、静かに部屋を後にする。


 しばらくして廊下から声がかかった。

 「おまっとはん」


 障子が開くと、酒樽を挟んで男が2人座っている。

 樽を持ち上げて部屋の中央に運び始めた。


 続いてさっきの芸娘が入って来た。

 ハサミとトンカチを持っている。


 男達が樽を縛ってる縄を切って、蓋の周りの輪っかをガンガン叩き始めた。

 出っ張った栓に打ち込んで、空いた穴にトンカチを引っ掛けて蓋を引き剥がす。

 途端に・・部屋中に濃い酒の香りが籠った。


 (・・嗅いでるだけで、酔いそ~)

 シンは思わずウッとする。


 「おしめりはたんと用意しとりますんで、ご存分に」

 男2人が頭を下げて、部屋から出て行った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ