第百八十八話 祈り
1
(ああ・・)
シンは思い出した。
山南も・・同じことを言っていた。
『分かったところで変わらない』
・・そうかもしれない。
死ぬ覚悟が出来てる人間は、生きる覚悟も出来てる。
生き方にブレが無い。
逃げることはしないのだろう。
(サムライって・・やっぱ人種違うのかな)
未来を自分の有利にしたいと考えるのは、誰しもが持つ願望だと思うのだが・・。
「先の世のことなんざ、そこで生きてる連中に任せるさ。オレは今、出来ることするだけだ」
だが・・未来は過去によって作られるのだ。
「それに・・先の世が、鬼ばっかだったら怖ぇーしな」
大助はクスクス笑い出す。
「あの人・・鬼じゃありません。普通の人間です。見た目が厳ついだけで」
シンは、赤城の穏やかさや優しさを思い出していた。
「へぇー。ああ、まぁ・・そうかもな」
大助がなにか思い出すような表情を浮かべる。
「・・おめぇら、どんな関係なんだ?」
さりげに訊かれて、シンはつい素直に答えてしまった。
「オレは・・あの人に拾われた赤ん坊だった。食わせてもらって、デカくしてもらって、勉強教えてもらって。いつか役に立ちたいと思ってたけど・・」
「けど?」
「もう出来ないんだと思う。はぐれただけだと思ってたけど、違ってた。どうやら・・オレはまた捨てられたらしいから」
シンは不思議だった。
何故だか大助にはいつも、余計なことばかり話してしまう。
「なるほど・・ま、あんま気に病むなよ。捨てられたガキなんざ、腐るほどいる。みんな、どーにかこーにか生きてるもんだぜ」
メチャメチャ簡単に片付けられ、シンは黙り込んでしまった。
(慰めてるつもりかよ、これでも)
~ ゴォォーーーン ~
しばらく止んでいた鐘の音が鳴った。
年が明けたのだ。
2
「明けましておめっとはん、旦那ぁ~」
ハイタッチしようとした弥彦を、沖田は完全スルーする。
「めでたくねーし」
弥彦の世間話を聞いてるうちに、年が明けてしまった。
「辛気臭いことゆわんとぉ~、今年はきっと当たり年やでぇ、旦那ぁ~」
「なんの当たりだよ。テキトーなこと言うんじゃねーよ」
沖田は不機嫌な声を出す。
「第一なんでまた、おめぇと年越してんだ。去年もだったじゃねぇか」
「そやった?」
弥彦はウンウン頷いている。
「ええやん。ひとりで年越したら、そら淋しいもんでっせ」
「ふん」
沖田はキョーミ無さげに流す。
「見廻りの途中だ。んなとこで油売ってらんねぇや」
「仕事初めやね~」
「もう行くぜ。じゃあな」
言いながら、戸を開けた。
外の冷気がドッと入って来る。
「さっびぃ~っ」
弥彦が震えた声を出すと、沖田が提灯を手にすぐ戸を閉めた。
外に出ると、雪が降っている。
道も雪に覆われていた。
通りを歩く人影は少ない。
背中を丸めて歩き出す。
冬の冷気を深く吸い込むと・・胸の奥がふいに痛くなる。
むせるように咳がこみ上げる。
左手で口を塞ぎ、右手で通りの建物に手をついた。
しばらく咳き込んだ後、喉の奥にたまった痰を道に吐き出す。
すると・・白い雪の上に赤い飛沫が滲んでるのが、道に置いた提灯に照らされる。
紅白のコントラストを見ると、沖田はなんだか可笑しくなった。
「こいつぁ新春(ハル)から縁起が良いや」
小声でつぶやく。
3
最後の鐘の音を聴いた後、薫と環はお祈りをした。
神社じゃなくお寺に詣でるのは初めてだが、やはり敬虔な気持ちになる。
薫は、沖田の病気が良くなるように祈った。
それと、新選組の誰もケガをしたりしないように。
環は、雨宮の両親のことを祈っていた。
(お父さんとお母さんがずっと元気で健康でありますように。わたしのことは心配しないでください。泣いたりしないで、お母さん)
伊東は・・なにやらブツブツつぶやいてる。
「尊王攘夷・・尊王攘夷・・とにかく尊王攘夷。尊王攘夷っていったら尊王攘夷・・」
薫と環は、ずっと祈り続ける伊東の背中を見つめる。
しばらく待っても、伊東はずっと同じ姿勢だ。
「あの、伊東さん・・」
環が仕方なく声をかける。
「尊王尊王尊王・・攘夷攘夷攘夷攘夷・・」
伊東は一心不乱につぶやき続ける。
(聞いてねーし・・)
薫と環は顔を見合わせる。
待ってても寒いだけなので、伊東のことは放っておいて、先に帰ることにした。
「お先です」
「すいません、先にハケます。おやすみなさい」
2人一緒に歩き出す。
「お賽銭も上げず、どんだけ祈ってんだろ」
「お賽銭は神社だから。お寺はお布施じゃない?」
自分たちもタダでお祈りしたくせに、チャッカリ棚に上げている。
屯所の部屋に戻って布団に潜り込むと、布団が温まるのを待った。
ジンワリ温かくなると、ユルい眠気に誘われる。
眠りに落ちる前、薫はすぐ隣りにいる環の布団に手を伸ばした。
「手、つないでもいい?」
「うん」
即レスだ。
環もまだ眠ってなかった。
互いの布団の隙間の上で、手をつなぐ。
「今年も2人で頑張ろーね」
「うん」
「・・・」
「・・いちおうシンも入れて、3人で」
「・・3人で」
しばらくすると、穏やかな寝息が聞こえてきた。




