第百八十九話 花かるた
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慶応三年、元旦。
元旦詣でも大した事件は起きなかったので、夕方からは完全正月モードで宴会突入だ。
二日と三日は町全体が(※一部除き)休みになるので、新選組も連休となる。
去年は手巻き寿司が奪い合いになったので、今年はゴローたちに手伝ってもらって、隊士全員にネタが渡るように仕込んでおいた。
(※天皇の喪中なのでナマモノ抜き)
お酒やつまみもガッツリ買い込んでおいたので、準備万端である。
家族持ちの隊士は各家庭で正月を過ごすが、特に行くところもない隊士はこのまま屯所で過ごす。
環が大部屋で篠笛を吹いてる。
平成のメロディーを立て続けに奏でると、すでに酔っ払ったオトコ達が手を叩いて喜ぶ。
下品な口笛を吹く者もいて、真面目な女子高生である環は、居心地悪くなってしまった。
「あ、なんで止めんだ?もう一曲吹いてくれよー」
片手に寿司、片手にお銚子のスタイルで、藤堂が声をかける。
「もう無いですもん。そらで吹ける曲」
愛想の無い返事だ。
「チェッ」
藤堂がつまらなさそうに肩をすくめると、原田が声をかけてきた。
「だったら、やるか?」
言いながら、人差し指で鼻の頭をこする。
「いーなー、久しぶりだぜー」
藤堂はノリ気である。
「今日は土方さんもいねぇしな」
土方は、近藤の愛妾宅に招ばれている。
「?」
環は首を傾げた。
「ちょっと待ってろよ」
原田は立ち上がって部屋から出て行くと、1~2分で戻って来た。
手に小箱を掴んでいる。
どっかと座ると、藤堂と向かい合った。
小箱の開くと・・中に入ってるのは花札だった。
2
「花札?」
環が声を上げると、原田が唇に人差し指をあてる。
「しーっ、人聞き悪ぃこと言うな。花じゃねぇ、鼻だ」
どう表現しても、花札は花札である。
つまり・・ご禁制なのだ、花札は。
賭博で身を持ち崩す者が多く、幕府が花かるたの禁止令を出していた。
『作ってはいけない。興じてはいけない』
しかし・・実際は、武士も町民もみな花札を嗜むし、絵札が読めない方が珍しい。
原田が持ってきたので、他の隊士もみな倣って花札を持ってきた。
もはや賭場である。
「賭け事とか禁止じゃないんですか?」
環が訊くと、原田が平和そうな声を出す。
「金は賭けねぇよ。寿司ネタでどうだ?平助」
金銭トラブルや喧嘩沙汰を引き起こす賭け事をした場合、即座に切腹させると土方からきつく言われている。
なので、ホントにただのお遊び程度のものだ。
「寿司ネタ?」
藤堂が眉をひそめると、原田がニヤニヤ笑う。
「ああ。勝った方のいらねぇネタと、負けた方の好きなネタ交換すんだ」
「大富豪みたい」
環がつい口にすると、2人が眉をひそめる。
「大富豪?」
「なんでもないです」
環が言ったのは、トランプの大富豪の懲罰ルールである。
そこに・・炊事場に行ってた薫が戻って来た。
障子を開けると、部屋の様相が変わってるのに驚いてる。
隊士たちが、それぞれ1対1で座布団を挟んで向かい合ってるのだ。
「花札ぁ!?」
薫の大声に驚いた原田が立ち上がって、脇に座らせる。
「しぃーっ、デカい声出すんじゃねぇよ」
「わーっ、本物の花札だぁー」
全く聞いてない。
座布団の上の札を、面白そうに見ている。
「あー、コレ。こいこいだー」
「薫、花札知ってるの?」
環が驚いた声を出すと、薫が曖昧に笑った。
「ゲームでやっただけだよ。本物の札なんて持って無いし」
「あー・・もー、静かに見てろよ」
原田に言われて、2人は大人しく見てることにした。
「オレが勝ったら、オメェのかんぴょう巻き貰うぜ」
原田が言うと、藤堂が札をめくりながら答える。
「じゃあ・・オレが買ったら、納豆巻き貰いますぜ」
「・・納豆はオレも好物だ」
「それ、カンケー無くね?」
3
「任○○って、もともと花札作ってた会社なんだって」
薫が超有名ゲーム機器メーカーの名前を出した。
「そうなの?」
意外な豆知識に環が驚く。
「うん。花札って結局運に頼るから、"運ヲ天ニ任セル"って。それで任○○なんだって」
薫の知識は意外に深い。
「へぇー」
「それと、トランプも日本で初めて作ったんだって」
「へぇぇーー」
環はひたすら感心している。
薫はかなりのゲーム好きである。
やり始めると勉強そっちのけになるので、良く園長先生に怒られていた。
「チッ」
原田の舌打ちが聞こえる。
「やりぃっ」
藤堂は上機嫌だ。
どうやら勝負が決まったらしい。
「もう一勝負」
原田が言うと、薫が手を上げた。
「はい、あたしヤリたい!」
「あ?」
3人が薫の方を向く。
「ガキの遊びじゃねーぞ」
原田が軽くいなすと、薫が立ち上がった。
「ちょっと待っててください」
しばらくして、部屋に戻った薫の手には皿が載っている。
それを畳の上に置くと、手巻き寿司が5本並んでいた。
「シソ入り納豆巻き5本、これで勝負!」
納豆巻きで土俵に上がろうという手口を、無邪気で可愛らしいと見るか、職権濫用でずるっこいと見るか・・・。
環は後者で白い目線だったが、原田はまんざらでもないようだ。
「シソ入り納豆か・・その勝負、受けたぜ」




